33_スポーツカーのお姉さん
とりあえず、教科書だけは買った。
ただ、すごく重たい。
そして、一人ではとても持てない。
照葉(てるは)は体操服も買わないといけないらしく、まだ食堂の中でもたもたしている。
俺は、大量の教科書を持って、ひとまず食堂の外の渡り廊下には出たが、教科書を入れるための袋すらない。
早速、置き勉しようかと思った時、解決案の方からやってきた。
(ブロロロロ・・・)校門付近に真っ赤なスポーツカーが停まった。
「なんだ、なんだ!」
「学校にスポーツカーが乗り付けた!」
「運転者は女らしい!」
ワイワイと校門付近に人が集まっていった。
バカ騒ぎが大好きな高校生だ。
みるみる人が群がっていく。
俺はそれどころじゃない。
この教科書たちを何とかしないと。
「あ!いたいた!セリカくーん!」
聞き覚えのある声に恐る恐る振り返ると、全身を高級(そうな)スーツに身を固めた20代半ばの女が立っている。
騒ぎの中心になっている真っ赤なスポーツカーの前に立っていることから、この人が運転者だろう。
俺はとっさに『まずい!とにかくこの場から逃げなければ!』と思い、その場に教科書を置き、そのスポーツカーに向けてダッシュした!
「栞(しおり)さん!目立つから!早く車に乗って!」
「あー!来た来た!セリカくーん!迎えに来たよー!」
両手をぶんぶん振っている。
能天気!
俺は、栞さんを自動車内の詰め込んで言った。
「ちょっと待ってて!すぐに荷物持ってくるから!」
「荷物~?」
「教科書。30冊くらいあるんだよ」
「え!?教科書!?この車に教科書乗せるの!?」
「迎えに来てくれたんだろ!?今日の俺は、教科書とセットなんだよ」
栞さんを車内で待たせて、慌てて教科書を取りに戻る俺。
とにかく早く積んで、早く帰る!
クラスのやつにできるだけ見られたくない!
3度に分けて、教科書をスポーツカーに積み込んだが、教科書すら積むスペースがなかった。
シートの後ろの狭いスペースに教科書を何とかねじ込むと、俺は助手席に急いで乗った。
「栞さん!急いで!急いで帰ろう!」
「もう、せっかちだなぁ。時速300km出るから、急がなくてもすぐに着くよ~」
「日本の法律に則って運転してくれ」
「もう、若いのに色々細かいなぁ」
(ブロオオオオン、グオングオン、ブオ――――)
轟音と共にスポーツカーがスタートした。
ふー、どうやらクラスのやつらには見られなくて済んだようだ。
運転席で鼻歌交じりに運転している女性は、小井沼(こいぬま)栞(しおり)さん。
俺の従姉(いとこ)で年齢は、確か俺より1周り上だから28歳くらいか。
父親と離れて生活している俺の『後見人』という扱いで、『保護者』みたいなものだ。
仕事人間で、いつも仕事仕事と追われているみたいだ。
別にお金持ちって訳でもないのに、高級スポーツカーで高校に迎えに来たり、行動が謎過ぎる。
「何?この車」
「へへー、かっこいいでしょう~3000万円よ~」
「え!?これそんなにすんの!?栞さん宝くじでも当たったの?」
「え?違う違う。営業車♪」
「こんな高い車でする営業ってどんな仕事だよ!」
「だから、高級外車の販売だよ」
何となく納得。
「そこのボタン押してみて。シートがセリカくんのお尻の形を覚えるから」
なんだ、その謎機能。
あと、なんかすごくいい匂い。
(ブロオオオオン、グオングオン、ブオ――――)
エグゾースト音がえぐい。
「ねえ、もうちょっと静かに走れないの?」
スポーツカーは独特の甲高い爆音を上げながら走っている。
「ごめんごめん。ある程度回転数上げないと拗ねるのよ、この子」
けったいな乗り物だ・・・
「教科書置くスペースもないって・・・これ何人乗り?」
「2シーターだから、2人乗りよ」
「2人乗り?じゃあ、シートの後ろのスペースは?」
「そこは・・・単なる空間?」
高級車とは・・・
「3000万円もするのに2人しか乗れないとか、家族が増えたらどうすんだよ」
「家族が出来たら、また新しいのを買うのよ~」
どうしてそんなに効率が悪いことをしているのに、金持ちはお金を持っているのだろうか。
節約している人の方がお金をたくさん持っていそうなのだけど・・・
「じゃあ、そのスーツも会社から?」
「そそ。仕事用のスーツで、会社が買ってくれるの。私だったら、こんなスーツ、袖くらいしか買えないよ~」
高校生の俺でもスーツは袖だけ売っていないことは知っている。
どんだけ高いんだよ、そのスーツ。
「ごめんねぇ。ほんとはご飯でもご馳走したいけど、ファミレスもコンビニにも入る勇気がない」
「高級車だから?プライド的に?」
「車庫入れ的に。ぶつけたら、修理代だけで私の給料何か月分か・・・」
「・・・そのまま家に行ってください」
まあ、ご飯はさくらが作ってくれているだろうしな。
それにしても、なぜ予告もなく、俺を迎えに来てくれたのだろうか。
後見人と言いながらも、ほとんど顔を合わせることがないレベルなのに。
「栞(しおり)さん、今日仕事は?」
「早引き。あと、明日は休み」
「へー」
デートか何かだろうか。
まあ、俺は『教科書問題』が解決したのでどうでもよかった。
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