32_セリカの教科書問題

春休み明け初日は、始業式だけだ。

校長先生のありがたいお話を聞いたら、教科書を買って終わり。

その後は、もう帰っていい。


出がけには、さくらから『ひとりだと寂しいから早く帰ってきてくださいね』と上目づかいで言われてしまったので、教科書を買ったら寄り道せずに帰るつもりだ。


1年分の教科書を買うので、確か30冊以上を持って帰る必要がある。

教科書の電子化はまだか・・・


大変な作業になりそうだ。


始業式が終わった後、全員食堂の『臨時教科書販売所』に移動した。

廊下を歩きながら、久しぶりの友達とそれぞれしゃべりながら進んだ。


「ねえねえ、ホントに鳥屋部(とやべ)セリカくんだよね?」


照葉(てるは)が話しかけてきた。

だから、何でフルネームなんだよ。


「ああ、そうだよ。照葉(てるは)と、小・中・高と同じクラスの鳥屋部(とやべ)セリカくんだよ」


少し芝居がかったように答えてみた。

正直、朝からクラス中のやつから声をかけられて飽き飽きしていた。


俺はどっちかって言うと、静かに過ごすタイプで、良い方でも悪い方でも目立たない感じなのだ。

それなのに、今日は朝から男女ともに囲まれて質問攻めにあっていた。


女子からは、あからさまに盗撮されたりして、あの画像が何に使われるのか分からず恐れていた。


「春休み何かあったの?」


「いや、別に。よく食べて、よく遊んだ」


「それでそれだけ痩せたら、人類から『ダイエット』って言葉はなくなってるよぉ」


要するに、女子たちは痩せた秘密を知りたいってことだな。

周囲で、きゃいきゃい言われても、俺から伝える様なことは何もないのだ。


さくらのご飯を食べて、いっぱい歩くくらいか?


「いや、ま、まあ、いいや。元気ならいいの。私、少し戸惑っちゃって・・・」


何を戸惑う必要があるのか。


「さっき千早(ちはや)ちゃんにも、あれは絶対なんかあった、って言われちゃってさぁ」


「いや、別に。いたって健康だよ」


「そういう意味じゃないんだけどね・・・」


春休み前って、俺はそんなに顔色が悪かったのだろうか。

そんなに心配してくれなくても大丈夫なのに。


まあ、幼馴染みたいな感覚なのだろう。

兄弟とかの心配みたいな。

周囲のやつのことを気にできるってのは、照葉(てるは)はとてもいいやつだな。


それよりも、俺たちの立ちはだかる問題は、大量の教科書を持ち帰る方法だ。


気になったのは、周囲のやつはみんなキャスター付きのカバンや、折り畳み式のキャリーを持っている。


「なあ、照葉(てるは)みんなカバン持ってないか?」


「そりゃそうだよ。連絡あったでしょ?教科書が重いからカバンなんかを準備しなさいって」


「え!?そうなの!?知らないな。俺だけ知らせない、いじめかな?『あいつ無視!』みたいな」


「学校からのメールだよ!クラス一斉送信だよ!あとクラスのグルチャでも話題になってたよ!」


「知らないなぁ」


「うそー。ちょっと、スマホ見せて」


「ん?ほい」


「未読が500件以上あるよ!無視してるのセリカくんの方だから!」


「そっかぁ。俺だったか・・・」


どうやらこの問題を抱えているのは俺だけのようだった・・・


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