30_美容室さくらの実力

「こんな感じです。いかがですか?お客さん」


さくらが美容室の人的なセリフを言った。


今日は、さくらに髪を切ってもらっている。

髪を切ると言っても、毛先をそろえる程度。

大胆にバッサリは行かなかったみたいだ。


美容院じゃないから、庭でカット。

地面に新聞紙を広げて、首からはごみ袋を改造したネックシャッター代わりにした。


ちなみに、ネックシャッターとは、髪を切る前に首に巻くアレの名前らしい。

さくらに教えてもらって初めて知った。

どんなものにも名前が付いているものだ。


姿見みたいな鏡はないので、途中経過は分からない。

ただ、バッサリ切らない分、そんなに不安にもならなかった。


出来上がって、鏡を渡されて見てみたら・・・なかなかいい。

いや、かなりかっこいい。


俺は、頭のはちが広い方で、頭が大きく見えがちだ。

そして、髪の毛が細いので、全部クターっと寝てしまう。

朝、頑張ってブローしても午前中すら持たない。


さくらのカットは、問題のはちの部分までは割と短くカットしてあるのだが、それより上はだいぶ長い。

ツーブロックというやつだ。


前髪は跳ねないように少し長め。

頭頂部は膨らみやすいのだが、ここも長め。

襟足もバラバラになりがちなのだが、ここは短め。


うまく使い分けてある。

プロかと思う程、かっこよく切れている。


「うん、いいよ。気に入った」


「よかったです」


さくらが片づけをしながら、嬉しそうに言った。


「普段からカットとかするの?」


俺もネックシャッターを外して丸めながら質問した。


「いいえ」


「は?こんなに上手なのに?」


「あ、自分の前髪くらいは切ります」


「逆に、よくそれで他人をカットしようと思ったなぁ」


「セリカくんならいける、と」


どうやら失敗する可能性もあったようだ。

でも、仕上がりがすごくいいから、それなりに勝算はあったのかもしれないが。


下に新聞紙を敷いていたので、片付けも比較的簡単だ。


「素人のカットなので、短い毛がたくさん残っていると思います。シャワーを浴びて服は着替えてください」


「ああ、ありがとう」


プロの美容院に行っても、短い髪はたくさん残っている。

むしろすぐ着替えられるのと、シャワーを浴びられるのは嬉しい。


「お風呂はもう掃除が済んでいますので、いつでもどうぞ」


「ああ」


とりあえず、シャワーを浴びてすっきりした。

2つ気付いたことがある。

一つは、シャワーを浴びた上で、着替えたら、カットした後特有のチクチクがなかった。

アレが嫌で髪を切るのはあんまり好きじゃなかったけれど、かなりいい具合だ。


2つ目は、さくらのアドバイス通りボディシャンプーで髪を洗ったら、セットしやすかったことだ。

たしかに、シャンプーには『固い髪用』と書かれている。

スーパーで見て、一番安いのを買った覚えがあるから、本当に何も考えずに買ったのだろう。


シャワーを浴びて、髪を乾かしたら、さくらが着替えを準備してくれていた。


『着替え準備しました。そこに置きました』


着替えは脱衣所の洗濯機の上に置いてあった。

ちなみに、さくらは脱衣所の外から声をかけてくれた。


覗いたりはしないみたいだ。

まあ、俺なんか覗いても何も楽しくないだろうけど。


さくらが準備してくれた服は、黒の細めのズボンとサイズを間違えて買ったでかいシャツ。

その上に、挑戦はしたが、ほとんど着ることがなかったニット。


別に服に関心がある訳じゃないので、出されたものをそのまま着てリビングに戻った。


「わぁ!セリカくん!かっこいいです!」


「え?そう?ありがとう」


「黒いスキニ―パンツは、それだけでおしゃれ感を出してきます」


この黒の細身のズボンは、スキニーパンツというのか。


「おしゃれをしようと思ったら黒スキニーを履いておけば、8割OKです」


おしゃれの世界は深いのではないだろうか。

本当に、そんな雑な感じでOKになるものか?


「ゆったりしたシャツとも相性がいいですね」


サイズを間違えて大きいのを買っただけなのだが・・・


「ニットのVネック、ノースリーブ・ベストはふわっとしているのに、きりっと見えて素敵です」


このチョッキは、ノースリーブ・ベストというのか。

そっちの方がかっこいいように思えるから不思議だ。


なんか、コーディネートされた感じでいいもののように感じる。

普段ほとんど来ていないタンスの肥やしになっていた服たちで、俺ならまず選ばない組み合わせだった。


「さあ、セリカくん、その服で私をお散歩に連れ出して下さい」


「え?散歩?まあ、いいけど」


「ご近所のお散歩スポットを知りたいのです」


「お散歩スポットって言っても、この辺り住宅街だし、あんまり楽しいものなんてないよ?」


そんなことを言いつつも、とりあえず、出かけることにした。

この辺り、少し坂が多くて歩くのがしんどいんだけど・・・


ただ、さくらが『デートですから』と言って、手をつないでくれたので元気にどこまでも歩けると思った。

男なんて現金なものだ。


外を歩くと、今日は一段と人に見られる。

そりゃあ、一緒に歩いているのがこんなに可愛い女の子なのだ。

買い物に行っただけでも、2度見されるくらいの可愛さだ。


俺みたいなのが横を歩いていたら、値踏みの視線をビシビシ感じてしまう。


「ふふふ、みんな見てますね♪」


「ああ、さくらと歩くとこれだから・・・」


「あら?セリカくんを見てるんですよ?さっきの2人組の女の子だって」


そう言えば、さっきすれ違った時、視線が合ったような・・・

ただ、その後、すぐにさくらが腕を組んできたので、びっくりして忘れてた。


まさか、やきもち・・・なんてことないよな。

自意識過剰、自意識過剰。


猫がたくさんいる公園で猫をなでたりしてほのぼの過ごした後、更に坂の上の方に気づいてさくらが聞いた。


「セリカくん、あれなんですか?」


さくらが指さす方を見ると、坂の上の公園の展望台がだった。


「ああ、展望台だよ」


「わあ!登ってみたいです!」


「いいよ。行ってみようか」


そう言えば、そんなものもあったか。

完全に意識から外れていた。


行ってみると、近所の人は俺同様、ほとんど意識から外れているのか誰もいなかった。

3階くらいの高さまで階段で上ると近所が一望できた。


「いい景色ですね」


「ホントだ。久しぶりに来たよ」


日差しもあって、風も適度に吹いていて、暑くないし、寒くない。

ちょうどいい具合だ。


「あ、あれは何ですか?森みたいなとこ」


「ああ、あれは動物園だよ」


「動物園!今度行きたいです!連れて行ってください♪」


「じゃあ、今度行ってみようか」


「はい!お弁当作りますね!」


俺にとっては小学校の遠足と、中学校の遠足のほとんどがこの動物園だったから、わざわざ休みの日に行きたいと思うことはなかったが、さくらと一緒なら楽しいかもしれない。


しかも、美少女のお弁当付きだ。

何か楽しみになってきた。


こうして外に出る時なんかは『表モード』で、完璧美少女なんだよなぁ。

普段、着ていない服でウキウキするようなコーディネートをしたり、あることすら忘れていた展望台で楽しめたり。


何でもない日常を、新しい切り口で輝かせてくれる。

さくらはすごい子だ。

単なる美少女というわけではない。


そして、その美少女とすごく自然に、次回のデートの約束が取り付けられたのだった。


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