第81話

「思い当たる節があるみたいですね」


 心を丸裸にされた気分になり、体の底からなにかが這い上がってくる。


「ど、どどど、どうしよう!」

「ひゅう!? 落ち着いてください、テーブルのお水がこぼれます!」


 未知なる感情を抑えるため、余っている料理を勢いよくかき込む。そして水を飲んだ。


「次からとっきーにどんな顔して会えばいいか……」

「今まで通りでは駄目なんでしょうか」

「今までの私ってどんな感じだったけ?」

「『とっきー大好き! 愛してる! 結婚しよう!』……とかですかね」

「えちちなことしようぜ、とか?」

「はい。えちちなことしようぜ……とかです」


 ぽっと、うたた寝先生が頬を染めた。彼女の口から『えちち』という単語を絞り出すのに謎の背徳感がある。


 私はとっきーの前でこれまで通りに振る舞えるか想像してみた。


 ……自信ない。


 だって、本気で好きになっちゃったんだもん。


「悶々としてる姫梨おねえちゃん見てるとドキドキします」


 私とシンクロするようにうたた寝先生もハラハラしていた。スリリングなサーカスのショーを見守る観客のように。


 感情システム非搭載のゴーレムみたいな叔父と違って、私も女ということか。


「それにしても、うたた寝先生の意外な一面が見れちゃったな。洞察力すごすぎない?」

「実は、今は一枚イラスト専門なんですけど、いつかマンガを描いてみたいなって思ってて。キャラ作りの一環で人をよく観察したり、バックグラウンドを想像したりしてるんです」

「すごい! プロファイリングってやつ?」

「そんな立派なものじゃないですけど」


 こういうのは得手不得手があるから、できない人にはとことん向かない。彼女は素質があるのだろう。


 下手したら童女と誤認するくらい小柄な容姿なのに、頭はキレッキレ。


 この子、体が小さくなる薬を服用して黒ずくめから逃げてきた元組織の研究員だったりする?


「本当は、育児放棄されてたから人の心の機微に敏感だったり用心深かったりするだけなのかもしれません。この人なにかありそうだなって、なんとなくわかるんです」


 うたた寝先生の過去を初めて聞いた。


「もうご存知と思いますが、ワタシとひばりちゃんは同じ児童養護施設で育ちました」

「無理に話さなくていいんだよ」

「姫梨おねえちゃんならお話してもいいです」


 うたた寝先生は昔のことを少しだけ話してくれた。


 両親からのネグレクトが原因で施設に入所したこと。そこでとっきーに出会ったこと。


 カレーの具のグリーンピースが苦手で、とっきーが彼女の分まで食べてくれたこと。


 自由帳やチラシの裏に描いた絵を、とっきーが褒めてくれたこと。


 そんな仲睦まじいエピソードを聞かされると、やはり考えずにはいられない。


「うたた寝先生は、とっきーに恋心を持ってないの?」

「えへへ。姫梨おねえちゃん、初めて会ったときもワタシたちの関係をいぶかしんでましたよね」


 池袋のショッピングモールでのことだ。


「あのときと答えは変わらないです。ひばりちゃんは家族で、恋とは違います」


 うたた寝先生の声はさっぱりしていて、不純物は含まれていないように感じられた。


「内向的なワタシにも、ひばりちゃんは分け隔てなく接してくれました。ワタシはひばりちゃんを本当のお姉ちゃんのように慕うようになりました」


 うたた寝先生がとっきーに信頼を寄せるのは自然の流れだった。


「お姉ちゃんのように慕うようになって、ワタシたちの関係は家族なんだって心が固まったんです。恋愛感情が入り込む隙はありませんでした」

「家族愛ってやつ?」

「それ以上に強いと思います。別々の生き方をしていた者同士が新しい家族になったんですから。ひばりちゃんは『おねえちゃん』と呼ばれるのがイヤだったみたいで、それからは本名で呼んでいますが」


 うたた寝先生はデザートのカノムモーケンをスプーンでカットしながら言った。


「じゃあ、私がとっきーと付き合っても、うたた寝先生は応援してくれる?」

「もちろんです。ワタシは姫梨おねえちゃんのことも大好きですから、大好きなおふたりが幸せになってくれるなら、ワタシも幸せです」


 淀みなく答える。


 まぁ、今の私じゃ告白できるかどうかも怪しいんだけどね。


「あのあの、あまり想像したくないんですけど。もしワタシが姫梨おねえちゃんの好きな絵師じゃなくて、ひばりちゃんとお付き合いしていたら、どうなっていたのでしょうか?」

「ハサミとか包丁が本来の用途で使われていなかったかも」

「姫梨おねえちゃんとお友達になれてよかったです。心の底から」


 そして、話は振り出しに戻る。


「明日からとっきーとどう接していこう」

「思い切って告白する……というのは無理そうですね」

「うん」


 鏡を見なくてもわかるくらいに赤面し、言葉もたどたどしくなって挙動不審になるのがオチだろう。


「これまで通りでいいんじゃないでしょうか。ひばりちゃんもきっとそれを望んでいます」

「進展しなくてもいいってこと?」

「そうは言ってません。たぶんひばりちゃんも、姫梨おねえちゃんと前より仲良くなった自覚があると思うんです。姫梨おねえちゃんと過ごす時間が心地いいと感じています。自然体にしていれば、おのずと仲は深まっていくと思います」


 私は腕を組む。


「うたた寝先生はそう言うけどさ、とっきーは私といて楽しいのかな」

「猫を被ってないときのひばりちゃんはムッツリさんですから。感情を表に出すのが苦手なだけですよ」


 そうなのかなぁ。


「……ひばりちゃんがもう少し素直になれば、事態は好転すると思うんだけどなぁ」

「え? ごめん声小さくて聞こえなかった」

「ひゅう!? な、なんでもないですっ!」


 そんな感じで、私の恋愛相談は終わった。


「そうだ、うたた寝先生」

「なんでしょう」

「マンガを描くようになったら、とっきーと私の百合作品、期待してますよ!」

「ひばりちゃんにバレたら言い訳できないです!」

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