あんたらだったのか!!!
『なんと! 今日はもえかちゃんが遊びに来てくれました~! わーい、いらっしゃいませ~! プライベードで会うのって久しぶりだよね? そうだよね! 収録でたまにすれ違うけど――』
スマホから溢れる紅音の明るい声。彼女の隣にはもうひとりの女の子が映っている。
西野もえか――紅音と同じ事務所の後輩声優。つまりあたしにとっても後輩にあたる。スマホゲーム中心に出演していたが、最近はアニメにもちょくちょく顔を出すようになった。今まさに注目株の声優だ。
紅音が言っていた新作動画とは後輩とのコラボ配信のことだった。今をときめくアイドル声優ふたりのコラボというだけあって、すごい再生数だ。リアタイ視聴者が数字の塊でどんどん増えていく。
ちなみに今日はLysに来ていて、あたしたちはスマホを囲んで黙々とその配信を見ていた。
「あ~おもしろかったぁ! 対戦相手だけどつい時間を忘れて見入っちゃったよ」
配信が終わると、目の前に座っている八重城が大きく伸びをした。
「ひゅう……、ひばりちゃんがYuriTubeで勝負してるのってこの紅音ちゃんって人なんだね」
あたしの隣に座っている唄多は弱々しく言った。
「あれ、うたた寝先生だって紅音ちゃんのこと知ってるでしょ?」
「ごめんなさい、アニメはあまり見ないから声優さんには
「その『残荘』で
「ひゅう! 渚ちゃんの人なんですね! 全然わかりませんでした! でも、言われてみればそんな感じします」
配信が終了しても濁流のように流れ続けるコメント欄を、あたしは眺めていた。
コラボ配信……なるほど、そういう手もあったのか。人気タレントならではの企画だ。
「でも、ちょっとズルくない? 後輩ちゃんに出演してもらうなんて」
「こっちだってあんたや唄多に協力を仰いでいるんだからお互い様でしょ」
「それは……そうだけどさ」
紅音ともえかはプライベートでも仲がいいらしいから、ギャラも発生しない。紅音は再生数が稼げるし、もえかは先輩にのっかって知名度を上げられる。うまい手法だ。
「おまちどおさま~。そちらの子は初めましてよね?」
かすみさんが人数分の軽食を運んできてくれた。
「はじめまして。
「あら、ご丁寧にどうも。
「ひゅう! そうなんですか!? 姫梨おねえちゃんにはいつもお世話になってます」
あたしは呆れ顔で、
「なんで秒でバレる嘘を吐くんですか」
と言うと、かすみさんはへらへら笑いながらカウンターへ去っていった。まったくあの人は。
「ワタシ、コーヒーあんまり得意じゃないんですけど、ここのは飲みやすいです」
唄多は小さな両手でカップを持ち上げ、小さな口で啜っていた。どうやらLysをお気に召したらしい。
「あ゛あーーーたまごサンドマジ
八重城は豪快にかぶりついていた。相変わらず品のない女だ。少しは唄多の
「それにしてもマズイわね」
「え、このたまごサンド激ウマだよ?」
「コラボ配信のほうよ。これでまた差が広がっちゃう」
「あー……それに関してはなんとかなるんじゃないかなぁ……もぐもぐ」
まさかの八重城の楽観発言にあたしは耳を疑った。
「すでに3万ポイントも離されてるのよ? コラボ配信だってリアタイで1万人以上が視聴してたの、あんたも見たでしょう」
「一応、奥の手がございまして……。ね、うたた寝先生?」
「ひゅう!? ワ、ワタシに振らないでください」
あたしの訝しげな視線は、隣でチーズケーキをもちゃもちゃ食べはじめた唄多に向けられた。
「あんたたち、裏でコソコソなにしてるの?」
唄多は答えなかった。チーズケーキを口いっぱいにつめこみ、頬をリスのようにふくらませている。
「あたしに内緒でなにしてるの。教えなさい」
「姫梨おねえちゃんに口止めされてるから……」
「へえ、幼馴染のあたしより、こいつの言うこと聞くんだ?」
「ひゅ……ひゅう……」
怯える小動物のように唄多は縮こまった。これじゃまるで唄多をいじめているみたいじゃない。
無言で鋭い視線を八重城に移すと、彼女は窓の外に顔を逸し、下手くそな口笛を吹きはじめた。
こいつら……。
「はぁ……まあいいわ。あんたたちのことだから、なにかしら策を練ってるんでしょ」
たぶんそれはすぐに明らかになる。ふたりは味方だ、あたしに不利に働くようなことは絶対にしない。
「ひばりちゃんのラジオ、リスナーさん増えたね」
「唄多のおかげよ。サムネを描いてくれたお礼ちゃんと言えてなかったわね。ありがとう」
「ううん、ワタシなんて補助輪みたいなものだから。人気が出たのはひばりちゃんのトークが楽しいからだよ」
「そうだといいんだけどね……」
「? どうしたの、とっきー」
声のトーンが
「ちょっと気になることがあって」
「なんでも話してよ、とっきー。とっきーの悩みは私たちの悩みなんだから」
「そっちは隠し事してるくせによく言うわよ」
あたしはコーヒーを一口飲んで気分を落ち着かせた。
「昔から聴いてくれている常連さんが何人かいるんだけど、今月に入ってからお便りが全然来てないのよ」
「とっきーのラジオが飽きられちゃったってこと? いやでも、回を重ねるごとに盛り上がってるし、そんなはずないよね」
「憶測なんだけど、自分のお便りが採用されないのが寂しいんじゃないかな」
ふたりが詳しく話を聞こうとあたしの顔をのぞき込む。
「初見さんも増えて、もらえるお便りも増えたわ。それってつまり、全部のお便りは読めないってことでしょ?」
「あ~なるほど。古参リスナーは読んでもらえるのが当たり前だったから、読んでもらえないとなんだか見捨てられた気分になっちゃうんだね」
以前は少人数制のラジオだったから、動画欄にコメントすればほぼ百パーセント読んであげられた。今は尺が限られている分、どうしてもお便りの取捨選択をしなければいけない。
「私がなるべくいろんな人のコメントを拾おうとしているせいかも」
「いや、八重城がそういう風に取り計らってくれるのは助かってるよ。本来ラジオってそうあるべきだし」
たしかに本来はそうあるべきだ。一方で、読まれなくなったのが原因でラジオを離れていくリスナーの気持ちもわかる。愛着があった番組なら、なおさらそう感じるだろう。
「ラジオの雰囲気が変わったのも関係あるのかな?」
八重城の何気ないつぶやきは、あたしの中でもずっと
覚悟の上で踏むきったことだけど、あたしはもっと古参リスナーの気持ちを尊重するべきだったかもしれない。
「ひゅう、秘め無しさんも同じようなお便り送ってましたよね。ひっそりしたラジオのほうが好きだから、無理に変えなくてもいいんじゃないかって」
『秘め無しさん』と『もみじ
秘め無しさんももみじ饅頭さんも視聴をやめてしまったのだろうか。あたしが目を向けてあげる機会が減ったから、ラジオから離れてしまったのだろうか。そう考えるとすごく寂しい。
「う~ん、秘め無しさんについては問題ないと思うけどね。だってそれ私だし、お便り送らなくなったのはシンプルに職権乱用になるからだし」
「そうよね。自分で書いて自分で採用することになるものね」
「理由はともかく最近お便り送れなくてごめんね、とっきー。こんなんじゃ最古参失格だよね」
「ううん、いいのよ。放送作家を依頼したのはあたしなんだから。開設当時から応援してくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそ尊い番組をありがとうございます」
コーヒーカップに口をつける。ここのブレンドは本当においしい。
…………………………………………………………
…………………………………………………………
……………………は?
「あんた、今なんて言った?」
「とっきー愛してるって」
「それは言ってないでしょ」
震える指先を八重城に向けた。
「秘め無し……さん?」
「なぁに、とっきー」
丁寧な文章で、いつもあたしを励ましてくれた秘め無しさん。その正体が……目の前に座っている、こいつ???
「もしかしてとっきー、気付いてなかったの?」
「気付くわけないでしょ!」
「だって
あっ。
「もしもとっきーに出会えたらすぐに私だって気付いてもらえるように――秘め事は無しだよって意味も含めてこの名前にしたんだ。まさか本当に会えるなんて思ってなかったけどね」
「どうでもいい由来を教えてくれてどうもありがとう」
……というか、嫌な予感がする。
「唄多、あんたのラジオネームは?」
「もみじ饅頭だよ」
「あんたらだったのか!!!」
もはや親衛隊くらいに信頼していた最古参リスナーがこんな近くにいたなんて。
「姫梨おねえちゃんのお家にお邪魔したときにもみじ饅頭好きだってお話したから、ひばりちゃんとっくに気付いてるかなぁって思ってたの……。お便り送れてないのはサムネを描いてたからで……」
ええ、そうよ、その通りよ。ヒントなんていくらでもあったじゃん。
なんでこんな雑なネーミングに気付かなかったのだろう。
「もしかして、あんたたちはお互いの正体に気付いてたの?」
「当たり前じゃん」
「ひゅう、初めて姫梨おねえちゃんに会ったときにピンときてたよ?」
気付いてなかったのはあたしだけ。
恥ずかしい。穴があったら入りたい。そしてしばらく地上の光を見たくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます