結局サムネが可愛ければ、あとはどうにでもなるんだよ
「ひゅう?! ひばりちゃんがいっぱいです!」
突然召喚された
「これ、『残荘』CDの購入特典ポスターですよね。ワタシも持ってます」
「日本人にとっては日の丸と同じくらい価値がありますからね」
「ワタシはもったいなくて飾ってないんです。日焼けとかキズがつくのがイヤで」
「フレームパネルとかどうです? Anezonでも売ってますよ」
スマホの商品ページを八重城は唄多に見せた。
「ひゅう! なんだか映画館みたいです。しかもお値段も安い……!」
「商品リンクをあとでYuritterのDMに送っておきますね」
「ありがとうございます、姫梨おねえちゃん。これで安心してひばりちゃんのポスターを飾れます」
「うたた寝先生はとっきーの魅力を語り合える数少ない同士ですからね」
当の本人がここにいるというのに、あたしを蚊帳の外にしてオタク話を広げるバカ女とバカ幼馴染。
「これお菓子です。よかったらおふたりで召し上がってください」
「もみじ饅頭だ! 大好き! うたた寝先生も一緒に食べましょうよ」
「自宅にまだたくさん残ってますから」
「そういえば、うたた寝先生ってもみじ饅頭お好きですよね」
「昔、フォロワーさんからもみじ饅頭をプレゼントしてもらったことがあって、そのお礼をSNSでつぶやいたら、その後もたくさん送られてくるようになっちゃって……」
「あ〜なるほど、うたた寝先生といえばもみじ饅頭っていうイメージが付いちゃったんですね。なんだか実家のおばあちゃんに好物を伝えると、それ以来ずっと同じ物を作り続けちゃうみたいな」
「フォロワーさんも厚意で送ってくれるので断りづらくて」
楽しそうに会話する八重城と唄多。あたしの知らない間にふたりの仲はかなり進展していた。どうやらYuritterでも直接交流するようになったらしい。
少しだけ、もやもやした。でも、なんでもやもやしたのか、よくわからなかった。
「ところで、なんで唄多がここに?」
「それがワタシもいきなりお呼ばれされて、なにがなんだか……」
打倒紅音の作戦会議をしていたあたしと八重城。八重城が妙案を思いついたと言ってスマホを手に取ったのが三時間ほど前。午後三時をまわった八重城のアパートに唄多が呼び出された。
あたしと唄多が彼女に目線を移すと、八重城は満を持して口を開いた。
「うたた寝先生に、とっきーのラジオ番組のサムネイラストを描いてほしいんです」
「サムネを、ですか?」
事態が飲み込めていない唄多に、八重城は紅音との勝負の件を話した。
「そんな面白そうな展開になっていたんですね」
唄多が小さなボディを上下させ、大きな鼻息を発して興奮した。
「とっきー、いつも動画のサムネ同じでしょ?」
「うん、使い回しね」
あたしのラジオは音声オンリーだ。フリー素材の画像やロゴを適当に組み合わせて加工したサムネをかれこれずっと使い続けている。
「サムネはいわばお客さんを迎え入れる入り口だよ。どんなに中身が優れていても、入り口がつまんなそーだったらクリックしてもらえないよ」
「まぁわからなくもないけど、そんなに効果ないでしょう。中身が劇的に変わるわけでもあるまいし」
「甘いよ、とっきー! サムネを美少女イラストに替えるだけで、面白いくらいホイホイ釣れるんだから。結局サムネが可愛ければ、あとはどうにでもなるんだよ」
なんか腹黒いことを言い出した。
「つまり、唄多にサムネを描いてもらって、視聴者の興味を引くと?」
「とっきーのこと知らない人でもサムネ目当てで視聴してくれる人が絶対いるよ。それにうたた寝先生はYuritterのフォロワー数も多いから、宣伝してもらえるとさらに効果があると思う」
「ふうむ」
せこいとは思うけど、一理ある。純粋な力比べでは紅音とは勝負にならない。届く人に届けばいいと思ってひっそりと活動してきたラジオ番組。これまでのスタンスを変えて不特定多数の人気を勝ち取るには、飛び道具でもなんでも使えるものは使っていかなければいけない。
「唄多はどう?」
あたしが訊ねると唄多はわずかな迷いを見せた。
「ワタシ、ネット上ではうたた寝として活動しています。ネットではひばりちゃん……渡季ちゃんと絡んだことがないから」
横の繋がりが芽生えやすいネットの世界といっても、唄多みたいに一人の自由気ままな活動を重視している人もたくさんいる。
「うたた寝先生!」
「ひゅう?!」
首を縦に振らない唄多の両手を、八重城ががっしり掴み、まっすぐに見つめた。
「お願いします、とっきーを勝たせてあげたいんです。とっきーのために力を貸してください」
「ひばりちゃんの……ため」
「ちょっと八重城、唄多は忙しいんだから、あんまり無茶言ったら——」
「……やります」
「え」
いつもの幼声ではなく、深い声色で唄多が言った。
「いいの?」と、あたしは訊ねた。
「作成枚数にもよるけど、一ヶ月の勝負なら本業にも差し支えないと思うから。ワタシだってひばりちゃんには勝ってほしいし。それに——」
「それに?」
「ううん、なんでもない」
八重城の熱意に押されたのか、あるいは他になにか思うところがあったのか。とにかく唄多は八重城の提案を受け入れた。
「ありがとうございます、うたた寝先生! 報酬は今すぐには用意できないですけど、いつか必ず払いますから」
「あんたそれでよく依頼できたわね」
あたしは思わず呆れた。八重城の無鉄砲さと図々しさは平常運転だった。
「ひばりちゃんと姫梨おねえちゃんのお願いですから、無償でいいですよ」
「ダメですよ、うたた寝先生。引き受けていただくからには形の残るお礼をしないと」
「そうよ唄多。唄多はプロみたいなもんなんだから、お金はちゃんと受け取るべきだわ。八重城の発案ではあるけど、あたしもちゃんと対価を払うわよ」
「でもでも、お絵描きは趣味でやってるだけなので、やっぱり申し訳ないです」
唄多は昔から絵が上手だったけど、先日の落書きを見る限り画力は着実に上がっている。正式な依頼をしたら料金が発生してもおかしくないレベルまでに。
しかし本人からしてみれば、趣味の一環でお金をもらうことに負い目を感じているようだ。まぁ、この謙虚な性格が彼女の良さでもあるのだけど。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう。姫梨おねえちゃんが小説家になった暁に、直筆サイン本をいただくというのは」
「へ?」
予想していなかった角度からの条件に、八重城は車のタイヤから空気が抜けるような声を出した。
「唄多。それは返済能力のない人間にお金を貸すような行為よ」
「なによう! 絶対に偉大な小説家になってみせるんだから。待っていてくださいね、うたた寝先生。サイン本なんて何十冊でも書いて差し上げますから」
「ひゅう! 楽しみにしてますね、姫梨おねえちゃん」
「あとあと……」と、唄多はもじもじしながら追加の条件、というよりは個人的なお願いを申し出た。
「できれば敬語はやめてほしいなって」
「それあたしも気になってた」
「いやぁ、こっちの業界だと神様を敬うのは当たり前だから、つい」
あたしにはよくわからないけど、クリエイターにはクリエイター同士に通ずるしきたりがあるみたいだ。
「うたた寝先生がやめてほしいって言うなら、そうしますよ」
「姫梨おねえちゃんのほうが先輩さんですし、フランクに接してもらえるとうれしいです」
「わかった。あ、でも呼び方はうたた寝先生で。そこだけは譲れないからね」
「はい、それで大丈夫です。これからもよろしくお願いしますね、姫梨おねえちゃん」
目の前で八重城と唄多の距離がまた一段と縮まった気がした。
「ていうか、なんで唄多には敬語で、あたしにはタメ口なのよ」
「え? だってとっきーと私の仲じゃん」
「納得いかない」
そんな感じで――。
パーソナリティ:風町渡季
放送作家:八重城姫梨
イラスト兼宣伝担当:源唄多
という布陣で、紅音に挑む体制が整ったのだった。
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