放送作家
しかし、難しいゲームであることに変わりはない。簡単には勝てない。勝てる可能性のほうが低い。
八重城は万年筆を鼻と口の間に挟み、腕を組んで熟考した。すると、彼女はあることに気付いた。
「紅音ちゃんって、投稿頻度そんなに多くないよね」
紅音の動画は週に一本のペースで更新されている。本職のYuriTuberが毎日更新していることを踏まえると、まったりペースと言える。まぁ、紅音の本業は声優だし、本人もYuriTube活動はおまけだと言っていたからこんなものだろう。
「紅音ちゃんの動画すごいな~。なんかキラキラしてるっていうか、本格的な感じ?」
「なによそれ」
「だって本当にそんな感じなんだもん。ふつうのテレビ番組みたいっていうかさ。活動はじめたばかりなのに素人感が全然ないんだよね」
「たぶん本職の編集スタッフを雇ってるんでしょう。事務所がバックについてるみたいだし、あの業界は人脈なんていくらでもあるから」
紅音の動画数はたしかに少ない。反面、一本あたりのクオリティはテレビのバラエティ番組にも引けを取らないくらい編集が凝っている。内容は「やってみたシリーズ」など、エンタメ要素の強いものがメインとなっている。
ラジオは、本当にそのパーソナリティが好きな視聴者しか聴かないけど、紅音の動画は幅広い層に向けて作られているように感じる。対象を特定の層に絞るのも、広く受け入れてもらえるように作るのも、どちらも正解だと思う。
けれどYuriTubeが、あるいはエンタメというものがたくさんの人を楽しませるために存在しているのだとしたら、紅音のスタイルはエンタメ正義の理にかなっていると言えるだろう。
自己満足ではじめたあたしのラジオとは雲泥の差。つい弱気になってしまう。
しかし、八重城は真逆のことに思考を巡らせていた。
「
「どういうこと?」
「紅音ちゃんの動画はたしかにレベルが高いけど、その分編集にも時間がかかるから頻繁には投稿できない。とっきーはラジオスタイルだから、ばんばん投稿できる」
「つまり、質で攻めてくる紅音に量で打ち返すってこと?」
「うん。この勝負は動画の完成度を競うものじゃなくて、どれだけ再生数とかチャンネル登録を増やせるかっていうものだからね。とっきーのラジオも週一更新でしょう? 今のままじゃ単純な力比べで負けちゃうよ」
八重城の意見はまったくもって正しい。
紅音の動画はどれも5,000~1万は余裕で再生されている。勝負の期間は一ヶ月。仮に週一ペースで投稿されれば、それだけで3~4万ポイントもっていかれる計算になる。
あたしの平均再生回数は右肩上がりに伸びているとはいってもせいぜい500前後。がんばって毎日投稿したとしても、紅音の動画一本分くらいにしかならない。
改めて数字にされると絶望的だ。でも、投稿頻度を上げなければさらに戦況は厳しくなる。八重城の言うように、できることからやらなければいけない。
「具体的にどれくらい増やす?」
「できれば毎日」
「毎日かぁ。いくら一ヶ月限定とはいえ、けっこうキツイわね」
「再生数を少しでも稼ぐっていう目的もあるけど、毎日動画をあげることで認知度アップにもつながるからね」
あたしの編集はそこまで手が込んでいないけど、さすがに連続投稿は骨が折れる。連日欠かさず動画を上げているYuriTuberたちは化け物だろうか。
「とっきーには負担かけちゃうんだけど」
「あたしがお願いしたことなんだから、あんたが申し訳なさそうにすることないの」
「それじゃあ」
「やりましょう、毎日投稿。でも、それだけじゃあ紅音には追いつけないから、中身のブラッシュアップも必要だと思うの」
「そうだね。なにか案はある、とっきー?」
「うーん」と、あたしは頭を
あたしのラジオは顔出しをしていないから、紅音みたいにエンタメに特化したコンテンツは発信できない。
声だけで、勝たなければいけない。
「やっぱり新コーナーを拡充させるとか」
「【とき☆めきコーナー】だね! それにしても……ぷぷっ! 渡季だからときめきってダジャレだよね。しかも、正体はこんな性悪で怒りっぽい性格のとっきーがこんなオトメチックなネーミングを……ぷぷっ!」
「ここぞとばかりに
【とき☆めきコーナー】は、リスナーの心がときめいたエピソードを募集するもので、今や当ラジオの人気コーナーとなっている。
「せっかくはじめたコーナーだし、もっと盛り上げたいなって」
「いいと思う。具体的にはどうする?」
「実は、昔から朗読に興味があって、それと上手く組み合わせられないかなって」
「朗読か……」
八重城は万年筆を唇に当てて眉を伏せる。
「ときめきにちなんだ創作文章とか送ってもらうのは? それをとっきーが朗読するの」
「あ、なんだか面白そう。恋文とか詩とか?」
「そうそう。私もそうだけど、ラジオコーナー宛に創作お便りを出すのって楽しいんだよね。お便り出す動機にもなるし」
リスナーから届いたお便りを読み上げる現状のスタイルはどちらかというと雑談であり、朗読という感じはしない。その点、ストーリー性のある創作文章に声を宿すのは、あたしが希望する朗読の形に近い。
「けど、初見さんとか普段あまりメールを送らないリスナーにとってはハードルが高くない?」
「【ふつおた】も並行してやるし、人によって送りやすいコーナーは違うからね。【ふつおた】が好きな人はそっちに送ってくれるし、テーマメールが得意な人はテーマメール宛に出してくれる。そういう意味でも、複数のコーナーを設けるのは重要なの」
「さすが、あたし以外の声優ラジオにもお熱な八重城さん。説得力がありますね」
「なんか棘のある言い方……」
八重城はルイボスティーを一口飲んで、背筋を正した。
「ねえ、とっきー。よかったら私に放送作家を任せてもらえないかな?」
「放送作家?」
「とっきーの言う通り、お便りを出し慣れていない人も少なからずいると思うんだ。もしかしたら、欠かさず聴いてくれているのにお便りを出す勇気がなくて、今まで一通も送っていない人もいると思うの。でも、そういう人でもなにか秘めたアイディアを持っているはずなんだ。私がそれを文章化する」
「つまり、きちんとした形になっていないタネを送ってもらって、八重城が料理すると」
「そういうこと」
整った創作メールを書ける人はそれでいいし、読んでもらいたいけれどうまく文章化できない人用の救済措置も設ける二段構え。たしかにこれなら気軽にお便りを出しやすくなるだろう。
「それに、勝負の期間中はとっきーにはなるべく収録だけに集中してほしいの。お便りを仕分けして、収録して、編集作業して……それを毎日やってたら手が回らないでしょ? 朗読も加わると一回あたりの尺も長くなるだろうし、バイトだってあるのに。だから、私にできる範囲でフォローしたいの」
「でも、あんた」
「私がデータの編集とかもできたらよかったんだけど」
「さすがにそこまで甘えるつもりはないわよ」
最近はリスナーも増えたことで、どのお便りを採用するのか考えなければならなくなったのは事実。ジングルとかBGMにもこだわるようになった。
トークは好きだけど、残念ながらあたしにそういう編集作業を楽しむ素質は備わっていないようなので、収録以外は雑務扱いとなる。八重城が手伝ってくれればかなりの負担軽減になる。
だけど――。
部屋の隅に置かれたゴミ箱を盗み見る。くしゃくしゃに丸められた原稿用紙で溢れ返っていて、床にまでこぼれ落ちている。
鈍いあたしは、そこでようやく気付いた。彼女が無理をして――自分の夢よりもあたしを優先して、今回の件を引き受けてくれたことを。
もちろん、彼女には恩を着せてあげたなんて自覚はない。あったとしても決して表には出さない。純粋にあたしの力になりたいと思っての申し出なのだろう。
「…………」
「ん、なぁに、とっきー?」
「…………」
「やだな~! そんなに熱く見つめられちゃったら赤ちゃんできちゃうよ」
でもきっと、ここであたしが後ろめたさを持つのも詫びの言葉を口にするのも、かえって快く引き受けてくれた八重城への失礼のうわ重ねになってしまうのだろう。
だから、あたしは八重城の不器用さと優しさに心の中で感謝した。
「じゃあ、お願いして……いい、かな?」
「赤ちゃんを!?」
「放送作家よ!」
「とっきー専属の放送作家……! はわあああ、なんて甘美な響き! とっきーのパートナーとして身も心も捧げる所存だよ」
「身もって文字通りの意味じゃないわよね」
「おっ、とっきーもだんだん私のことがわかるようになってきたね」
「全然うれしくないのが不思議ね」
一方で、さすがにこれだけで人気声優の紅音を倒せるなんて思っていない。そんな内心を汲み取るように、八重城は不敵な笑みを作った。
「実はね、もう一つ秘策を思いついちゃったんだ」
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