浮気なの!?

【渡り鳥はかく語りき】


 九月下旬。


 バイトの疲れを缶チューハイで癒しながら、使い慣れたノートパソコンを開く。


 最新の動画には数件のコメントがついていた。この前ラジオで告知していた新企画に対する反応もいくつかある。


 新しいコーナーを設けるにあたって、その案をリスナーから募集していた。企画の募集を呼びかけていたので普段よりもたくさんコメントが届いていることを期待したけど、普段とそれほど変わらなかった。


 風町渡季のチャンネル登録者数は1,000人余り。動画の再生回数は100いけば良い方。ひとつの動画にもらえるコメントはせいぜい5、6件。チャンネル登録している人が全員見てくれるわけではないし、わざわざコメントをくれるリスナーとなればその数はさらに限られるから、まぁこんなものだろう。


「なになに……」


 コメント欄に目を通していく。


 ――今週もおもしろかったです!

 ――お悩み相談やってほしい

 ――【ふつおた】はろはろとっきー! この前冬服を見に行ったら、可愛いダッフルコートとかカーディガンがいっぱいあって迷っちゃいました。これから本格的に寒くなるけど、新しいお洋服を着たらお出かけも楽しくなりそうです。……《全文表示》

 ――十円玉貯金ww

 ――大喜利希望!


 企画の希望を拾い上げると、お悩み相談に大喜利、クイズコーナー等々。


「うーん」


 どれもラジオでは定番のコーナーだ。


 即興やアドリブは苦手。あたしのラジオは生配信じゃないから、お題をもらってじっくり考える時間はあるけど、そうすると大喜利の醍醐味が薄れる気もする。それに、視聴者を笑わせられるセンスがあたしにあるとも思えないし……。


 お悩み相談。まともな人生を歩んでこなかったあたしに、それが務まるのか。娯楽ラジオだから、ガチな相談は送られてこないとは思うけども。


 クイズって、誰が出題して、誰が答えるんだ……??


 天を仰ぐ。


 企画の案をもらえたことは嬉しい。ただ、いずれも今のあたしにはハードルが高いか形式的に難しいものばかり。


 そのまま下へスクロールしていくと、最後のコメントに行き着く。ラジオネーム:秘め無しさんからだ。


 この秘め無しさんという人はチャンネル設立当初から聴いてくれている古参リスナーだ。毎回欠かさずお便りをくれるし、動画を投稿したら必ず感想をコメント欄に残してくれる。ファンというよりは親衛隊に近い。


『とっきー! はろはろとっきー! いつも楽しいラジオをありがとうございます。前回のラジオで、とっきーが新しいコーナーをやってみたいって話してくれたのがすごくうれしかったです! 私は、今まで通りの雑談だけのラジオでもいいと思っていました。とっきーの声が聴けるだけで幸せだからです。でも、番組をもっと盛り上げたいっていう気持ちも尊重したいです。リスナーも一丸になって、みんなで楽しい番組にしていきたいですね。これからも全力で応援していきます。不安定な天気が続きますので、体調を崩されないようにしてくださいね』


 秘め無しさんのコメントはいつも優しい。ラジオへの感謝と、あたしを気遣う文面を決して忘れない。きっと実際の人柄も素敵な人なんだろう。


 保守的な意見は他にも見受けられた。それは、あたしの小さな意志とは真っ向から対立するものだ。


 もらったコメントはぞんざいに扱いたくない。だからこそ悩んでしまう。


 結局は振り出しに戻ってしまって、答えが出ずにその日は終わった。


 *


 翌日。


 再びLysにお邪魔する。なんだかんだ、あたしもここの常連になりつつある。


「行き詰まってるみたいね」


 テーブル席で項垂うなだれているところに、コーヒーを運んできたのは店主の幡杜はたもりかすみさんだ。


「この前言ってた方向性の話かしら」

「そうなんです」


 声優活動のことは、かすみさんには話していない。フリーランスをやっている体で活動方針についてそれとなく相談に乗ってもらっていた。


 なにか事情があるのだろうと察してくれたようで、かすみさんも詳しい内容までは尋ねてこない。こういう距離の測り方にやはり大人らしさを感じる。経過報告も兼ねて、ここ数日のことを話してみた。


「そう。上手くまとまらなかったのね」

「……はい」

「ごめんね、フリーランスのことはよく知らないから、力になれなくて」

「そんなことないです! かすみさんに助言をもらえて、なんていうか、すごく勇気をもらいました」

「あら、そう? じゃあ相談料の一万円、お会計に上乗せしておくわね」

「え゛」

「ふふ、冗談よ」


 またからかって。そろそろこの人の性格にも慣れなきゃな。


「とっきーちゃんのお仕事はよく知らないけど、顧客から意見はもらえたんでしょ? それは収穫と捉えなきゃ」

「そうですね」


 従来通りに細々とラジオを続けていく案と、コンテンツ改革を行う案の二つが競り合っている。


 見方を変えれば、こうしてジレンマを抱えているのは前進している証拠とも言える。進化を望まなかったら、葛藤すら生まれないのだから。かすみさんが言うように、それだけは肯定的に考えてもいいのかもしれない。


「そもそも、とっきーちゃんはどうして路線を変更しようと思ったの?」

「あたしは……」


 真っ先に思い浮かぶのは一人の女の子。でも、それを口に出すことは憚られて。照れくさい気持ちを誤魔化すためにカップに唇をつけた。


 その時だった。


『あーーーーーーーっ!!!』


 突然の爆声にコーヒーを吹き出しそうになった。声の方向に目をやると、一人の女の子がはしたなく両手と顔面を窓ガラスに押し付けて、こちらを覗き込んでいた。


 驚いた。いや、もちろん不審者の出現に思わず仰け反ったという意味もあるけど、その不審者が今まさに脳裏に思い描いていた女の子だったから。


 いつも通りのスウェットを着て、いつも通りに二つ結びの髪を両肩に乗せた女の子。


 彼女はダッシュで回り込み、勢いよく入店。スタッフの案内も跳ね飛ばして、こちらのテーブル席までやって来た。八重城姫梨のご登場である。


「どどど、どうして、とっきーとかすみさんが一緒にいるの!? 浮気なの!?」


 ここはかすみさんの店なのに、この女はなにを言ってるのだろう。


「あら、見つかっちゃったわね」

「誤解を招く言い方はやめてください」


 冷静なツッコミをかすみさんに入れる。


「かすみさん! 私はかすみさんのことちょ~~~っとは信頼してたんだよ!? それなのに、私に内緒でとっきーと逢引してるなんて。へへ……、まさか、こんな形で裏切られるとはねぇ」


 八重城が邪悪な笑みを浮かべた。


「あたしから頼んだのよ」

「とっきーから誘ったの!? なんで!? どうして!? 私というものがありながら!」


 面倒くさい女だ。


「とっきーちゃん、もう話てもいいんじゃない? 姫にはたぶん隠し事は通用しないわ」

「だから事態をややこしくする発言は謹んでください、かすみさん」


 状況を理解できていない八重城に、というか、悪い方向に解釈しようとしている彼女に、かすみさんが事の経緯を説明してくれる。


「とっきーちゃんがお仕事で困ってることがあるらしくて相談に乗ってたの。でも、私じゃ満足なアドバイスができなくて」

「あれ? かすみさん、

「え?」


 あっ。


 悪意のない八重城の発言によって、全てが明るみに出てしまった。


「とっきーちゃんのお仕事って声優さんだったの!? すごーい!」


 かすみさんが目を輝かせる。


「“元”ですよ」

「今だって素敵な声優だよ! 私にとってベスト・ボイスアクトレスなんだから!」


 八重城がムキになってあたしを擁護する。


「そっか、声優さんだったのね。道理でおねーさんの出る幕がないわけだ」


 かすみさんはお手上げモードで笑う。


「じゃあここからは姫の出番ね」

「「え?」」


 あたしと八重城は同じリアクションをした。


「あなた、とっきーちゃんのファンなんでしょ。協力してあげなさいな。おねーさんよりずっと適任だと思うわ」

「いや、あたしはべつに――」

「私にお任せください!」


 こちらの言葉を遮って、八重城が大きな声を上げる。


「とっきーの悩み事は私の悩み事だよ。なんでも話してね! ほら、かすみさんもなに突っ立てるの! とっきーにコーヒーのおかわりと、私にもいつものやつを!」

「いや、えっと……えぇ」


 というわけで。成り行きから、今後のラジオの方向性を八重城と話し合うことになってしまった。

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