第20話
【渡り鳥はかく語りき】
ラジオの最新回には数件のコメントがついていた。番組内で告知した新企画に対する反応もいくつかある。
企画の案を募集していたのでたくさんコメントが届いていることを期待したけど、普段とそれほど変わらなかった。
風町渡季のチャンネル登録者数は1,000人余り。
動画の再生回数は100いけば良いほう。もらえるコメントはせいぜい5、6件。
チャンネル登録している全員が聴いてくれるわけではない。わざわざコメントをくれるリスナーとなれば、その数はさらに限られるからこんなものだろう。
「なになに……」
コメント欄に目を通していく。
――今週もおもしろかったです!
――お悩み相談やってほしい。
――【ふつおた】はろはろとっきー! この前冬服を見に行ったら、可愛いダッフルコートとかカーディガンがいっぱいあって迷っちゃいました。これから本格的に寒くなるので、新しいお洋服を着たらお出かけも楽しくなりそうです。……《全文表示》
――十円玉貯金ww
――大喜利希望!
企画の希望を拾い上げると、お悩み相談に大喜利、クイズコーナー等々。
どれもラジオでは定番のコーナーだ。
「お悩み相談ねぇ」
まともな人生を歩んでこなかったあたしに務まるのか。娯楽ラジオだからガチな相談は送られてこないとは思うけど。
クイズって、誰が出題して誰が答えるんだろう……?
可能性があるのは大喜利か。リスナー参加型にすれば、みんなで盛り上がることができる。
「うーん」
企画の案をもらえたことはうれしい。ただ、どれもしっくりこない。
そのまま下へスクロールしていくと最後のコメントに行き着く。ラジオネーム:秘め無しさんからだ。
この秘め無しさんという人はチャンネル設立当初から聴いてくれている古参リスナーだ。
毎回欠かさずお便りをくれる。ファンというよりは親衛隊に近い。
『とっきー! はろはろとっきー! いつも楽しいラジオをありがとうございます。
前回のラジオで、とっきーが新しいコーナーをやってみたいって話してくれたのがすごくうれしかったです!
私は、今まで通り雑談メインのラジオでもいいと思ってました。とっきーの声が聴けるだけで幸せだからです。
でも、番組をもっと盛り上げたいっていう気持ちも尊重したいです。
リスナーも一丸になって、みんなで楽しい番組にしていきたいですね。これからも全力で応援します。
不安定な天気が続きますので、体調を崩されないようにしてくださいね』
秘め無しさんのコメントはいつも優しい。きっと実際の人柄も素敵な人なんだろう。
こういう保守的な意見も寄せられることは予見していた。それは、あたしの小さな意志とは真っ向から対立するものだ。
全員が納得できる番組を運用したい。だからこそ悩んでしまう。
結局は振り出しに戻ってしまって、答えが出ずにその日は終わった。
*
翌日。
再びLysにお邪魔する。なんだかんだ、あたしもここの常連になりつつある。
「行き詰まってるみたいね」
テーブル席で
「この前言ってた方向性の話かしら」
「そうなんです」
かすみさんには声優をしていたことやラジオの件は話していない。フリーランスの仕事相談という形で相談に乗ってもらっていた。
「そう、上手くまとまらなかったのね」
「……はい」
「ごめんね。フリーランスのことはよく知らないから力になれなくて」
「そんなことないです。かすみさんに助言をもらえて、なんていうか、すごく勇気をもらいました」
「あら、そう? じゃあ相談料の一万円、お会計に上乗せしておくわね」
「え゛」
「ふふ、冗談よ」
またからかって。そろそろこの人の性格にも慣れなきゃな。
「とっきーちゃんのお仕事はよく知らないけど、顧客から意見はもらえたんでしょ? それは収穫と捉えなきゃ」
「そうですね」
従来通り細々とラジオを続けていく案と、コンテンツ改革を行う案が競り合っている。
こうして拮抗しているのは前進している証拠とも言える。進化を望まなければ葛藤すら生まれないのだから。
かすみさんの言うように、それだけは肯定的に捉えてもいいのかもしれない。
「そもそも、とっきーちゃんはどうして路線を変更しようと思ったの?」
「あたしは……」
そのときだった。
『あーーーーーっ!』
突然の爆声にコーヒーを吹き出しそうになった。八重城がはしたなく両手と顔面を窓ガラスに押し付けて、こちらを覗き込んでいる。
ユリクロのスウェット。二つ結びの髪。きつね色の瞳。
彼女はダッシュで入店し、スタッフの案内も跳ね飛ばして、こちらのテーブル席までやって来た。
「どどど、どうして、とっきーとかすみさんが一緒にいるの!? 浮気なの!?」
ここはかすみさんの店なのに、この女はなにを言ってるのだろう。
「あら、見つかっちゃったわね」
「誤解を招く言い方はやめてください」
イタズラな笑みを浮かべるかすみさんにツッコミを入れる。
「私はかすみさんのこと信頼してたんだよ!? それなのに私に内緒でとっきーと逢引してるなんて。へへ……、まさかこんな形で裏切られるとはねぇ」
八重城が邪悪な笑みを浮かべた。
「とっきーちゃん、もう話してもいいんじゃない? 姫には隠し事は通用しないわ」
「だから事態をややこしくする発言は謹んでください、かすみさん」
状況を理解できていない八重城に、というか、悪い方向に解釈しようとしている彼女に事の経緯を説明すると、ようやく興奮を鎮めた。
「とっきーちゃんがお仕事で困ってることがあるらしくて相談に乗ってたの。でも、おねーさんじゃ満足なアドバイスができなくて」
「あれ? かすみさん、とっきーが声優だって知ってるの?」
「え?」
あっ。
悪意のない八重城の発言によって、すべてが明るみに出てしまった。
「とっきーちゃんのお仕事って声優さんだったの!? すごーい!」
かすみさんが目を輝かせる。
「元ですよ」
「今だってそうだよ! 私のベスト・ボイスアクトレスなんだから!」
八重城がムキになってあたしを擁護する。
「そっか、声優さんだったのね。道理でおねーさんの出る幕がないわけだ」
かすみさんはお手上げモードで笑う。
「じゃあここからは姫の出番ね」
「「え?」」
あたしと八重城がハモる。
「あなた、とっきーちゃんのファンなんでしょう。協力してあげなさいな。おねーさんよりずっと適任よ」
「いや、あたしはべつに――」
「私にお任せください!」
こちらの言葉を遮って、八重城が大きな声を上げる。
「とっきーの悩み事は、私の悩み事だよ。なんでも話してね! ほら、かすみさんもなに突っ立てるの! とっきーにコーヒーのおかわりと、私にもいつものやつを!」
「いや、えっと……えぇ」
というわけで、今後のラジオの方向性を八重城と話し合うことになってしまった。
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