<case : 41> blue bullet - 真実

「ほ、本当?」

 ノアを見ながら、ヴェルは頷く。


「奴は、ドーム中央政府の要人を〈カオティック・コード〉で操るつもりだ」

「どういうこと?」


「捜査の一環で、負傷したテンペストの構成員が入院している病院に聞き込みに行った。俺たちが現場に踏み込んだ時、その場に居た者は口封じのためにすべて殺されていた。にもかかわらず、お忍びで入院していた中央政府の要人の死体だけが見つからなかった」

「これか、最近ニュースでも流れている中央政府要人の失踪事件」


 夕霧博士がキーを叩くと、事件の概要を伝える記事がスクリーンに表示される。


「そうだ。テンペストが要人を誘拐するには動機が薄くて不思議だった。一時はこの事件には無関係なのかもしれないとも思ったが……博士の話を聞いて今、ようやく繋がった」


 ヴェルの話を聞くと、夕霧博士は腕を組んで考え込む。


「つまり……こういうことか? 篠塚は要人を誘拐し、薬物によって人格を喪失させた上で〈カオティック・コード〉を投与。要人を傀儡にして中央政府の強権を自身の手中に収める……と」

「それが目的のひとつなのは間違いない」


 ヴェルの言葉に、ノアが居ても立っても居られない様子で身を乗り出す。


「だとしたら、もう本当に時間がないわ! アイザックを見つけないと」

「ああ。博士、アイザックの人格データに刻まれた個体識別番号で、座標を追ってくれないか」


「無理だ」


 夕霧博士は、きっぱりと言った。


「な、何で?」


 驚いたノアが、裏返りそうな声で問いかける。夕霧博士は、いくつかのキーを叩く。スクリーンのウィンドウが反転して、別の窓が表示される。


「実は、さっきから検索しているが未だに該当しないんだ。恐らく、足がつかないように、個体識別番号を不正に改変したんだろう。篠塚の技術なら造作もないことだよ」


 ヴェルも、ノアも言葉を失う。ふと、夕霧博士が全く違う方向に顔を向ける。


「博士、どうしたの?」

「侵入者だ」


 スクリーンに外の様子が映し出される。画質は荒かったが、研究所の外に人影がある。一人のようだが、その姿には見覚えがある。


「アイツだ。国家安全保障調整局の機械人だ」

「まさか……濁流に突き落としたのに」


 ノアがそう言ったが、追ってきたのは確かに例の機械人だった。あの濁流に突き落とされて無事でいるだけでなく、ここまで追ってきたというのか。


「当時の資料の中に、この場所について記したものがある。篠塚がそれを手に入れたのかもしれん」

「博士。あの機械人を何らかの方法で拘束してストーキングするのは無理か?」


「難しいだろうな……。あの見た目、第六科の技術も使われている。篠塚が噛んでいるなら、ストーキングへの対抗措置も取られていると見るべきだ」

「八方塞がりだな……。だが、今はアイツを何とかしないと」


「私が行くわ」


 ノアが一歩前に出る。


「危険だ。俺が……」


 制止しようとするが、ノアは腕に仕込んだ小型ナイフを取り出しながらヴェルの方に振り返る。


「心配は嬉しいけど、私の力は知ってるでしょ? あなたは博士と一緒に、ここでアイザックを見つける方法を考えて」

「ノアの言う通りだ」


 夕霧博士が続くと、ノアは博士に向かって頷き、走りながら外に向かった。部屋には夕霧博士とヴェルが残される。


「心配するな。あの子は容姿こそ幼いが、生前の私がすべてを込めて造り上げた最強のマキナスだ。それにヴェル、私はまだ君に用がある。せっかくここまで来てくれたことを無駄にはしたくないしね。君の銃を見せてくれないか?」


 言われるまま、ヴェルはホルスターから銃を抜いて博士に手渡した。


「もしかして、これは」

「ああ、アリシアの使っていた銃だ」


「そうか、なら話が早い……」


 そう言いながら博士がキーを叩くと、明後日の方角から音がした。それは、壁際にうず高く積まれている、よく分からない装置たちの山の方から聞こえてくる。ヴェルが顔を向けると、ほどなくして壁の一部が変形して、空洞が現れる。


 どうやら保管庫になっているらしく、博士がそこに置いてあった箱を手に取り、こちらに歩いてきてヴェルに手渡した。


 箱には〈異〉の文字、開けると透き通るような青色をした弾丸が入っていた。


「ここだけの話……」


 博士は、青い弾丸に目を落としながら言った。


「〈カオティック・コード〉が発見された時、私も、篠塚と同じように考えたことがある。この力を人類に転用できるのではないか、とね。でも、すぐに思い直した。その人間の驕りが、三次大戦を起こし、取り返しのつかない事態を招いたからだ。この弾丸は、私が知り得るあらゆる違法データに対するアンチ・プログラムが刻まれている。篠塚の人格転移も例外ではない。奴は捕まると思ったら、自身の人格を記憶媒体に逃がして、再び失踪しようとするだろう。篠塚本人でも、接続されているシステムでもどちらでも構わん、この弾を撃ち込めば、人格のデータ化を阻止できるはずだ。箱は完全防水だから、安心して持っていくといい」


 ヴェルは頷くと、弾丸の入った箱をポケットに収める。


「俺も、ひとつあんたに聞きたいことがある」


 箱をしまうと同時に、ヴェルはジャケットの中から一枚の写真を取り出して、夕霧博士に手渡した。


 それは、ヴェルがアリシアの遺品の中から見つけた一枚で、何もない白い部屋にふたつ、間隔をあけて置かれた椅子の上に、赤い髪の少女と、金髪の少年が座っている写真だった。


「……」


 夕霧博士は、手渡された写真をしげしげと見つめている。


「この少女はノアだな。で、こっちの金髪の少年は……」

「ああ。アイザックだよ」


 夕霧博士はきっぱりと言った。やはりか……。ヴェルはこの写真を見つけた時に当初から抱いていた、キオンにも言わなかった疑問を博士にぶつける。


「……兄妹なのか?」


 ヴェルがそう言うと、ずっと写真を見ていた博士が顔を上げる。博士は少し沈黙した後、ヴェルの目を見ながら小さく頷いた。


「ああ、そうだ。二人は同じ試験管の中で造られた。もっとも〈カオティック・コード〉が発現したのはアイザックだけで、ノアはPSIを使えない」


 ヴェルの予感は当たっていた。


「ノアは知ってるのか?」

「いや……この写真が撮られたのはあの子が人間の年齢で二歳の頃だ。覚えてないだろう」


「なら、ノアは……そうと知らずに実の兄を殺そうとしているのか!」


 夕霧博士は再び写真に目を落とした。


「できるなら、私もそうしたくはない。だが、アリシア亡き今、彼に対抗しうるのはノアだけだ」

「そもそも、あんたたちが〈カオティック・コード〉なんて見つけなけりゃ、ノアもアイザックも幸せに暮らせたんじゃないのか!」


 それに、アリシアだって死ななかった。


「……すまない。別にあんたを責めているわけじゃない」


 ヴェルがそう言うと、夕霧博士は首を振った。


「いや、今にして思えば、全くその通りだと思う。返す言葉もない。こんなことを言える立場でないのは十分承知しているが、それでもヴェル、君さえよければノアを助けてやってほしい」

「ああ、分かってる」


 ノアにはアイザックを殺させない。もし、どうしてもという時は、それは自分の役目だ。


「残るは、アイザックの居場所だな……」


 夕霧博士がそうこぼした時、ヴェルのデバイスのコール音が部屋に鳴り響いた。そういえば、負傷してクシナダ配達で寝込んでいた間を含め、デバイスの履歴を確認する暇がなかった。表示された名前を見て、ヴェルは目を見開いた。


「冴継……」


 表示されていたのは、ナタリだった。それにしても、こんな地底でコールが通じるのか。不思議そうな顔をしていたヴェルを見て、夕霧博士が説明する。


「通常、モグラの穴は電波を通さないが、私の敷地内は特殊な方法で地上から電波を引いている。設備が破損していなければ外界と変わらない通話環境のはずだ」


 それを聞いて、すぐさま通話をオンにする。


「冴継……なのか?」

「せ、先輩!」


 デバイスの向こうから聞こえてきたのは、変わらないナタリの元気な声だった。


「やっと繋がった……! 今どこにいるんですか?」

「色々あって今、すごく地下にいる。お前こそ、傷はもういいのか」


「はい、傷は何とか大丈夫です! ところで先輩、聞いていただきたいことが……」

「待て、冴継。目が覚めたのはよかったが、今それどころじゃないん……」


 デバイスがデータの受信音を鳴らす。ナタリからだった。


「今送ったデータを見て下さい!」


 一覧を確認すると、どうやら動画ファイルらしい。デバイスを操作して、夕霧博士が展開してくれているVRスクリーン上で再生する。その映像を見て、ヴェルは驚愕する。


「これは……」


 映像は、布袋を被されたミコトとキオンが、ファントム本部の入口で車に詰め込まれているところだった。二人の背中を押しているのは、あの機械人だった。


 ファイルのタイムスタンプはつい数時間前のもので、その男は今ここの入口に迫っているはずだが……。


「双子か」


 ヴェルの隣で夕霧博士が言った。


「もしくはクローンだ。篠塚の造った人造人間だろう。見るに、重要人物を移送している感じだな。恐らく篠塚はここにいるぞ。ならば、アイザックも……」


 映像を見ながら、夕霧博士が言った。ヴェルの方を向き、視線だけで語りかける。何を伝えたいのかは、聞かなくてもヴェルには理解できる。


「心配するな。ノアに、兄を殺させるようなことはしない」

「あの子を、ノアをよろしく頼む……」


 ヴェルは頷くと、部屋を後にする。ノアは機械人と戦っているはずだ、加勢しなくては。跳ぶようなスピードで駆けながら、デバイスでナタリとの会話を続ける。


「冴継、この映像の後はどうした」

「車には予め発信器をつけておきました。私は、現在進行形で奴らの後をつけています。場所は中層の第二湾岸倉庫帯、篠塚サイバネティクスの廃棄物処理施設に向かっているようです」


 階段を上がり切り、開き切ったままの自動ドアを抜けて外に出る。


 そこに広がる光景を見て、ヴェルは一瞬、言葉を失う。


「遅かったね」


 草原を背景に映える緋色の髪を流しながら、ノアがそこに立っていた。足元には、粉々になった機械人の身体が散乱している。


 自分があれほど苦戦した相手を、負傷しているとはいえ、ここまで圧倒するとは。夕霧博士が名指しでノアを最強のマキナスであると言ったのは、誇張ではない。


「何かいい方法、あった?」


 まるで、いい運動でひと汗かいた後のように、ノアはヴェルの方へ振り返りながら笑顔で言った。そこにアリシアの影がだぶって見える。デバイスの向こうでは、未だナタリが待機している。


「冴継」

「は、はい?」


「よくやった」

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