<case : 34> captivity - 転換

 青く透き通った液体の中で、ゆっくり目を覚ます。


 不思議と苦しくはない。すごく長い時間、眠っていた気がして、ああ、死んだらこんな感じだったのかなと考える。何も考えなくていいし、何もしなくていい。仕事で先輩に怒られることも……。


 ……先輩?


////


 再生水槽のカバーを押し上げ、溶液の中から身体を起こしたナタリは、辺りを見回しながら専用のマスクを外す。


 白い壁、清潔さと医療機関に独特の匂い。病室? どうして病室に……。そう考えようとして、すぐに現実が追い付いてくる。そうだ、私は負傷したんだ。怪物に襲われて……。


「……」


 すぐに、左腕を触る。そこには確かに感触がある。目を向けると、切断されたはずの腕はそのことを忘れたように元に戻っていた。


 病室のドアをノックして、治療用ロボットが入室してくる。白いボディに白衣を着た、医療専用アンドロイドがナタリの傍までやってくる。


「あの、ここは……」

「冴継ナタリさん、お目覚めですね。ここは、上層にある、中央政府直属の特別病院です。志藤長官のご命令で、あなたを治療しておりました。しかし、ドーム全体に緊急事態宣言が発出されて、現在はアンドロイドのみが稼働しております」


「き、緊急事態宣言? ……何があったんですか?」

「マキナスの暴走です」


 そう言われて、ナタリは目を見開く。


「また、最近では……」


 言いながら、治療用ロボットは向かいの白壁をスクリーンにしてニュースを放映する。そこに映っていた物を見て、ナタリは息を呑む。


「これは、人間ですね」

「ご存じでしたか」


「ええ、私は、これにやられたんです」


 スクリーンに映っていたのは、怪物の映像。これが流れているということは、中央政府は既に情報をコントロールできなくなっている。


 つまり、一連の事件はまだ続いていて、状況はなお悪化していると見るべきだ。


「ドーム中が恐怖に包まれ、街は静まり返っています。それに……」

「それに……何ですか?」


「ファントムの捜査官であるあなたには、非常に申し上げにくいのですが……」


 治療用ロボットは言い淀む。表情はないのに、彼の中で何らかの感情がぶつかり合っていることはナタリにも伝わってくる。


「志藤長官が逮捕されたという報が入っています」


////


 ──私も信じられません。


 そう言った治療用ロボットと全く同じ見解を持ちながら、ナタリはすぐに衣服を着替えて病室を飛び出した。


 彼の話では、何度かナタリの病室にも、ミコトを捕縛したという国家安全保障調整局の職員がやってきたが、治療を理由に入室を許さなかったという。


 本部へ行くと告げたナタリに、治療用ロボットは裏口にある職員専用の車を使ってくれていい、とキーの認証ナンバーをナタリに共有してくれた。


 廊下から非常階段に出て、降りながらデバイスでヴェルにコールを飛ばす。しかし、何度かけても繋がらない。斎藤分析官も、果てはナタリが特別に教えられているミコトのプライベートな連絡先も、誰もコールを受け取らなかった。


 ニュースの音声をオンにしていると、ミコトが捕縛されたというのは本当らしい。


 異常だ。何もかもが異常だ。


 ナタリは車に飛び込み、思い切りアクセルを踏み込む。

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