<case : 29> white room - 写真
長い時間をかけて錆びつき、嚙み合わなくなった鉄製のドアを蹴破って外に出ると、そこは地下にいたロボットが言った通り、老朽化した駅のホームだった。
「で、どうする? とりあえず本部からは脱出できたが……」
キオンが言った。言うとおり、ロボットのおかげで地下空間から出ることはできたものの、国家安全保障調整局が追ってくるのは時間の問題だ。
ヴェルには分かる。あのロボットだけでは、あの人数は防げない。特に隊長格と思われるあの大男。アイツは危険だ。
「俺に、考えがある……」
「考えるのは専門じゃないって、言ってなかったか?」
茶化すキオンをヴェルが睨みつける。
「冗談だって。そう怒るなよ」
「俺の自宅だ」
「は?」
「俺の自宅に、アリシアの遺品がある。そこに何かあるかもしれない」
「……そうか! 考えなく逃げ回るより何倍もマシだ。で、お前ン家ってどこだ?」
「運よく下層だから、ここからそれほど離れてないはずだ」
「そうと決まれば、早く行こう!」
そう言って、キオンが先導しながら足早に歩き始める。
「あ、着いたら飲み物をくれないか。もう喉がカラカラなんだ」
///
しばらく路地を縫うように走っていると、ヴェルの自宅がある集合住宅が見えてくる。今のところ、追手の気配はない。エントランス前まで辿り着くと、隅の方に知った顔が座り込んでいる。
「アル。またこんなところで寝てるのか」
「……おう? おう、ヴェルじゃねえか! おめぇ、しばらく顔を見なかったな」
アルは、寝ぼけまなこでヴェルを見上げながら言った。
「それで、人工肉のパイは?」
「覚えてたか」
ヴェルは自分の額を叩く。
「あたぼうよ! 俺ぁ、あの日ちゃんと日雇い労働に行ったんだぜ」
「すまんが買ってない、というより、買えてないと言った方がいいか」
「ぬぁにぃ……まぁ、お前さんのクレジットだからよ。無理強いするのは筋違いだわな」
「すまん、また店の前を通ったら買ってくるよ」
「おい、ヴェル。このおっさんは何者だ?」
キオンが間に割って入る。
「この辺りでは有名なホームレスだ。ふらふら気に入ったところで寝泊りしてる」
「ニィちゃん、ヴェルの友達か?」
「キオンだ。同僚だけど、まあ友達だよ」
キオンとアルは、互いの拳を突き合わせる。
「そうだ、アル。ちょっと手伝ってほしいことがある」
「何だ?」
ヴェルは、ジャケットの中から小型の端末を取り出して、アルに手渡す。
「俺たちより後に怪しい奴が来たら、ここのスイッチを押してくれ」
ヴェルが渡した端末は、一部の機能がヴェルのデバイスと同期していて、彼がスイッチを押せば、そのシグナルがヴェルのデバイスに転送されるようになっていた。
「怪しい奴って?」
「まぁ、怪しい奴だ。アルの直感で構わない」
「よく分からねぇが、ここを押せばいいんだな。で、押したら……」
「分かってるよ。今度は、人工肉じゃなくて天然肉のパイでどうだ?」
「うひょぉ! 天然肉だとぉ?」
アルは子供のように目を輝かせて言った。
「お、おい、ヴェル。天然肉なんて人工肉の十倍は相場が違うぞ」
「もちろん割り勘だぞ、キオン」
「げぇ」
「任せときな! 怪しい奴が来たら、俺が知らせてやる」
「頼む」
アルと別れると、ヴェルとキオンは足早に部屋へ向かう。一応、銃を構えて室内の安全を確認した。ヴェルの部屋はいつもと変わりなく、ほどほどに汚れていて、ほどほどに物が散乱していた。
「結構、広いんだな」
「あれがアリシアの遺品だ」
部屋の隅に、黒い箱が置かれている。アリシアには身寄りがなかった、それで、パートナーであるヴェルが遺品を引き取ったのだ。
「一応聞くが、中、見たことあるのか?」
「いや……ない」
「そうか」
箱のふたに手をかけて、ゆっくりと持ち上げる。まず、出てきたのはオフィス用具や日用品だった。ひとつずつ手に取って確かめるが、どれも当たり障りのない品ばかりだ。次に、アリシアが好きだった場所のポストカードや、置時計など、デスク周りの装飾品。
そして、最後に数冊のノート。
ヴェルがキオンを見ると、キオンは何も言わずに頷く。
一冊目のノートを開く。中には、過去にアリシアが扱ったであろう事件のメモが走り書きされている。これと言って、目新しい記述は見当たらない。
次のノートを開くと、間に挟まっていた何かがパラりと床に落ちる。数枚の写真。それを見て、ヴェルもキオンも目を見開く。
「これは……」
「地下で見た、アリシアの映っていた写真だ」
写真を拾い上げる。写真は複数枚あった。そのうちの一枚は、地下で見たのと同じ、集合写真の端にアリシアが映っているもの。他の写真も、同じ場所、時期に撮影したもののようで、どの写真にも研究者らしき白衣を着こんだ者たちとともに、アリシアの姿が映っている。
「ここは、一体どこなんだ」
「恐らく、過去に存在した研究施設のひとつなんだろうが……」
「おい、これを見てくれ」
次に手に取った一枚には、人ひとりがすっぽり収まる透き通ったカプセルに溶液が満たされ、その中で女性が眠っている。カプセルは幾重にも重ねられたコードによって複雑な装置に繋がれ、その機械の横にアリシアが立っている。
「これは……、夕霧博士だ! 人工生命学の天才と謳われた、人工生命体創造計画の主任研究員」
写真を見たキオンが説明する。言われてみれば、どことなくミコト長官に似てる気がする。眠っているようだが、何のためにこんなものの中に入っているのかは分からない。
そして、ヴェルが最後に手に取った一枚。
何もない白い部屋、ふたつの椅子の上に、赤い髪の少女と金髪の少年が座っていた。少女の方は、幼いがヴェルには面影だけで誰か分かる。
「ノアだ……」
写真に写っている少女は、間違いなくノアだった。
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