<case : 22> isolation - 歴史が眠る場所

 ヴェルにとっては、ミコトに呼び出されて以来の本部だった。


 キオンによると、ミコトは各機関への対応と調整に忙殺されていて、室長室を空けているとのことだった。


 現に事件から二週間経つが、ヴェルも直接会うことは叶っていない。しかし、ナタリの負傷を耳にした時は、一番に例の病院へ転院させて万全の治療を受けさせる手配をしてくれたらしい。


「本部に来たが、何かアテはあるのか?」


 セキュリティゲートを抜けて、エレベータに乗り込む。てっきりキオンのオフィスに行くのかと思っていたが、キオンは迷うことなく地下に向かうボタンを押下した。


「突拍子もないことを言ってもいいか?」

「何だ?」


 エレベータは軋むような音を立てながら、ゆっくりと地下へ降りていく。


「長官にも言ったんだが、俺はこの事件に、二百年前の人間が絡んでいると思っている」

「は?」


 気の抜けた返事をしたヴェルを横目に、キオンは表情を崩さずに続ける。


「その反応は当然だ。でも、ノアという少女。冷凍睡眠から目覚めたと言ってたんだよな」


 ヴェルは、ノアとの会話を振り返る。確かにドームの地下で冷凍睡眠されていたと言っていた。


「それを聞いて、より確信が強くなった。そのノアって少女が言ったとおりなら〈カオティック・コード〉はアイザックから生まれた物だ。でも、それを人間や他のマキナスに転用できるように改造しているのは一体誰だ?」

「確証はまだないが、テンペストの連中だろう。篠塚サイバネティクスの地下に、違法取引のデータも残っている。当然ながら、企業側は関与を否定しているらしいが」


「そこだよ。そこがあり得ないんだ」


 キオンは強い口調で言った。


「前にも言ったかもしれないが、あんな複雑な体系のコードを、その辺の反人工生命主義者が理解できるわけがないんだよ。もし、それができるなら、もっと早い段階で彼らのテロは大成功して、マキナスの普及なんて夢のまま終わってたっておかしくない」

「なら、アイザック本人か?」


「その可能性も、俺は限りなく低いと思う。エンジニアとして働くマキナスは大勢いるが、それでも技術力は拡張データに大幅に依存している。アイザックが〈カオティック・コード〉を直接編集できるなら、そのための拡張データを、結局は誰かが用意しなきゃならないのさ」

「卵が先か、鶏が先かみたいな話だな。つまり、どちらにせよ……」


「ああ。〈カオティック・コード〉を他に転用するには、第三者の関与が必要だと思うんだ。それができるのは、人工生命体創造計画に深く関与した人間だと思う。三次大戦の勃発で普及こそしなかったが、当時の技術は、冷凍睡眠を人類に転用できる水準まで進歩していた。もし、俺たちの知らないドームのどこかに、そのような施設が旧時代からそのまま残されていたとしたら……」

「まさか……二百年前の人間が、今の時代に目覚めるようにタイマーをセットしていたと?」


 同じ世界を見始めたヴェルの目を見て、キオンは頷いた。


「そして、アイザックの人格データをサルベージした」


 実に大胆な仮説だが、ヴェルから見ても筋は通っているように思えた。


「そこでだ。これまでに起きた全ての点を繋ぐと、最終的にどこに行きつくか分かるか?」


 ヴェルは、少し考えてから答える。


「二百年前……人工生命体創造計画……か」

「当たり。改めて聞くが、ヴェルは、この計画についてどこまで知ってる?」


「マキナスを創造したプロジェクトだったことくらいしか知らないさ」

「だな。なら、よく聞いてくれよ。調べたんだが、元々、人工生命体創造計画は〈第六科〉と呼ばれる機関が推進したとされている。第六科は、ご存じファントムの前身となった機関だ。この第六科の内部で、チームは大きく二つに大別されていたらしい、それが夕霧派と、篠塚派だ」


 キオンがVRスクリーンを展開して、画像を表示した。二人の目の前に、百合に彩られた狼の家紋と、鳥の羽をモチーフにした家紋が表示される。狼は言うまでもなく、ファントムの象徴だ。


「夕霧……って確か」

「そう。我らが志藤ミコト長官のご先祖様だ。もう一方の篠塚派は知っての通り、篠塚サイバネティクスの源流だ。この二つのチームが互いに競争を繰り返し、後のマキナスの創造に繋がった」


「その過程で、アイザックが造られ……同時に〈カオティック・コード〉を発見した」


 そして、何らかの理由で二百年の時を経た今、そのアイザックが蘇り、封印された〈カオティック・コード〉がドームに流出した。


 二百年前の人々が恐れた事態がまさに今、訪れたのだ。


「過去のこと、長官は何か知っているのか?」

「夕霧家は戦後のデータを一部独自で保持しているらしい。それを調べてみるとさ」


「で、俺たちは地下か?」

「ああ。歴史の裏側を見に行こうじゃないか」


 鉄骨が軋む音とともに、二人を乗せたエレベータは、地下へ降りていく。


 隔離された、過去の歴史が眠る場所に向かって。

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