<case : 14> scarlet - 緋色
〈外の世界〉の陽がゆるやかに落ち始めると、同時にドームの内側もだんだん薄暗くなってくる。
「ここが、斎藤分析官から共有いただいたリストにあった、篠塚サイバネティクスの運営する化学プラントです」
病院での大量殺人を生き残った小男から聞いた情報と、元々ファントムで保有していたテンペストの潜伏先のリストを照合した結果、篠塚サイバネティクスが絡んでいる可能性のある施設はここだけだった。病院からの距離もそこまで離れていない。
二人は車を降り、事前に共有された地図を見ながら塀を越えてプラントの中へ足を踏み入れる。
資料によれば、ここでは二百人ほどの人間とマキナスが働いているらしいが、就業時間をとっくに過ぎているため人気はほとんどない。
「ここに、犯人がいるんでしょうか……?」
恐る恐る、ナタリがヴェルに質問する。病院での一件。ついてくるなと言われたにもかかわらず、無理を通してしまった。軽蔑されても文句は言えないし、あんな口答えは、もう二度としたくない。
「いるわけないだろ」
意外にも、ヴェルはこれまでと変わらないトーンで返事をした。わがままを言ったのに自分の言葉をまだ聞いてもらえることに、ナタリは胸をなでおろす。
それでも、言葉や態度の節々から、ヴェルは自分をパートナーとする気がないことがひしひしと伝わってくる。彼に悪気がないことは理解している。帰れと言ったのも、半分は厄介払いだがもう半分は本当にナタリの身を案じての言葉だろう。
それほどに、噂に聞くアリシアとの一件が、彼に癒えない傷を残しているのだろうとナタリは思った。ヴェルほどの一流の掃除屋でも、拭えないトラウマ。
最愛のパートナーの死は、それほどに重い。
それが、自分のせいだと思い込んでいるなら、なおさら。
「どうして、いないって分かるんですか?」
「殺されたテンペストの末端構成員、三沢雄一は、本来アジトで起きた同士討ちに巻き込まれて死んでいるはずだった。それが生き残ってしまったから追手が差し向けられて、病院内の目撃者ともども口封じしようとした」
そう、その三沢が最期に口にしたというのが、この篠塚サイバネティクス。よりによって、大量殺人事件に篠塚サイバネティクスが絡んでくるとは思いもしなかった。
次期ドーム長を輩出するかもしれない大企業が、テンペストの構成員と繋がっているだなんて。
「つまり、そうまでして、隠そうとした何かが……」
「恐らく、ここにある。もしくはあった、かもしれないが。俺が犯人だったら、そんな場所にわざわざ戻るようなリスクは侵さない」
「黒澤氏の失踪については、どう思われますか」
ヴェルは、予め目的があるかのようにどんどんプラントの奥へ進んでいく。
「その件はまだ分からない。情報が少なすぎる」
階段を降り、しばらく歩いて、また階段を降りる。金属の板をブーツで踏む音だけが、反響してフロアに響く。まるで、何かに導かれるように歩いていくヴェルの背中を、ナタリが追う。
「あの……捜索なのに、どうしてそんなに目的を持って歩けるんです……?」
「別に、今はまだ何も探してない、あそこに向かって歩いていただけだ」
「へ?」
ヴェルが足を止めて、前方にある鉄のドアを指差した。立入禁止区域のマークが刻まれている。
「な、なるほど……」
勘で探していたわけじゃないと知り、ナタリはほっとする。もし勘だったら、どうやってその感覚を伸ばせばいいのか分からない。
ドアは施錠されていたが、ヴェルがデバイスと壁の施錠端末を繋いでハッキングする。そのハッキング中のデータを見て、ヴェルが表情を強張らせる。
「どうしました?」
デバイスの画面をナタリが覗き込む。ヴェルが参照しているのは、開錠履歴のデータらしい。
「十五分前に開錠されて、内側から閉められている」
そう言って、ヴェルはホルスターから銃を抜く。慌ててナタリも後に続く。
「まさか、犯人ですか……?」
「いや……それはあり得ん……」
「じゃあ、誰が……他の構成員の可能性も」
「行ってみれば分かる」
ハッキングが成功してドアが開くと、さらに地下へと延びる階段が続いていた。二人は音を立てないよう、足早に降りていく。
確かに、テンペストの構成員が潜伏するとしたら、このような、地下の誰も入ってこない場所である可能性が高い。
彼ら反人工生命主義者の多くが下層や最下層に潜伏するのは、構造が入り組んでいて、捜査の手が伸びづらいこと、そして、いざ捜査の手が伸びてきたときに、僅かでも逃げ切る確率を上げるためだ。
しかし、この場所はどうだろうか。ヴェルの後ろでナタリは考える。
中層の工業プラントの一角、立入禁止区域ではあるものの、出入りはそれなりに人目につく。リスクを取ってまで中層に拠点を置く理由は、下層ではできないことをするためだと思うが、果たしてそれは一体何なのか。
そのようなことを考えている間に階段を降り終えて、無尽蔵に張り巡らされた配管が通る薄暗い廊下に出る。
「なんか不気味ですね……」
ナタリが辺りを見回している間、ヴェルは壁を走る配管に目をつける。錆びが生じて、不規則な模様となって配管上に広がっている、しかし、その中に小さなまだら模様がある。かなり時間が経っているが、これは血だ。
「近いぞ」
廊下を駆け、長い一本道の突き当たりにある鉄の扉の前で左右にそれぞれ身を伏せる。ドアは少しだけ開いているが、中の様子は分からない。
ヴェルが一瞬、ナタリの目を見る。その視線に合わせ、ナタリも頷く。ヴェルがドアを蹴り、銃を構えながら中に押し入る。
部屋はそれほど広くなかった。何かの研究室のようで、棚には多数の薬品が陳列されている。中央には複雑な配線に接続された椅子がひとつ。
椅子から延びるコードの先は機械に繋がっていて、モニタが点滅している。その前に女が立っていた。
白い狐の面をした、赤い髪の女だった。
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