<case : 13> 200years ago - 大胆な仮説

「もうっ! 大量殺人の後は、その現場で要人が失踪? いい年して、ホイホイ消えないでよ!」


 人工生命犯罪対策室、通称ファントム長官の志藤ミコトは、長官室で悪態をついていた。


 報告にやってきた斎藤キオンが見ていても関係ない。それほど、彼女の前にはここ数日で堰を切ったように不可解な事件が山積みになっている。


 日に日に増えていくマキナスの異常な暴走と自死。病院での大量殺人と中央政府要人の失踪。さらに遡れば、ヴェルが見たという怪物。白狐の面をした女。


 分からない、何が分からないのかも、最早分からない。上層の景色が一望できる窓の前を行ったり来たりした後、諦めたように長官用の椅子に座り、キオンに声をかける。


「見苦しいところをお見せしました」

「いえ、大丈夫です」


「伺います」

「瀬田ダンジの一件です」


 ミコトはこくりと頷く。


「彼の人格データに刻まれていた不明なコード、その出処が分かりました」


 そう言いながら、キオンがデバイスを操作し、二人の間にVRスクリーンを展開する。


「長官に閲覧許可をいただいた、旧時代のネットワークへのアクセス権限。取り急ぎ、例のコードの文字列でインデックス内の検索をかけてみたところ、一部が該当しているようです」


 ミコトは溜め息をつき、顔の前で手を組んで目を細める。


「つまり、あれは〈外の世界〉由来のコードってことね……」

「はい。残念ながら」


 その時代、マキナスに関連する話題はひとつしかない──。


「つまり、人工生命体創造計画」


 答えに行きついたミコトを見て、キオンは静かに頷いた。


 人工生命体創造計画、それは今から二百年前、ミコトの祖先にあたる科学者が計画の一端を担った、戦後最大の秘密計画。マキナス創生のために費やされた予算は、この上層のビル全てを建ててなお余ると聞いている。


 マキナスという答えにたどり着くまでに、遺伝子工学、人工知能、トランスヒューマニズムなど、あらゆる分野のエキスパートが集められ、研究は進行した。その中には、計画の歴史上で語られない、非人道的なアプローチも多々あったと聞く。


 このコードも恐らく、そうした歴史の闇に葬られていたはずのパンドラの箱のひとつに違いない。


「どうやってドームにそのコードが入ってきたのかしら」

「確証はありませんが、恐らく地下のサルベージ業者でしょう」


「リスクを冒してでもドームの外に出て、不足した資源を確保して違法に売りさばく連中ね」


 多くの一般民は知らないが、ドームの構造は実は完璧ではない。〈外の世界〉の汚染から都市を防護するためのドームの外殻に隙間はないが、実は地下には、いくつか〈外の世界〉に出られる秘密のルートがあるという。


 働くためのIDを持たない一部の最下層民は秘密裏に依頼を受け、そのルートから〈外の世界〉に出て、旧時代の遺物を探す。ミコトたちは、彼らをサルベージ業者と呼んでいる。


「彼らは実際、金さえ積めば大戦で使われた危険極まりない化学兵器でも探すそうです」

「そして……その不明のコードは今なおドームに流通している、と」


「流石です。既に、お分かりでしたか」

「情報を整理すると自ずとそうなるわ。報道でも、暴走した後、倫理規定で縛られているはずのマキナスが、自死に至る事例が複数報告されていますし」


 ミコトがそう言うと、キオンはデバイスを操作して、スクリーンの表示を変更する。映し出された画面には、円グラフが表示されている。


「こちらが暴走の果てに自死に至ったマキナスの推移をまとめたデータになります。被害は最下層が一番多く、下層から中層に至るにつれ数は減り、今のところ、上層では発生していません。しかし、中には自死の際に人間を巻き込むパターンもあり二次被害が出ています。ドーム中に不安が広がるのも時間の問題です」

「そうやって死んだマキナスたちも、全員不明のコードが刻まれていたの?」


「現在、検視局がパンクしていて、まだ直近で自死したマキナスの遺体は回収できていないのですが、ヴェルから瀬田ダンジと同時期に死亡したマキナスの人格データを調べてほしい、と連絡がありました。そこで再教育施設に問い合わせて、メンテナンス期限超過などで連行後に死亡したマキナスがいないか探してもらうと……」

「いたのね」


「ええ、三人のマキナスが強制メンテナンス後にもかかわらず、瀬田ダンジと同じように、暴走後に自死していたのが確認できました。それで、遺体を引き取りストーキングをかけたところ、例の不明なコードが検出されました」

「はぁ……何てことなの……」


 ミコトは机に肘をついて、頭を抱える。


 萎れかけるが、不屈の精神力でミコトは気持ちを入れ替える。既に起こってしまったことは仕方がない。今、優先するべきは不明のコードの中身を理解すること、そして、コードが伝播する方法を解明し、マキナスの自死を止めることだ。


「斎藤分析官、あなたの所見は?」


 目の輝きを取り戻したミコトを見て、キオンは小さく頷いて答える。


「長官、私はとても恐ろしい想像をしています」

「恐ろしい想像?」


「人格データには通常いかなるプログラムも追記することができません。それは、マキナスの人格を守るためであり、当然の措置と言えます」

「ええ。可能なのは、公式に製造された拡張データだけね」


「はい。ですが、その拡張データのインストールにも、相当な技術が必要です。人工生命学をはじめ、特殊な訓練を受けた者だけが施術を行うことができます」

「そのとおりよ」


「ここから分かることは、この不明のコードを操っている人物は、少なくともマキナスの人格データに直接プログラムを記述できる方法を知っている、ということです」


 そんな人物がいるだろうか、ミコトは思慮を巡らせる。


 エンジニアの知り合いは何人もいるが、人工生命の分野に突出しているとなると人数は限られる……。いくつか顔は浮かぶものの、その者たちにはこれといった動機が見当たらない。マキナスを害するよりも、愛する者たちばかりである。


「私は当初、マキナスの基盤となるアーキテクチャの構造を知る再教育施設の人間が絡んでいるのではないかと考えました。ですが、旧時代のネットワークに接続できない彼らは、この不明のコードの存在は知りようがありません。当然です、これは二百年も前に書かれたコードなんです」

「ちょっと待って……。斎藤分析官、それはつまり……」


 キオンと同じ答えに行きつこうとしているミコトは、思わず息を吞む。


 それを見たキオンも頷いて、あらゆる方向性を検討したうえで着地した、突拍子もない自身の説をミコトに告げる。


「はい。私はこの事件に、何らかの方法で二百年前の人間が絡んでいると考えています」

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