<case : 12> report - 要人失踪
地下に通じるドアはさすがに堅牢なものだったが、既に開けられた後だった。
すぐ傍に警備員の制服を着たマキナスが死んでおり、彼から開錠用のカードキーを奪ったのだろう。
「この様子では、三沢もすでに……」
地下に続く階段を下りる。収容施設も兼ねているとはいえ、病院なので明かりは確保されており、窓はないが他の階と比較しても暗さは感じない。全ての個室のドアが半開きになっている、中がどうなっているかは想像に難くない。
「八号室、ここだ」
ゆっくりとドアを押して、外から部屋の全貌が見えるようにする。
部屋は牢屋を改装したのかと疑うくらいの狭さで、部屋の半分を占めるベッドの上で、男が死んでいる。眉間に一発、即死だ。事前に共有されている特徴から、三沢雄一で間違いない。
「テンペストの仲間が口封じのために殺したのでしょうか」
それもあり得る、と思ったその時。隣の病室から物音がした。廊下に顔を出すと、逃走しようとしている小男の姿が見えた。
「私が!」
と言って、ナタリが後を追う。一瞬、自分も行くべきかと思ったが、ヴェルの想像を超えてナタリは俊足だった。上階への階段にたどり着くまでもなく追いつき、男の背中に飛び掛かって抑え込んだ。男は床に倒されて悲鳴を挙げる。
「いてぇ、分かった! 降参だ、逃げないから!」
「あなたは誰! どうして隣の病室にいたの!」
「いや、あれは俺の病室なんだよ! いてててて」
「おい」
徒歩でヴェルが追い付き、小男の尋問を始める。
「素直に答えれば、離してやる。ここで何があった?」
「く、詳しくは知らねぇ。いきなり銃声が聞こえて……俺は隠れてたんだ」
「恐らく、お前以外はほとんど殺されている。よくバレなかったな」
「へへ、あそこにいたんですよ……」
そう言って、小男は天井に顔を向ける。そこには何とか大人一人分くらいのスペースがある通気ダクトが通っていた。ヴェルはナタリに目配せをする。それを受けて、ナタリは小男の拘束を解き、壁を背にして座らせる。
「どういう状況だったんだ、説明しろ」
「部屋で寝てたらよ……突然、銃声がして飛び起きたんだ。音はどんどんこっちに近づいてきて、咄嗟の判断で天井から通気ダクトに隠れたんでさ。そしたら男が二人、銃を持って歩いてきて」
「見たのか? どんな男だ」
「上からチラッと見えただけだが、二人とも黒づくめの大男だったよ。あんたもデカいが、同じくらいかもう一回りくらいあるかもしれねぇ。マスクをしていて顔までは……」
「何か言ってたか?」
「隣の部屋で入院していた男と、何かを話してたようで。化学プラントがどうとか……あ、篠塚サイバネティクスがどうって言ってたな……その後、また銃声がして男は出ていった。俺はすくんじまって、ずっとここで震えてたんだ。そしたら、あんたらが来て……」
「見てたんでしょ、どうして逃げたの?」
ナタリが尋ねる。
「そりゃ、怪しかったからに決まってる! おたくら、どう見たって、警察には見えねえし」
そこばかりは、ヴェルもナタリも否定できなかった。確かに掃除屋の黒いジャケット、灰狼の腕章に、銃やナイフといった武装の仕方では、別の殺し屋がやってきたと思われても仕方ない。
「篠塚サイバネティクス……知ってるか」
「えっ、蒼井捜査官。ご存じないんですか?」
ナタリが素っ頓狂な声で答える。基本的にヴェルは下層以下を中心に任務にあたることが多いため、それより上階層のことはほとんどアリシア任せだった。
「……」
「す、すいません。篠塚サイバネティクスは、ドームの中でも一、二を争う工業系企業で、化学物質の製造を担っています。確か、このドームの外郭素材なんかも、元々はここが造っていたはずです」
「……どこかで聞いたな」
その時、ヴェルのデバイスが鳴る。キオンからだった。通話は、自動的にナタリにも共有される。
「ヴェル、そっちの状況は? 皆殺しなんだって?」
「生き残りが一人いて、話を聞いた。犯人は二人組らしい」
「なんてこった……実は、ひとつ調べてほしいことがある。実は、その病院に黒澤義人という人間がお忍びで入院していたんだが、生死を確認してくれないか」
「ち、ちょっと待って下さい。黒澤義人って……あの、黒澤財閥の御曹司の?」
ナタリが驚いて会話に割り込む。
「ああ、そうだ。最近ニュースを賑わせている要人失踪事件があるだろ? 黒澤氏は、失踪したんじゃなくて持病の悪化で入院していたんだ。万が一のことを考えて、塀のある病院がいいって本人のリクエストでね」
キオンの言葉で、ヴェルは記憶を手繰り寄せる。そうか、本部へ行く途中、公人用エレベータの中でニュースが流れていた。そこで篠塚サイバネティクスの名前を聞いたのを思い出す。
「しかし、その黒澤っていう男はこの様子じゃ、その意思決定が裏目に出たな」
ヴェルが言うと、スクリーンの向こうでキオンは溜め息をついた。
「だな……。でも、そうならそうで、きちんと確認して報告しなきゃいけなくてね……。二階の四号室なんだが、確認してくれないか」
「分かった。見に行って報告する」
ヴェルは、無造作に小男の腕をつかむと、手錠を取り出して一方を彼の腕に、もう一方を壁からせり出しているパイプに繋ぐ。
「な、何するんだよ!」
「逃走防止だ。もうすぐ応援が来るから大人しくしてろ。お前のことは保護するように伝えておいてやる……。おい、行くぞ」
二人は、すぐに二階の四号室に向かった。途中、これまでと同じように何人かの倒れているマキナスと人間を見たので、明らかに違うと分かる者以外は、黒澤義人ではないかの確認をしつつ進んだが、皆別人だった。
四号室の前まで来て、ヴェルがドアを開ける。部屋の中は無人だった。シーツや布団も全く汚れておらず、この部屋だけは、外の事件から切り離されているのではないかとすら思えてくる。
「死体も……ないですね」
「これで、正式に失踪扱いだな……」
ヴェルが溜め息をつく。
「キオンに報告する。お前は、長官にこの現場の詳細を共有しろ」
「承知しました。ちなみに、この後はどうされますか? 一度本部に戻ります?」
「そうだな……」
ヴェルは、ここまで一緒に行動してきて、初めてナタリの目を正面から見据える。
「この辺で潮時だ。お前は戻れ」
「へっ?」
「見ただろう。人間もマキナスも、何人も死んでいる。この事件、ここから先は本当に危険だ」
「危険だから……私には戻れと?」
「報告も立派な仕事だ。お前はここで得た情報を、長官に伝えるんだ」
「お断りします。大体、報告ならデバイス越しでも問題ありません」
決意を固めた表情で、ナタリも真っすぐにヴェルを見ながら言った。
「お前な……」
「私は、蒼井捜査官から掃除屋の在り方を学びたいんです! あのアリシアさんが、心底認めていたという、あなたから」
「アリシアの名前を出すな」
「だって……!」
ヴェルが右腕を病室の壁に叩きつける。轟音が響いて、クモの巣のような亀裂が壁一面に走る。
それでも、ナタリは眉一つ動かさず、ヴェルを見つめる。
「あなた達は私の憧れです。足手まといにはなりません。ついていかせて下さい」
決意の固いナタリの赤い瞳に、ヴェルは一瞬、アリシアの影を見る。意見が割れて譲らない時の彼女の目と、全く同じだった。
自分の語彙では何を言ってもナタリが納得することはないという事実に、舌打ちをしながら、ヴェルは部屋を後にする。
その背中を、ナタリが追いかけていく。
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