第7話

 あのバカ王子たちが大きな顔をしてここにいるということは、まだ国王陛下が皇太子殿下を廃嫡していないということだ。廃太子になっていたら顔を見せるのも恥ずかしいだろう。いや、あの二人なら怒りで怒鳴り込んでくる可能性もあるけれど。

 国王陛下にはそちらの都合の良いときに行って欲しいと伝えてはあったけれど、まさかの放置。将来有望だった皇太子殿下を簡単に見捨てることはできないのだろう。改心するのを期待しているのかもしれない。分かる、分かるけれど、今日より前に覚悟を決めていただきたかった。すぐに手紙を送ろう。

 ああ、頭が痛い。なんて日に顔を合わせなければならないのだろう。良き門出にケチがついたようで私は肩を落とす。

 でも、対峙する覚悟を決めたのに、いつまでもここで項垂れているわけにはいかない。先に到着しているヴィルヘルム様が、この面倒な茶番劇の対処に追われているのだから。


 私は馬車から降りると、ヴィルヘルム様の元へと急ぐ。近づいて行くとヴィルヘルム様はすぐに私に気付き、甘い笑顔を向けてくれた。それだけで私の気分は上がる。どん底だった気持ちが一気に浮上し、皇太子殿下たちに応戦する気力が湧いた。

 ヴィルヘルム様に笑顔を返し、私は皇太子殿下に挨拶をする。一応はまだ皇太子という地位にいるのだ。先に挨拶をしないわけにはいかない。

 しかし、挨拶をしようとした瞬間、皇太子殿下の笑う声が聞こえた。一時でもこんな人に好意を持ったことを後悔する。


「ようやくお出ましか。お前が婚約する姿を見届けに来てやったぞ」


 頼んでいませんが、という言葉を飲み込み、私は笑顔を貼り付ける。


「今日は身内のみで行う予定で、御招待していない方の席は用意していないのですが」

「すぐに用意すればいい」

「そうよ、せっかく来てあげたのに」

「申し訳ありませんが、そういったことはできかねます。こちらにも用意できるものとできないものがありますので」


 他の者たちのものを回せばいいとか言い出すんでしょうけれど、何もお渡ししたくないのでお帰り願いたい。

 私はそのまま二人を無視をして、ヴィルヘルム様に声をかけた。

 

「ヴィルヘルム様、遅くなりました」

「時間通りだろう? それより、招かれざる客が来たようでどうしたものかと」


 皇太子相手に強い。でも、そういえばヴィルヘルム様のお母様が妃殿下の姉だったはず。ヴィルヘルム様は皇太子殿下の従兄弟ということか。それならば小さい頃から会っていただろうし、とそこまで考えたところで皇太子殿下の声に思考を遮られた。


「ふざけるな! 招かれざる客だと?」

「招待していないのだからその通りだろう?」

「誰に対してものを言って……!」

「ほとんど会ったこともない従兄弟殿だが?」

「その前に皇太子だ!」


 会ったことは数えるほどしかないんですね。そして仲もよろしくないと。蛇とマングースってこんな感じだったかしらと、思わず現実逃避をしてしまう。

 そして、静かすぎるイーナ嬢に目を向けると、ヴィルヘルム様をうっとりと見つめている。あなたには皇太子殿下がいるでしょう。さらに言えば、とっかえひっかえしてるアクセサリーみたいな攻略対象もいるでしょうに。

 ギョッとしてしまうけれど、ヴィルヘルム様も周りに侍らせている攻略対象のようにするつもりなのかどうなのか。勘弁してほしい。顔がいくら良いからって、ヴィルヘルム様だけはあなたのアクセサリーじゃないのであげません!

 私は一番早い解決方法を取ることに決めた。


「皇太子殿下、少々お耳を拝借しても?」

「なんだ?」


 睨み合う二人の間に割って入った私は、皇太子殿下の耳元で囁く。


「覚えてらっしゃいますか? 私と婚約するに至った経緯を」


 その言葉に皇太子殿下の体がこわばる。どうやら思い出してくれたようだ。


「私の国家機密とも言える力をここで披露してもいいのですけれど。私とヴィルヘルム様の家族は知っていますし、知らないのはあの方だけ。どれほど恐ろしい思いをすることになるのでしょう。呼べば竜の一匹や二匹すぐに……」

「な、何を言っているんだ」

「このままお帰りいただきたく存じます。そうすれば怖い思いをすることもなく幸せな一日を過ごせますわ。それと、先程国王陛下の元に手紙を出しました。もう届いてると思いますが、弁明なさるなら早いほうがよろしいかと」


 にっこりと特大の笑みを浮かべて私は告げた。

 国王陛下に告げ口したよと言ったのは、謹慎処分を受けている身でここに来ることは許されないからだ。魔物を使って脅したのを逆に告げ口されても、こちらの言い分が通ることも予想済みだ。それにイーナ嬢がいる前では、そのことを口にすることもできないだろう。

 皇太子殿下は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、イーナ嬢の手を取り背を向ける。


「ちょっと、どうして!」

「いいから来るんだ」


 イーナ嬢が振り返って私を睨んでいるけれど、痛くも痒くもない。二度と会いたくないなと思いながら、私はヴィルヘルム様の方へ視線を向ける。すると、くつくつと喉の奥で笑いを噛み殺したヴィルヘルム様と目があった。


「なかなか良い見世物だった」

「ひどいですわ。でも、ヴィルヘルム様もなかなかでしたわよ」


 私たちは顔を見合わせ笑う。

 その時、遠くで皇太子殿下の叫び声が響いた。何事かと目を向ければ、妃殿下によく似た女性に拳を振り下ろされ叱られているところだった。


「鉄拳……」

「あれは俺の母だな」


 そうですよね、妃殿下とよく似ている。妃殿下も美しく優しそうな外見とは裏腹に、聞き分けのない息子相手に拳を振るう方だった。痛そうだなと思いはしたけれど、親戚に叱られている皇太子殿下のことなど私には関係ない。

 私は涼しい顔をしたヴィルヘルム様にエスコートされながら、教会へと向かったのだった。

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