第8話

 澄んだ青空は高く、そよぐ風は心地よい。季節的に花の種類も多く、辺りは爽やかな良い香りがした。

 そんな中、教会に向かいつつ、私は先ほど嘘をついたことを謝罪する。


「申し訳ありません。私、先ほど嘘をついてしまいました。私の能力をまだヴィルヘルム様のご家族に説明していないのに、皆知っているなどと言ってしまい……」

「ああ、それくらい些末なことだ。あの面倒な二人を追い払ってもらって清々した」


 ヴィルヘルム様の笑顔が眩しい。どれほど腹が立っていたのだろう。私よりも長い時間、あの二人の相手をしていたのだから当然と言えば当然だ。横柄に振る舞う彼らが来た原因は私にあるのに、ヴィルヘルム様は私を気遣う言葉をくれる。本当は魔獣たちで脅すようなことをしたくはなかったけれど、一番あの方法が早いと思ったのだから仕方がない。

 なにより、イーナ嬢が余計なことをする前に、この場から消えて欲しかった。それは私の不安からくる行動だったけれど、ヴィルヘルム様の様子を見た限りでは杞憂に終わったようだ。しかし、どんな力が働いているのかも分からないため、これからも用心するに越したことはない。


「それよりも、先に謝るべきだったのは俺の方だ。ほとんど会ったことがないとはいえ、馬鹿な従兄弟が申し訳なかった。あれはあなたを何度も傷つけただろう」

「傷つかなかったと言えば嘘になりますけれど、最後の方は諦めていましたし早々に見限ってしまいましたから」


 でも昔は優しかったんですよ、と笑えばヴィルヘルム様は複雑そうな顔で私の顔を覗き込んでくる。ヴィルヘルム様の顔は端正で堀が深くて格好良いなあと思っていると、いつのまにか至近距離にあって私は目を瞬かせる。近い、近い。


「本当に気にしては……」

「いません。だって、あの、昨日も言った通りとても恥ずかしいんですけれど、私の初恋はヴィルヘルム様なので。初恋の方と結ばれるなんてまるで小説のようですよね」


 この世界での初恋は嘘じゃないし。前世から好きだけれど、この世界に来てもずっと好きだったし。

 自分にそう言い訳をする。

 顔に集まった熱を散らすように、羽根の付いた扇で扇いでいると愉快そうに笑っているヴィルヘルム様が目の端に映った。昨日は私の告白を受けて耳まで真っ赤にしていたのに。

 でも、こんなによく笑う方だったんだな、と新たな一面を見つけて嬉しくなる。もっとたくさんヴィルヘルム様のことを知りたい。


「初恋……そうか、初恋か。エステリ嬢はあんなにもっさりとしていて年上で、毛むくじゃらだった俺を選んでくれたのか」

「私、顔でヴィルヘルム様を選んだわけじゃありませんし。子どもの私にも真摯な答えをくださったことに……」


 横から甘ったるい視線を感じる。待って、さっきからとても恥ずかしい告白をしている気がする。穴があったら入りたい、というのはこういうことを言うのか。本当のことしか言っていないけれど、これはあまりにもストレートに伝えすぎではないだろうか。

 ヴィルヘルム様は嬉しそうだけれど、伝えている私は恥ずかしくて消えたくなる。

 尻すぼみになっていく声に被るように、ヴィルヘルム様は私に告げた。


「やはり、もっとあなたのことを知りたい」


 びっくり箱のようにポンポンと驚くような言葉が飛び出てくる、とヴィルヘルム様は言う。これは面白枠認定されているのではないか。

 でも、私もヴィルヘルム様のことをもっと知りたいと思っているのは本当だし、お互いに新しい発見をできれば良いと思う。


「そうですね。私も、さっきヴィルヘルム様がこんなによく笑う方なんだと、新しい発見をしたところです。もっとヴィルヘルム様のことを知りたいと私も思います」

「お互い、これからも楽しみが多いな」


 小さく頷き、私はヴィルヘルム様と共に協会の中へと入った。

 窓から太陽の光が降り注ぐ、明るく美しい教会だった。祭壇の向こうには大きなステンドグラスがあり、そちらからも色を帯びた光が中を照らしている。

 まだ用意の真っ最中のようで、私たちが待つスペースはない。顔を見合わせた私たちは、ひとまず外に出ようと扉を開けた。

 すると、反対側にも人がいたようで、手前に引いた扉の向こう側で妃殿下によく似た女性が目を丸くしていた。


「まあ! あなたがエステリ公爵令嬢ね。あなたのことは妹から、妃殿下からよく聞いていたから、初めて会ったような気がしないわ」

「初めてお目にかかります。エステリ・パルヴィアイネンと申します」


 今日はようこそおいでくださいました、と伝えれば先ほど振り下ろしていた鉄拳が嘘のような優しい仕草で私の手をとり微笑む。手入れはされているけれど、この手は剣を握っている手だ。元辺境伯夫人であるペルトサーリ侯爵夫人は自分も前線に立つ方だと聞いているけれど、手がそれを物語っていた。


「妃殿下に泣かれたのよ。姉上にエステリ嬢とられたーって。だから、余計に会えるのを楽しみにしていたのよ。こんな可愛らしい方が私の娘になると思うと、色々楽しみになってしまうわね。それと私のことはタルヤと呼んでちょうだい」


 まだペルトサーリ侯爵夫人って呼び名に慣れないのよ、と朗らかに笑うタルヤ様は妃殿下が笑った顔とそっくりだ。少し垂らされた明るめの金髪が顔周りでふわりと揺れる。訳あり令嬢ということを気にせずに受け入れてくれる懐の大きさに、思わず私も笑顔になった。そんな私たちの間に立ったヴィルヘルム様は、今やらなければならない大切な件を告げる。


「まったく、もういいから落ち着いて。それより、式の前にエステリ嬢から話があると伝えてた件で……」

「ああ、そうね。ちょうどあの人も来たところだし。離れを借りているからそこで話しましょう」


 促されるままに離れへと向かうと、ヴィルヘルム様のお父上であるペルトサーリ侯爵が待っていた。軽く挨拶を交わしたけれど、穏やかで品の良い素敵なおじさまだった。あまりにも穏やかすぎて、この方が魔獣や隣国相手に戦っている姿を想像できない。しかし、とてもお強いのだ。豪腕でまとめて飛んできた矢なども一振りでたたき落としてしまうと噂されていた。今も体が鈍ってしまうからと、辺境伯を引退した後も戦闘に加わっているらしい。よく見ると目元がヴィルヘルム様に似ている。


 離れに入り、私はお二人に再度挨拶をしてから、ヴィルヘルム様にお話した内容をほぼそのまま伝えることに成功した。私が早くに心を決めていれば辺境伯領での被害がもっと食い止められたかもしれないことを告げると、それは推測に過ぎないと、魔獣が手を出すのは森の奥に入ったときだけに留めた件に関してお礼を言われた。中途半端に手を出してしまったことを責められる覚悟をしていたのにお礼を言われてしまい、気恥ずかしく申し訳ない気持ちになる。


「私を受け入れてくださり、ありがとうございます」

「あらあら、心強い家族ができて私は本当に嬉しいのよ。ね、顔を上げてちょうだい」

「いつになったら嫁をもらうのかと思っていたが、良い子を見つけたな」


 嬉しくて泣きそうになりながら笑うと、タルヤ様に優しく頭を撫でられた。安心するけれど、これは子どもにする仕草じゃないかしら。でも気持ちよかったのでそのままにしていたら、ヴィルヘルム様に引き剥がされた。私を抱き寄せるように引き、隣にそっと立たせる。ちらりと見上げると、咳払いをしたヴィルヘルム様がタルヤ様から生暖かい視線を向けられているところだった。ちょっと可愛い。

 それから、少し時間もあるので了承を得てからキヴィを影から出してみせた。初めは驚いていたもののお二人ともキヴィが害をなさないと分かった途端、触れても良いかと聞いてくる。キヴィも撫でやすいようにとの配慮からか、自分から床に伏せたので頷いた。さすが高位の賢い魔獣だ。

 しばらく皆でモフモフタイムを満喫していると、私の家族もやってきたので、そこで軽い顔合わせとなった。先ほどまで、大人しくさせるのに苦労した皇太子殿下たちの話にもなったけれど、楽しい話題ではなかったので適当に話を逸らす。和やかな話題へと移りゆく中、私はそっと安堵の溜め息を吐いた。

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