レジェンド・オブ・ザ・ブレイヴ

林城 琴

第一章・はじめの一歩

1-1 皮切り

 「兄さんを探しに行く。」

 テオはホーンにそう言い放った。

 石造りの小ぢんまりした古城の一室。穿たれた窓からは爽やかに晴れた外の空が望め、あちらの戸からは表に張り出した広いバルコニーに出ることができる。

 時折鳴る、草の音しかしない。

 城と言ってもここに今住んでいるのはテオとホーンの二人だけだった。もちろんふたりとも、領主でもない。人里を遠く遠く離れた草深いこの地にぽつんと忘れられ朽ちかけていたこの古城に、ある日テオたちの両親とホーンの両親が、幼い彼らを連れてやってきたのは今から二十年足らず前のことだった。それから若い二組の夫婦は補修を重ね、どうにか快適に住めるようにしたあと・・ある日四人はここからいなくなった。以来テオとホーンと、テオの兄ヴァンは、替わる替わる訪れる大人たちの手助けを受けながら、どうにか三人でやってきていた。

 それも、三年前までの話だった。

 さて、第一声を放ったテオは、よくするようにその時もまっすぐにホーンの目だけを見つめていた。ホーンの目は固い色のどこまでも青い青だったが、じっと見ていると段々その色が透け味を帯びてきて、最後は、挿し絵で見た極地の氷の、みどりがかった白にどんどん似てくるのが不思議だった。白いといえば彼の肌こそ大理石と同じ色の白だったし、髪はといえば金糸をそのまま植え付けたようで、光に当たるとほんとうにきらきらと、発光する輝くのがテオにはいつも面白かった。一方のテオは良く光る茶色の瞳と艶のあるやや色の深い栗色の髪をしていて、結わえた長い髪を揺らして溌溂と動く様子は時に若い駿馬を思わせた。

 「・・何だって?」

 しばらく経ってホーンがやっとそう言った。表情はいつものように眉ひとつ動かしもしなかったが、腹の中ではヴァンへの悪口雑言が竜巻のようにぐるぐる渦巻いて速度を増していた。しかし他方、心の隅、多分どこか裏側のほうで、怖れていた日がやって来る事への覚悟を厳しく迫られる気分を覚えていた。ついに、来たか。それは背骨が冷えるような思いだった。

 こんな感覚は初めてだ、とホーンは思ったが、すぐにそれを意識下に押し隠した。怖れるな。怖れても結果がよくなることなど、ないのだ。

 「兄さんを、捜しに行く、って言ったんだよ。」

 落ち着いた口調で、やたらきっぱりとテオはそう言った。

 「止めとけよ。」

 「駄目だよ。」

 「待てって言ってたろ。」

 「もう待てないよ。」

 「必ず戻って来るって書いてあっ・・」

 「戻って来てないじゃないか。」

 いちいちごもっともだった。

 今まではなんとかテオを説き伏せることもできていたのだ。そう、今までは・・。しかし、目の前に立つテオの様子を見ているホーンは、今度の今度こそ駄目だろうということが最初から判っていた。普段はひどく穏やかなくせに、このテオという奴、一度腹を決めるとてこでも動かない。そして今は腹を決めている。見なくてもわかるくらいだ。

 

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