第17話

 不思議な夢を見始めたのは、つい最近の事だった。


 私の家の近くの大通り、そこを私は延々と彷徨う夢だ。


 ずっとずっと家にも帰れずに、路頭に迷っていて、ようやく目が覚めた時、時計は午後九時を指していた。


 昨日寝たのは、午後九時…


「私、二十四時間も寝てたの…?」


 それ以来、私は、夢の世界を彷徨うことになった。


 一日に何十時間も寝ていた。


 その間、私は、街を彷徨う夢を見続けた。


 心なしか、日が経つごとに街は、崩壊していく。


 お母さんも私も怖くなって、先生に相談した。


 先生は、珍しく悩んで、


「実はね…」


 と、話し始めた。


 どうやら最近、ある奇妙な病気が密かに流行っているらしい。


 その病気にかかった患者さんは、一日に何十時間も眠り続けたり、悪夢にうなされたりしてしまうらしい。


 …そして、そのまま帰らなくなってしまった人もいる…みたいだ。


 かなり危険な病気だが、原因も詳細も不明な奇々怪々な病気だ。


 奇々怪々すぎるあまり世間には知れ渡っていないらしい。


 知ってても、都市伝説くらいだろうと先生は言っていた。


「説明が難しいんだ。予防法も発症する原因も分からないから、なんの手も打てない」


 悔しそうな先生の顔。


「…先生…」


 心配した私を見た先生は、あることを話してくれた。


 それは、その病気の患者さんの治療に立ち会っていたころの話だった。




 今から、二年前、この病気にかかった子がいた。


 先生は、この病気から患者さんを何とか救い出そうとして、色々調べていたそうだ。


 調べているうちに、この病気は「精神病の一種であること」と「患者さんは、自分の精神世界に閉じ込められている」という、世にも不気味な答えにたどり着いてしまった。


 先生は、この話を治療に携わっていた方にした。


 その方たちは先生の話を聞いて、試行錯誤を繰り返し、精神世界に行く方法を開発したそうだ。


 …先生たちは、その方法を使って、患者さんを救い出すことにした。


 精神世界に行く代表として、先生が名乗りを上げた。


 先生は、ベッドに横になって、薬を飲んだ。


 何人もの人に見守られた。


「先生…無事に帰ってきてくださいね」


「分かりました」


 コンピューターを起動させた。


 患者さんの精神世界に行った先生は、その世界の患者さんを探し始めた。


 …助けられなかったそうだ。


 患者さんは病気は末期だった。


 もう精神世界は崩壊していて、患者さんを見つけ出すことはできなかった。


 先生は、精神世界の崩壊してゆく様を見ながら、現実の世界へと強制送還された。


 現実の世界に帰ってきた先生は、患者さんに寄り添った。


 もう息をしていなかったそうだ。




 涙を浮かべた先生。


「あの子は、精神的にも限界を迎えていたから、末期が早かった。もっと、早く気づいてあげれば…」


 先生は、パソコンの傍に置かれているノートを握りしめていた。


「小説家を目指していたのに…まだ子どもだったのに…若かったのに」


 そのノートは…


 見たことがある。


 …小学校の頃、夏花ちゃん…彼女が持ち歩いていたものだ。


 そっか…彼女も…


 彼女は…もうこの世には…


 私も先生もしばらく黙った。


「だから、もう誰も失いたくない」


 先生は言った。


「この病気は、予防法も発症する原因も未だに詳しく分かっていない。だけど、次、患者さんが出た時は、絶対に助ける」


 私の手を握りしめた。


「加奈ちゃんのこと、絶対助けるから!」


 …先生らしくなかった。


 でも、その言葉で安心できた。


 …夏花ちゃんが私の友達だったことは、先生には言わなかった。


 先生の、あの表情を忘れないように、私は眠りについた。




 目が覚めると…


 私は、あの世界で倒れていた。


 あの世界は、私の精神世界だった―

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