第8話

 家の時とは違って、ずいぶん荒れ果てていた。


 下駄箱も電球も…すべてがぼろぼろだ。


 靴を履いたまま中に入ろう。ガラスの破片とか踏んでしまったら危ないし…


 廊下を歩くだけでもギシギシ音がする。


 張り紙がぼろぼろ…もはや原型をとどめていない。


 …職員室を覗いてみた。


 窓が飛散していて、書類が破れている。


 冷蔵庫は機能していないし、机は真っ二つになっている。


 机が真っ二つなんて…一体ここで何が起こったのだろう。


 …少し歩いて、教室を見に行く。


 なんとなく、六年生の教室が気になった。


 階段を一段一段上がっていき、三階にたどり着いた。


「…え、また…!」


 後ずさりして、階段から足を踏み外しそうになった。


 三階の廊下には、ノートがたくさん落ちていた。


「このノート、私の家にもあった…」


 どのノートも表紙がかすれている。


 目を凝らせば、全てのノートに『日記』『六年二組』と書かれている。


 名前のところは…文字がにじんでいて読めない。


 ノート…日記…


「あ、そうか…ここ、私が通っていた小学校で…」


 私の家にあったノートは、日記帳だったのか…


 廊下に散らばっているのは、クラスメイトの日記帳だった。


『六年二組 一番』と書かれた日記帳を拾った。


『一番』…名簿番号だ。


 一番の子…どんな子だったかよく覚えていないけど、スポーツが得意な男の子だったかな?


 日記帳を開いた。


「…あれ?」


 五ページしかない。


 他のページはすべて破られている。


「なんで…?」


 残っているページを読んでみよう。


『先生、もう限界。あいつがまたいじめてきた。えらそうにサッカーしやがってって言われた。マジで許せない。サッカー好きなことのどこがいけないことですか?なんで、俺はこんなにいじめられなきゃいけないんですか?サッカーが好きだというだけで。先生、何とかしてください。』


「いじめ…?!」


 この子は、サッカーのことでいじめられていたみたいだ。


 可哀想…いじめられていた中、頑張って学校に通って…


 思い出せないけど、私は助けてあげられたのだろうか…


 …他の子はどうなのだろう。


『六年二組 二十五番』と書かれた日記帳を拾った。


 二十五番の子は…なんだっけ、いつも鉛筆を持ち歩いていて…


 日記帳を開く。


 やっぱり、ほとんどのページが破られている。


 残ったページには…


『先生、疲れました。小説、先生に読んで欲しかったです。でも…もう駄目だと分かりました。先生、ごめんなさい。さようなら。』


 え…ページの端に…血痕…?


 この子、もしかして…


 怖くなって、『六年二組 四番』の日記帳を開いた。


『先生、もう学校に行くのが辛いです。』


「やっぱり…」


 私のクラスには、いじめっ子がいて…


 私、いじめられっ子を助けてあげられたのかな…


 それとも…


「…あれ?確か、四番って…」


 ―じゃあ、今日は四日だから、四番の人に答えてもらおうかな。


 ―四番の人ー!


 ―加奈ちゃんだよ!


 教室から声が聞こえる。


 そうだ…四番って私だ。


 でも、私の日記帳は、家にあったはず…どうして学校に?


 その時。


 ―どけ!邪魔なんだよ!


 ―何?お前、小説家になろうと思ってるの?なれるわけねーだろ、根暗女!


 ―サッカーできるだけで選手気取り?馬鹿のやることじゃん!


「嫌…嫌っ!」


 私は、必死に耳をふさいだ。


 怒鳴るような、罵倒するような声が響く。


 気味の悪い笑い声が時々耳をつんざく。


 ―ひどい…どうしていじめるの?


 ―小説家になろうって思ったらいじめられる…!


 ―サッカーが好きなだけなのに…


 そんな悲しそうな声が笑い声にかき消される。


「嫌…聞きたくない…」


 …涙がこぼれた。


 やめて!


 それなのに声は止まない。


 ―小説が大好きだった。たくさん書きたかった。小説家になりたかった。


 ―私の小説で誰かを助けたかった。


 ―でも、もう疲れちゃった。


 ―小説を書こうとすれば自分の首を絞めるだけ。


 ―さようなら、加奈ちゃん。ごめんね。


 笑い声に交じって、か細い声が聞こえてきた。


「…一体、何が起きているの…?!」


 パリンッ!!!


 ガラスが割れる音。


 …わずかにサイレンの音が…


 ―いやぁぁ!!!


「きゃっ!!!」


 笑い声が叫び声になる。


 怖い。嫌だ。助けて…


「嫌だ、助けて!」


 私は、叫んだ。


 建物が揺れた。


 バンッ…!


 どこかで爆発音がした。


 …


 静かになった。


 さっきの喧騒も建物の揺れも嘘のように止んだ。


 …と


 ざわざわ…ざわざわ…


 あの音だ…!


 液体が迫ってきているんだ!


 周りを見渡すと、壁の下から液体が湧き出していた。


 シュゥゥ…


 目の前に…あの物体が…


「嫌…!」


 何も考えず、階段を駆け下りた。


「ウ…ウウ…アア…」


 なんで、なんで、こんなにも近くにうめき声が…


 何とか、一階にたどり着くと、正門に向かって走り出した。


 正門を通り越して、ふと振り向いた。


 化け物が…七体?


 さっきいた化け物もいるみたいだ…!


 そして、化け物の後ろには…


 液体があった。学校の下から湧いていて…


 湧くたびに学校の建物にひびが入っていく。


「…なに、なに!何が起こっているの!」


 もう訳が分からない。


 私は走り出した。


 泣きながら、ひたすら…

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