福子の証言 壱
【一】
信じてくださらなくても、これからお話しすることがすべてなのです。
私は、自分一人では何もできない未熟で愚かな女ではありますが、幼少の頃から他人に嘘をついてはいけない、常に誠実であれ、出来ることを一所懸命にやるべしと父にきつく言われ育てられてきました。
そんな父も東北地方に慈善施設をつくろうとして、土地の購入を進めておりましたが、世情に疎かったのか失敗して散財してしまいました。
爵位をお返しして、苅間家の者はみんなそれぞれ一人で生きていくことになりました。
それでも、私は父の教えは間違ってはいないと思うのです。
生きていくにはお金が必要ですよね。
女学校でお裁縫などは習いましたが、それでも世間知らずの私が働いていくには社会は厳しい場所でした。
日中はカフェで女給をし、夜は下宿先で針仕事をしながら何とか生きながらえてまいりました。
そして丁度、仕事を初めて三か月ほど経ったころでした。
カフェのお客様の中に、とても親身に話を聞いて下さる方がおりました。
その方は、横川さんとおっしゃる男性でした。
もっと良い仕事を紹介するといって、私に一通の紹介状を書いて下さいました。
あの時、横川さんは確かこうおっしゃいました。
「福子さんは、三味線が弾けるかい?何、簡単なものでかまわないんだよ。君は若いからきっと重宝される。それに品もあるからね」
横川さんからいただいた紹介状は、西柳町の川岸にある小料理店の淡路屋でした。
国のお偉い様方が多く通われる風情あるお店だと聞きました。
カフェよりもいくらか収入が増えると思って、私は承諾したのです。近くに寮があるのも魅力でした。
今思えば、それがすべての始まりだったように思います。
初めて、その小料理店でお客様のお相手をする時のことでした。
私は三味線を小脇に抱え、お部屋のそばで控えておりました。
挨拶の口上など、小声で練習しておりますと、奥からお呼びがかかったので、私はついと襖に手をかけました。
ところが、その部屋の中が真っ暗だったものですから、ああ間違えてしまったと、その時はとても慌てました。
立ち上がって、廊下に戻ろうとした時です。
暗闇から、誰かが私の腕を勢いよく引っ張り、そのまま部屋の中に連れ込まれたのです。あっという間に、床に押し倒され、大きな身体が覆いかぶさってきました。
畳には布団がひいてあり、私はその時すべてを理解しました。
大声を上げようとすると、無造作に口を抑えつけられました。
「お前、苅間の娘だろう?」
野太い男の声で苅間の名を聞いた時、私は驚きのあまり、一瞬だけ抵抗することを忘れてしまったほどです。暗闇の中、相手の顔を知ることは出来ず私は混乱いたしました。
「父親からの返済が終わってないんだが、お前の身体で都合つけようじゃないか」
首筋に荒々しい息が吹きかけられ、着物の裾をたくし上げられそうになりました。
私は手探りで三味線の撥を引っ掴むと、男の顔に思いっきり叩きつけました。ぎゃあと男が身体を離したすきに、私は障子戸を開け、部屋を飛び出しそのまま夜の川沿いを走り続けました。
この話、私は何らかの罪に問われるのでしょうか。
それは仕方ありません。
だって、本当のことですから。
ですが、今はまだ続きを聞いてくださいませ。
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