取調室にて




「どうせ、信じてはくださらないのでしょう?」

 



 苅間福子かりまふくこは両手を膝の上にのせ、うつむいたまま静かに言った。

 ほつれた前髪が額に張り付いて、さっきまで青白かった顔は幾分か赤みを取り戻していた。

 怒っている、取調官の玉井は少し怖気づいた。そして、すぐに何とも言えない劣等感に見舞われると、ため息を吐いた。

「信じるか信じないかは、お話しを聞いた上で……」


 苅間福子は、華族令嬢である。

 しかし、生活に困窮して犯罪に手を染めるような没落華族だ。

 調べによれば、父親は事業に失敗したとかで行方もわかっていないらしい。

 可愛そうな境遇ではあるが、さすがに犯罪者に同情してはいられない。



 昨晩、議員の篠田善二の屋敷が爆破された。


 最近は政府に不満を持った過激派の存在がささやかれ、篠田邸が危ないという情報を受けた警察が警備に向かったところ、突如として事件が起き、そして、偶然にも犯人逮捕に至ったのである。

 報告を受けた玉井は、思わず呆れたのだが、この苅間福子は、脱出経路を確保し損ねたのか、放心状態で座り込んでいたらしい。

 この様子では、他にも共犯者がいると睨み、今もなお警察は追跡中である。


 本来なら、危険思想の輩には拷問にかけてでも仲間の居所を吐かせるのだが、今回ばかりは勝手が違った。


 玉井は海軍の幹部――青山清四郎からの手紙を机に広げた。


『このご婦人を西館の第五庶務室でかくまうべし。能々、耳を傾けよ』


 何度読み返してもそう書いてある。

 あろうことか、皇軍に身を置く人間が、爆弾襲撃犯を保護しろというのだ。

 そもそも、福子を玉井の元へ連れてきたのも青山だった。あまりにも不可解な行動だが、それでも玉井が承諾したのは、青山が家柄も才能も容姿も、そして人柄も優れた人物であるからだ。基本的に、自分は権力には弱い。



 小窓から月の淡い光が差し込み、切れかかった電灯に力を添える。

 

 ――。


 いつの間にか福子が真っ直ぐと玉井を見つめていた。


「私を信じてくださるのなら、帰してくださいまし。待っている人がいるのです」

「いや、そうはいきませんよ」

 玉井は頬杖をついて、青山からの手紙を眺めた。


 一体、何があったんだ。


「とりあえず……私は取調官なので、お話を伺えますか?」


 福子は、少しの間を置いて小さくうなずいた。

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