第7話 旅立ち

 承純の儀……魔族の血が混じらない、純血であることを証明する儀式。

 普通の人が持っても何も反応しない剣「天心剣」を用いて、純血か魔族か、それともただの人かを判別するのだ。

 天心剣は純血の者が持てば金色に輝き、魔族が持てば黒い輝きを放つ。

 そうして、純血であることを認められたことで、王族は初めて、真の王族として迎え入れられるのだ。


 なんて言うが、今ではすっかり形骸化している。

 ただ16歳の誕生日であることを祝うだけ。

 その儀式で、本当に純血であるかを試そうだなんて思っている人間はいない。

 だから、近衛兵となった俺も、安心して見ていることができた。


 今回の儀式は、近衛兵も出番がある。

 儀式が行われるバルコニーの横で、並んで直立するだけのものだ。

 近衛兵長のカノウという人は、入隊一日目の俺が国民の前に出るのを反対していたが、姫様の要望で俺も参加することになった。

 この大事な儀式を、特等席で眺められるのだ。


「観光気分になるなよ。

 近衛兵の任務は、王族をお守りすることだ」


 なんて、カノウ兵長に釘を刺されたが……。


 当日、儀式の始まりで、俺達近衛兵は、並んでバルコニーへと入る。

 俺の位置は最後尾、バルコニーのもっとも奥だ。

 入隊初日の俺が、国民の目を集めないようにという、カノウ兵長の考えだ。


 城の外では、国民たちが、バルコニーに熱い視線を向けている。

 俺の位置から外は見えないが、皆が城を囲んでいるのが感じ取れる。


 今回の儀式は、魔法を用いて生中継もされている。

 まさに国民全員が注目する、一大イベントだ。


 王のお言葉、国歌斉唱と、順調に儀式は進み、ついに姫様の入場になった。

 扉が開き、奥に控えていた姫様が、バルコニーに足を踏み入れる。

 そして、床に突き立てられている天心剣へと歩み寄る。


 姫様は一言も発することなく、天真剣に手を掛けた。

 そして、剣を引き抜き、空高く掲げる。


 ここで天心剣が金色に輝き、この儀式はクライマックスを迎える……はずだった。


「……え……?」


 俺は、思わず声を漏らした。

 なぜなら、金色に輝くはずの天心剣が、どす黒い光を漏らしたからだ。


 近衛兵たちは明らかに戸惑っているが、直立を保っている。

 そして次の瞬間、そのどす黒い光が大きくなり……天を貫いた。


 耳をつんざく轟音、冷たいとも温かいとも呼べぬ突風が吹き荒れ、黒い霧がかかる。

 俺達は目と耳を封じられ、何が何だかわからなかった。


「きゃ……!」


 次の瞬間、それらの音や光は消え失せ、姫様の姿が見えるようになった。

 剣を手放し、地面に尻をついた、姫様の姿が。


 どういうことだ……?

 あの天心剣の反応は、魔族が剣を持った時のもの。

 純血であるはずの姫様が……魔族……?


 国中のどよめきが、ここからも聞こえる。

 バルコニーに控えていたカノウ兵長が、声を上げた。


「近衛兵は王族の安全を確保せよ!」


 俺は、どうしたらいいのかわからず、左右を見渡した。


 他の近衛兵もそう言った様子だが、それでも各々が王族に駆け寄り、バルコニーから退出するように促している。

 そして、カノウ兵長が姫様に駆け寄った瞬間、その声が聞こえた。


「カノウ、そのものは王族ではない。

 我々が捕らえる」


 バルコニーに響く男の声。

 誰の声だ……?


 次の瞬間、バルコニーの扉が開け放たれ、奥から隊列を組んだ部隊と、その先頭に立つ男が入ってきた。

 この制服は、憲兵隊……?


「天心剣は、その女が魔族であると示した。

 その姫様の姿をしたものは、偽物だ」


 憲兵隊の先頭に立つ男は、そう言い放った。

 偽物……? そんなバカな。


 でも確かにそうなのかもしれない。

 なぜなら、姫様は間違いなく純血……。

 その時俺は、頭をこん棒で殴られたかのような衝撃を覚えた。

 そうだ……姫様にはあれがあった。

 魔族の紋様が……。


 あの紋様のせいで、天真剣がどす黒い輝きを放ったなら、姫様は本物で間違いない。

 だから、憲兵隊の言うことは誤解なのだ。


 だが、俺がそれを知っているからといって、どうすることもできない。

 そんな話、口外するわけにはいかないからだ。


 そもそも、今回の儀式で出番の少ない憲兵が、なぜこんなに早く集結した?

 そこに、きな臭さを感じる。

 まさか憲兵隊は、最初からこの儀式がこうなるのをわかっていた……?


 カノウ兵長は、姫様の前に立ちはだかる。


「待ってください!

 何かの間違いです!

 姫様が偽物なんて……!」

「先日、姫様の馬車が魔族に襲われたという連絡が入った。

 おそらく、その時に偽物と入れ替わったのだろう」


 姫様が魔族に襲われた……?

 その時は、俺が助けた筈だ……。


 いや待て、姫様はあの時、軍部からの要望で表敬訪問をしたと言っていた。

 となると、あの時表敬訪問を促したのも、オークに襲わせたのも、今日のための布石……?

 じゃあ、姫様が偽物なんて言うのは真っ赤なウソ。

 憲兵隊は、最初からすべてシナリオ通りに動いていたのだ。

 つまり、姫様の紋様のことを知っている人間が、どこかにいる……。


 俺は、いてもたってもいられなくなり、姫様の方へと駆け出した。


 憲兵隊の前に立ちはだかるカノウ兵長の横から、地面に倒れた姫様の前に跪く。

 姫様の肩を掴み「大丈夫ですか」と声を掛けた。


「フェル……様……?」


 カノウ兵長は俺を一瞥してから、より一層力を込め、憲兵隊の前に立ちふさがっている。


 カノウ兵長と憲兵隊長の睨み合い。

 俺は、そこに声を投げつけた。


「この前、オークに姫様を襲わせたのは、お前たちだな。

 憲兵隊!」

「見ない顔だな。

 新入りか?」

「そのオークを撃退した者だ!」


 俺は、姫様に俺の肩を抱かせ、何とか立たせる。

 そして、憲兵隊を睨みつけた。


「ほう、オークを撃退。

 それはご苦労だった。

 だが、その姫様は偽物だ。

 捉えて尋問し、本物の姫様を探さねばならない」


 尋問……だと……?

 こいつら、姫様を痛みつける気かよ!


 カノウ兵長は、ついに剣を抜き、構えた。


「それは聞き捨てなりません。

 たとえ今の姫様が偽物であったとしても、正当な手順を踏んで、裁かなければなりません」

「我らに剣を抜くか、カノウ」


 カノウ兵長は俺に目くばせすると、

「新入り、姫様を安全なところに」

 と言った。


「カノウ、貴様は自分が何を言っているのかわかっているのか?

 この姫様が仮に本物であったとしよう。

 だとしたら、諸悪の根源は、魔族を姫に仕立て上げた王だ!

 この国の根源が揺らぐのだぞ?」


 そうか、こいつらの目的は、王の失脚!

 王を悪に仕立て上げ、国を盗る気か!


「もとより、この国にはもう、安全なところはない。

 王はすでに我々が捕らえているはずだ。

 街も憲兵が見守っている」

「なに!?

 王を捕らえた!?」


 こいつ、本気で国家転覆を狙っているのか!?


「貴様ら近衛も、己の身が可愛いだろう?

 今後の為に、我々に味方するのをお勧めするがね」


 じゃあ、この国にもう、姫様の……王族の居場所はない……。

 だったら……だったら……。


 俺は、昨日の姫様の言葉を思い出いた。


「姫様、昨日仰っていましたよね。

 自分の真実を探る旅がしたいと……」

「フェル様……?」


 俺は、剣を構えるカノウ兵長に目をやる。

 兵長は、俺の意図を察したようで、ゆっくりと頷いた。


「カノウ兵長、姫様をお借りします。

 いつか、この国が元の姿を取り戻す、その時まで」

「ああ、姫様に何かあったら、許さないからな」


 憲兵隊の戦闘に立つ男は、眉を顰める。

 

「貴様、何をするつもりだ……?

 まさか……!?」

「そのまさかだよ! 『サンダー!』」


 俺は雷撃魔法を、憲兵隊達に浴びせる。

 だがこの程度の攻撃では、憲兵隊は隊列を乱さない。

 それでいい。

 目くらましになるなら、それで!


「姫様、行きますよ!」

「……はい!」


 何かを察した姫様は、俺の声に答えてくれた。


 俺はバルコニーを駆け、姫様を抱いたまま、空へと飛び出した。


「……な!?

 憲兵隊、あの男を追え!」


 後ろからそんな声が聞こえるが、もう遅い!


「『ギガ・ウィンド!』」


 俺は風魔法を唱え、飛翔。

 姫様を抱いたまま、城から飛び立った。

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