第8話 冒険者には戻れない
ギガウィンドを唱え、上空へと飛び立った俺は、城を見下ろしていた。
姫様を抱えたまま。
「すみません姫様。
あんなことになってしまって……逃げるには、これしかないと……」
「あ、謝るのはこちらの方です。
私のせいで、あなたはお尋ね者になってしまう……」
お尋ね者か……だが正直、そんなことはどうでもよかった。
姫様を陥れる者、姫様を信じる者、そのぶつかり合いを目の当たりにしては、じっとしていられない。
「いいんですよ。
あの状況で、姫様を見捨てることなんてできませんから」
姫様は俺に抱えられたまま、俺の肩をポンポンと叩く。
下ろしてほしいのか?
ここは空の上だから下ろすことはできないが……。
「姫様、なんてやめてください」
「え?」
「私はもう追われる身、姫様なんて硬い呼び方ではなく、シェリーとお呼びください」
そんな……姫様を愛称で呼ぶなんて、恐れ多い。
だが今は、姫様の言う通りだと思う。
今後、安全が確保できるまで、姫様を連れまわすとなれば、俺達の正体を隠さねばならない。
「……わかりました、シェリー。
だけど――」
俺が言おうとしたことがわかっていたのか、姫様は俺の言葉を遮る。
「わかっています。フェル」
名前で呼び合う。
当たり前のことだが、どこか気恥ずかしかった。
相手がこんなに美しい姫様だからだろうか?
「でも、なんで天心剣が、黒く輝いたんですか?」
そう言った俺は、シェリーの「敬語」という言葉に、ハッとする。
いくらなんでも、敬語もなしってのは……。
「……わかりません。
これまで三度、天真剣を輝かせましたが、あんな反応を示したのは先ほどが初めて……」
初めて、という割に、シェリーは動揺するそぶりを見せない。
きっと、どこかで「自分は王族に相応しくない」と思っていたのだろう。
それが紋様のせいだとすれば、シェリーは今まで、どれほどの苦悩を抱えてきたんだ……?
「これまでが正常だったのか、先程の輝きが正常なのか……私にはわかりません」
「誰かに仕組まれた、って線も捨てられないわけか」
おっと、ずっと同じ位置にとどまっていたせいか、下の兵士たちが俺を見上げ始めた。
このままじゃ、捕捉されるのは時間の問題か。
「これからどうする?
姫様が攫われたとなれば、王国は大々的に動くだろう」
「ええ、憲兵の狙いを、探らなくてはなりません」
俺は姫様にも敬語をやめるように言ったが、彼女は敬語を直そうとしない。
「まずは情報収集です。
あの儀式が、国民にどう伝えられているのか、それを知らなくては」
「です――。
そうだな」
俺は空を飛び、城から少し離れた路地裏に着地した。
国民はみな、儀式を見ていたからか、通りに人は少ない。
よかった、飛んでるところは見られたが、着地したところは見られていないようだ。
「シェリー、最後に確認しておきたい。
きっと、しばらくこの国には戻って来れないだろう。
昨日言っていた、真実を知る旅を……するつもりはあるか?」
路地裏で、俺はシェリーの両肩を掴み、真っ直ぐに瞳を見つめる。
シェリーの決意は、その綺麗な表情からも、感じ取れた。
「……国を捨てるわけではありません……。
しかし、今私がいても、この国では何もできない。
この混乱を治めるには、私の紋様の真実が必要です。
私が魔族の血の混じらない、純粋な人間であることの証明が……!」
「決まりだな」
だとしたら、俺はいろいろな準備が必要だ。
まずは国を渡るための備えをしよう。
手ぶらでは、大きな国には入国することすらできない。
シェリーの手を引き、俺は歩み出す。
「どこへ?」
「頼りになる人がいる」
そして、しばらく歩いた後に、ギルド総本部にたどり着いた。
ギルドは今頃、儀式中の護衛や安全確保に総動員されている。
中の酒場はそれほど賑わっていないはずだ。
俺はゆっくりと総本部の扉を開いた。
シェリーにバフをかけておき、入り口の前に立たせておく。
時間がない、目当ての人物を探さなければ。
酒場は昨日も宴会が行われていたようで、三人が机に突っ伏して寝ている。
冒険者はそれしかいない。
やはり、俺の読みは正しかった。
「あら、フェル君じゃない」
俺のお目当ての人物は、自分から俺達に声を掛けてくれた。
そう、俺が探していたのはアメリさんだ。
この人なら、冒険者以外にも、世界中を巡る職業に明るいはずだ。
アメリさんは、カウンターの向こうから、大声で語り掛けてきている。
「アメリさん……今日はちょっと大事な話が合って来たんです」
「なによ、改まって。ちょっと待って、今そっちに行くから」
アメリさんが来るというので、俺は酒場の椅子に腰を掛ける。
夜は部屋いっぱいに人がいて、賑わっている酒場だが、今は閑散としている。
丁度良かった、人が多いと盗み聞きをされる危険性が上がるからだ。
「お待たせ、昼間だからお酒じゃないけど、オレンジジュースでいいかしら?」
アメリさんは気を利かせたのか、飲み物をもって現れた。
丁度いい、喉が渇いていたところだ。
「はい、ありがとうございます」
俺はコップを受け取り、一気に飲み干す。
「儀式、中止ですって。
まさか姫様から、魔族の光が漏れるなんて……。
そのあと中継は途切れちゃうし……。
フェル君、今日からお城で勤務でしょ?
よくここに来る暇があったわねぇ」
やはり、中継は途中で終わっていたか。
よかった。
俺が姫様をつれて、逃げ出したところが、国に生配信されていたら、こうはいかないからだ。
直接儀式を見ていた人々には、目撃されているが、あそこまで高いバルコニーからなら、顔は見られていないはずだ。
「で、大事な話って何?」
アメリさんは俺と机を挟んで反対側の椅子に腰を掛けてから、そう問うてきた。
「それが……」
俺は事の仔細をアメリさんに話した。
俺が姫様を攫ったこと、解き明かしたい謎があること――もちろん、シェリーの紋様の話は伏せて。
周囲には聞かれないように、小声で。
「シェリー入ってきてくれ」
一通りの話を済ませ、俺はシェリーに総本部の扉を潜らせた。
先程の儀式と同じドレス。
酒臭いギルド総本部とは、場違いなまでの美貌。
その様子に、アメリさんが口をパクパクさせていた。
「え……姫様!?」
その話を聞いたアメリさんは、案の定というべきか、顎が外れそうなほどに口をあんぐり開け、叫んだ。
「ちょ、ちょっと、声がデカいです!」
「あ、ご、ごめんなさい」
アメリさんは震える手でシェリーを指さす。
「ほ、本物……!?」
「まあ、見ての通りってことで」
「ちょ、ちょっと待って、その話を私にして、どうするつもり? 私にできることなんて、何も……」
問題はそこだ。
わざわざアメリさんに会いに来たのは、事情がある。
「冒険者には戻れませんし、他に世界を旅できる職業はないかなって」
「わ、私に職業斡旋をしろっていうこと……?」
俺は机に手をついて、深々と頭を下げた。
「お願いします!」
次いで、シェリーも深く頭を下げる。
「お願いします……って言われても……」
「そこを何とか!
俺に襲われて、無理やり聞き出されたってことにしていいですから」
数秒の沈黙が訪れる。
アメリさんは俺達の熱意に屈したのか、深くため息を吐いた。
「わかったわよ。
ただし、暴力の限りを尽くされたってことにしますからね。
私は容赦ありませんよ」
「ありがとうございます!」
俺達の道筋に、一つの光明が見えた……ような気がした。
「世界を旅するなら、行商、医師、薬師……魔法使いなんかも多いわね。
その中でも、冒険者ギルドに属さない人が多いのは行商くらいね。
フェル君は医師でも薬師でもないから、やっぱり行商がいいんじゃないかしら」
「でも、行商って確かライセンスが必要なんじゃ……」
「必須ではないわ。
ただ、ギルドと繋がりがある行商に、ライセンス持ちが多いってだけ」
「なるほど」
ライセンスを持たない行商もいるのか……知らなかった。
アメリさんのこの知識、やはりギルドで長年働いているだけはある。
「でも、ライセンスがなければ入れない街とか国とかもあるし、今から取得するのは面倒よね。
こっちで用意するわ。
ひとつ、使われていないライセンスがあるから」
俺はアメリさんの言葉に、目ん玉が飛び出そうになる。
旅立ちの斡旋をしてくれるだけで十分なのに、ライセンスまで用意!?
「ちょ、ちょっと待ってください!
ライセンスなんて……!」
「渡すんじゃないわ。
盗まれた、ってことにするのよ。
先にそう言ったのはフェル君なんだから」
「そうですけど……」
そうして俺達は、行商人のライセンスを手に入れることができた。
俺達は深く礼をして、ギルド総本部を後にした。
もうきっと、戻ってくることはない。
憲兵隊の暴走を止め、シェリーの謎を解き明かす、その日までは――。
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