11 惨劇館(3)

 レレレレレレレレレ・クイェー・レ・レ・レレレレレレレ・クイェー・クイェー・クイェー


 ジョージの言う通りだった。

 俺は、嘘つきだ。本当のことなど、何一つ口にしない。


 ――ノボルは、俺が殺した。


 だがそれは、本当のことだ。

 いや、果たしてそうか?

 そんな風に、誤魔化そうとするんだ、いつも。


 レレレレレレレレレ・クイェー・レ・レ・レレレレレレレ・クイェー・クイェー・クイェー


 映画館の中は暗い。本編の上映中であったから照明は落ち、非常口までの避難経路を示すランプが点灯している以外には、光源は映写室から放射状に放たれる映画のそれのみ。

 だが、入居老人達に大人気(本当か?)だという『ハタケヤマノボルの生涯』の映像は、穴だらけで血塗れ、瓦礫の破片が刺さり、ところどころ裂けているスクリーン上では殆ど意味をなさないモザイクと化している。そして、映画のOP曲であるへヴィメタ版のポルカ・ポルカ・ポルカは、吃りながら同じフレーズを繰り返している。


 レレレレレレレレレ・クイェー・レ・レ・レレレレレレレ・クイェー・クイェー・クイェー


 俺はようやく探り当てたピストルをコートのポケットから取り出して構えた。ジョージが俺に向けているM-10に比べたら、オモチャみたいなもの――いや実際、これは玩具なのだが、ある意味死ぬより辛い効果を生むことができる。ただ難点は

「おいおい、そのオモチャは勘弁しろ」

 ジョージがM-10の銃口を下げ、両手を上げて言った。同時にこちらに向かってくる足を止めたが、完全に射程内だ。最も、この玩具のよいところは、的に命中しなくても効果は絶大、という点だ。

「俺にはこれしかないんでね」

俺は安全装置を外し、引き金にかけた人差し指に力を込めた。後ほんの少し力を入れるだけでいいように。

「どこを撃たれようとも、反動で確実に発射してやる。地獄がどんなところだか見せてやるよ、ジョージ」

「刑事の頃から、おめえはヤバい奴だと思っていたが、そこまで狂っていたとはな」

 ジョージは溜息をついた。

「女を渡せ。そうすれば、命だけは助けてやる」

「笑わせるな。お前のような外道が約束を守るわけがない。そもそも、この子をどうするつもりだ。年の割に発育がいいってだけで、特に美人でもないのに、なぜ執着する」

「仏像に似てるだろう」

「ああ?」

「知ってるか。家の廊下に立ちションするような呆けたジジイでもな、ションベンひっかけた場所に小さいお釈迦様の像でも置いておくと、二度としなくなるんだぜ。その女は、呆けたジジイの相手をさせるには、色々具合がいい。勿論、抱き心地も最高だしな」

 ムカつく爺さんだ。自分だって普段は呆けているくせに。

「ノボルを殺したの」

 俺の下から這い出したユキが、俺の手からするりとピストルを取り上げた。

「おい、気を付けろ! それは少量でも漏れたらえらいことになるんだ。ここに来る車の中で、身に染みてわかっただろう」

 俺はユキに向かって手を伸ばしたが、彼女は後ずさりをして、俺に向けて銃を構えた。その能面のような顔に映写機からの光が降り注ぎ、まだらの模様を作っている。

「おいおい、痴話喧嘩か? その雌豚をどうにかしろ。巻き添えを食うのは御免だぞ」

 ジョージの茶々を無視して俺はユキに向かって話す。全身に緊張感を漲らせた彼女が指先に力を込め過ぎている、と内心ひやひやしていることは、おくびにも出さないように。

「一体何を言ってるんだ。さっき爺さんが言っただろう。ノボルは死んでないって」

「だって、自殺したんでしょう」

「『ノボルは自殺なんかしてない』と、お前が言ったんじゃないのか」

 いつの話だ? 俺は自問する。XXXXからここ、ポノレカ鷹羽に向かう車の中でだった。遥か昔のような気がするが、ほんの数時間前の話だ。もう、誰が何を言ったのか、嘘をついているのは誰か、真実を口にする者が果たしているのか、俺にはわからなかった。

 ユキは大して重くもないオモチャを両手で持ち、ぶるぶる震えている。上下青色のジャージは肩から腹の辺りにかけて濡れて黒い染みを作っている。俺は背中が疼くのを感じた。アドレナリンが切れかかっているのか、体の力が抜けていく。

 ジョージが隙を点いて撃って来ないかも気がかりではあったが、この状況では、ほんの少しの刺激でユキは引き金を引きそうだった。

「あんたが殺したの?」

 ユキはジョージを睨め付けて、銃口をそちらに向けた。

「俺が知るか。あいつは、ビジネス・パートナーだった。ノボリベツ組は、ハタケヤマ家とは長年仲良くやって来たんだ。俺がハタケヤマの跡取りに手を出すもんか。そっちのマザコン刑事に訊いてみな」

 ジョージに促されて、ユキは再び俺に銃口を向けた。

「おい。俺はノボルとは何十年ぶりかに会ったんだぜ。別れた時にはまだ生きていた。だいたい、俺はノボルの死因を追ってるわけじゃない。無関係だ」

「あんたは、ノボルに信頼されてた。それなのに、裏切ったんだとしたら――許さない!」

 俺は、記憶の底に埋もれていたあることを思い出した。俺の部屋、XXXの四〇四号室の前で目撃された若い女のことを。

「あれは、やっぱりお前だったんだな、ユキ。XXXの大家が見かけたという、遺体発見の前日、俺の部屋の前に立っていた派手な若い女。俺の死体――最初の死体の男が最後に会っていたのは、お前だ。お前が俺を――奴を殺したのか?」

「あんたは、ノボルを助けられなかった」

 表情に乏しい能面のような顔――薄い眉、切れ長の一重瞼に丸みを帯びた低めの鼻、口角のあがったおちょぼ口、ふっくらと柔らかい曲線を描く頬――には、確かに仏像めいたある種の美しさがあった。神々しさ(仏だが)と言ってもよい。だがそのアルカイック・スマイルを湛えた仏頂面は、今や阿修羅像のように内面に憤怒を滾らせていた。

 その一方で、染みや吹き出物ひとつない艶やかな額にうっすらと汗を浮かべた様は、彼女がまだほんの子供であることを物語っていた。

「俺は、もう刑事じゃない。しがない興信所の調査員だ。一体何を期待していたっていうんだ。ハタケヤマ財閥の御曹司が」

 俺は片膝をついた。足元には黒い水溜りができていた。小便を漏らしたわけではないんだろうなあ、とふらつく頭で思う。

「おめえとやりあうのは、楽しかったぜ、サカイ。だがまあ、そんなデカいもんが刺さってたら、いくらおめえでも、もう駄目だろうなあ」

 ジョージの声だ。

 視線を床から少し上に向けると、今まで気づかなかったが、左の腹部からごつごつしたものの先端が数センチ飛び出していた。

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