二日目

 朝六時、目覚ましが鳴る。

 目覚ましが少し鳴り響いたところでタイマーを止める。今日も肌寒い朝に、ため息をついて、ゆっくりと布団から出た。上着が見当たらないので、別の上着を箪笥たんすから出し、さっと羽織はおる。上着を着たところで、寒さを防げることはなく、息は白くなっていた。

 部屋を出て、台所に辿り着いたら、顔を洗い眠気を覚ます。今日は何も仕込んでいなかったので、インスタントの味噌汁を鍋に入れる。さも作ったかのように温め始めてから、インスタントとわからないように追加で味噌となめこを入れて水をペットボトル一本分入れた。後は時間まで弱火で煮込むのだ。

 次に義息のお弁当作りだ。お弁当は冷凍食品のハンバーグにオムレツ、ポテトサラダを詰め込む。以前はすべて手作りであった。だが、私の作る食事は美味しくない、毒が入っているかもしれない等、散々馬鹿にされたので、冷凍食品を使うことが多くなっていた。当初は手抜きだ、専業主婦のくせに主婦失格だなど文句を垂れていたが、最近は飽きたのか文句を言わなくなっていたのだ。


 朝七時、義息の部屋に行き、起きるように声をかける。声をかけ終わったら、私はベットに横たわる姑を起こしに行き、トイレへ連れていく。トイレが終われば姑は朝食を食べに向かうので、リビングへ姑を支えながら連れていく。


「今日の味噌汁は味が全然しないわね……こんなひもじい食べ物を出して、私を馬鹿にしているの??」

「すみません、夕食は濃い目にしますね」

「それに何これ⁇こんな固いご飯は食べれないわ、水を入れてちょうだい」

 姑からご飯茶碗茶碗を受け取ると、私は流しに向かい、水をあふれんばかりに入れて姑の目の前に出す。

「なにふざけたことしているの!!こんなことをして、お米を作ったお百姓ひゃくしょうさんに悪いとは思わないの⁉」

「すみません、お水減らしますね」

 そう言うと、ご飯茶碗を取り、流しに向かう。歩く途中でご飯茶碗から水が零れてしまい、床が濡れてしまったが、どうせここを歩く人間なんていないからそのままにした。

「どうしてこう何もかもどんくさいのかしらね……こんな嫁をもらって、あの子も不幸よね」

 流しで水を捨てている私に聞こえるよう、大きな声でいつもの決まり文句を言っていた。水を捨てて、姑のいる席までご飯茶碗を持っていく。

「あんた、今日はやけに反抗的じゃない??だけど、話すのも一言二言で……なんかじめじめしてキノコみたいよね」

 そう言うと姑は私からご飯茶碗を奪い取り、冷えてびちゃびちゃになったご飯を口の中に詰め込み始めた。

「……やだ、もしかして今日の味噌汁はあなたの自家栽培なのかしら⁇本当に気持ち悪いわー」

 そう言うと、ご飯茶碗を机に叩きつけていそいそと部屋に戻っていった。


 朝八時、ドタバタと階段を降りる音が鳴り響く。

「おい、ばばぁ!!なんで起こさないんだよ!!」

 どうやら義息は寝坊したようだ。頭はボサボサで、制服は乱雑に着られている。

「お弁当、ここにあるから」

「うるっせーな!!時間ないんだから……」

 いつものようにリビングを走り回っていたが、何か思ったのか動きが止まった。突如として顔お真っ赤にして怒りだそうとしていた。その時、義息の足にくっつく子犬が見えた。

「……あーもぅ!!邪魔なんだよ!!くそっっっ!!!!」

 義息は子犬を足で蹴飛ばして、ドタバタとうるさい足音を立てながら学校へ向かっていた。子犬は悲しそうな声を上げるが、私がご飯の準備をするとすぐに振り向き、ご飯を食べ始めた。

 毎日毎日、こんなに懐かない子犬にご飯をあげる。何故あげる必要があるのだろうかと、ふと思ったがその考えは頭の中でかき消した。


 朝九時、姑に付き添いながら玄関へ向かう。デイサービスのお迎えが来る時間なのだ。お迎えに来たデイサービスの人は、いつものように冷ややかな目で私を見る。私は無言で相手を見つめ返していた。


 昼十二時、家の電話から娘の携帯に連絡をする。授業が終わり、お昼休みになって娘から折り返しの電話が来るのを待つのだ。


「早苗、今日も帰らないの⁇」

「うん……時間がある時に着替えだけしてるから大丈夫」

「お母さん、早苗のことを待ってるから……」


 夕方四時、姑がデイサービスから帰宅してきた。いつもなら、玄関まで出迎えるのだが、今日は玄関のチャイムが鳴ってもそのままにしていたら、姑は自分で玄関の鍵を開けて怒鳴りながらこちらに向かってきた。何かわめいているが、夕食の準備を始めた。


 夕方六時、義息が学校から帰宅する。ゴミや汚したタオルなどを玄関に置いていくので、拾って洗濯籠に入れる。義息は私の顔を見るなり舌打ちをして部屋に籠ったので、夕飯の準備をつづけた。

 夕食は朝と同じインスタントの味噌汁だ。具材だけ白菜と玉ねぎ、人参に変えて味噌をたっぷり入れた。

 子犬も夕食の時間帯がわかるのか、私が準備するより前にお皿の前でご飯が来るのを、今か今かと待っている。


 夜七時、私はお風呂に入った。こんなに早く入ったのは結婚前ぐらいだろうか。娘、義息が産まれてさらに姑と同居をしてからは、まともにお風呂に入れていなかった。

お風呂を出ると、ご飯が食べ終わった姑が顔を真っ赤にして廊下で待っていた。私の姿を見るなり、大声で怒鳴り始めた。

「あんたね!!今日はなんて態度なの!!」

「すみません」

せっかく身体が温まるほどお風呂に入れたのに、寒い廊下に立っていては冷え切ってしまうだろう。

「朝と言い、私を殺そうとしているの⁉どうなのよ!!何とか言いなさいよ!!」

「すみません」

どうやら夕食が気にくわなかったようだ。いつもなら、夕食も朝と同じく姑が食べ終わるまで椅子いすに座って待っている必要があるのだが、今日はそんな気分ではなかったのだ。せっかく少し時間ができたのに、すべて姑に回す必要があるのだろうか。疑問だけが頭の中によぎる。

「先生も言っていたけど、これは介護虐待よ!!こんなひどい目に遭わされて、私は命がいくつあっても足りないわ!!」

「すみません」

姑の言う先生は誰の事だろうか。そういえば姑が世間話をしたことはない。一緒にテレビを見たり、買い物に行ったりしたこともなかった。

「あんたみたいな人にだまされたあの子がとても可哀想だわ……ねぇ、なんとか言いなさいよ!!」

姑は私の肩を力強く掴み揺さぶってくる。

「お義母さん、そろそろボケてしまったのかと思いまして」

「……はっ⁇」

姑は小さい目を見開いて驚いた顔をしている。

「いつも同じことばかり言うので、そろそろボケてしまったのかと思いまして」

「あんたねぇっ!!」

姑がさらに肩を力強く掴む。多分、あざになってしまうだろうと思う。

「そろそろボケてしまったのかと思いまして」

「あんた何回同じこと言うのよ!!ふざけんじゃないわよ!!!!」

姑は利き腕を高く振り上げて私の顔に目掛めがけて手を振り下ろす。

私はもう一度言った。


「そろそろボケてしまったのかと思いまして」

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