鮮血の友人
天方セキト
鮮血の友人
いつのまにか陽は、落ちていた。
俺は今、友人の家に泊まりに行っている最中だ。友人、はっきりと言えばそれ以上でもそれ以下でもないような存在だ。裸眼の俺と違って眼鏡をかけてることぐらいと付き合いが長いと言うこと意外変わり種のない友人である。
友人の家はそこそこ広い。彼の部屋はベランダと繋がっている。洗濯物を干すためだけにあるような小さな物ではなく、こうやって二人で黄昏れることができるくらいの広さがあるんだ。今まで消えていた電灯が俺達の存在に気がついて目を覚ました。一瞬だけ明るすぎて目を閉じてしまうが友人はもう慣れているのか満更でもない表情で深くかけたメガネを外してグシグシとレンズを拭き取り、もう一度かけなおす。横目でその様子を見ながら俺はゆっくりと口を開いた。
「悪いな……こんな時期にお前の家に来ちゃって」
「……急にどうした?」
友人は急に喋り出した俺をチラリと見て返事をする。こんな時期、そう……こんな時期だ。国がなるべく人との距離をとって家にいろと言っているこんな時期だ。楽しみを見出せない俺は我慢が出来なくなって友人に電話した。そうしたら友人の母が気を聞かせてくれてウチの家を使ってもいいよとお泊まり会を了解してくれたのだ。大変な時期なのは俺も知ってるし、これは一種の俺のわがままであることも知っている。美味しい晩御飯を一緒に食べている時は楽しさだけが募っていたのにこうやって黄昏てみると色々考えてしまうものだ。どうも世知辛い世の中で俺は安らぎを求めているのか。この友人の家にたどり着いたような浮浪者そのもの。
「気にすんな。俺もちょうど誰かと遊びたかっただけさ。俺が必要だと思った時、必ずお前は電話をくれる」
「よく言うぜ」
フッと笑って俺はベランダの手すりに身を預ける。ここから見えるものなんて他の住宅地の屋根か田んぼかコンビニの電光掲示板くらいだ。正直言ってたかが知れてる。それでもこの家から見える景色はなんだか落ち着くんだ。理由はと言う理由は特にないが強いて言うならば昔から見てる街の景色だからであろう。
気を利かせてくれた友人が椅子を二つ、持ってきてくれた。ありがたく俺はそれに座る。背もたれがついたキャンプ用の立派な携帯椅子だ。夕焼けはもう居眠りして青白い月が起き上がる空。ぼんやりと眺めているだけだが中々心地よかった。また俺は口を開く。
「この辺って明るいんだな」
「あぁ、なんかの漫画で見た。山は星が降ってくるかのように見えるようだよ。まぁ山もいいけど俺はじいちゃんの船から見た流れ星が忘れられないな。海の方が邪魔な灯りがない」
「お前そんなにロマンチストだっけ?」
「ちげぇよ。ただ……懐かしいだけさ」
懐かしいか……。そういえば最近はどこか静かなところに出かけることができていない。念願の学校が始まったとしても騒がしい都会の中に掘り込まれたようでなんだかムズムズする。まだ若人の俺が思うのもなんだか変な話だが歳をとるにつれて自由の意味が変わってきているようだ。何にも知らない頃の小学校時代が懐かしい、まだやんちゃで言い訳がついてなんだかんだ楽しかった中学時代が懐かしい。そして……退屈だけど……どこか洗練されていた毎日が懐かしい。
ゆっくりと瞳を閉じていると友人のポケットにしまっていたスマホが音を立てる。甲高い電子音だ。あまりにも静かになっていた空気感だったから俺も友人も「うっわ!?」と飛び上がりながら反応した。友人は「んだよ……ッチ」と舌打ちをかましながらスマホを確認。
「世界史の課題を写させてくれ? まだ俺もやってねぇよ……。明日の予定がもう決まってしまった……」
「そんな課題あったか? 俺はない」
「いいよなぁ、お前のクラスの先生は楽で。うちのは課題が多すぎ」
「俺は課題欲しいタイプだからお前のが羨ましいよ」
視線を友人から夜空に戻す。友人はカタカタと音を立てて返信し、そのままマナーモードにしてスマホを封印した。ポケットに突っ込んだ友人はため息をついて俺の方を見る。
「すまん、雰囲気ぶち壊した」
「いいよ、ここ映画館じゃないんだし」
「それもそうか……」
また静かな時間が訪れる。衝動的に電話したはずが相手からしたらお泊まり会への切符のような電話だったことを思い出した。そんなにもこの友人は俺のことを思っているのだろうか? 友人であることには変わりない。学校は同じだがクラスは違う。性格も友達の質も違う。それなのに友人と昔の頃から仲が続いてるのはどこか不思議なもんだ。俺は鼻息を強く吐きながら目を閉じて俯く。
風が強くなってきた。俺と友人が何にも喋らないものだからベランダの電灯も「ジジジ……チー……パチッ」と急かすような音を発する。普段なら絶対に聞こえないような小さな音だ。俺の想像以上にこの街は騒がしい。
「なぁ」
俺は友人に話しかけていた。理由は分からない。
「ん」
友人は目を閉じながらの返事。せっかく返事をくれたのに何を話していいのかも分からない俺がいる。ただ友人の声を聞いてどこか安心したかったのだろうか。だとしたら俺は何に怯えてるんだ? 分からないが故の心細さ。それを解消して欲しいのだろうか。観念して俺は口を開く。
「何話そうとしてるか忘れた」
「あっそ」
生返事だ。それもそうだろう。そんな時だ。
「じゃあ俺から話す」
一瞬、俺は友人に対して何かあったか? と疑問を抱いてしまう。大体の話は俺から投げかけているようなものだが友人から話しかけるとは珍しい。それはこのベランダでの会話以外でもそうなのだ。俺から話題を振って友人がそれについて話す。どれだけしょうもないような内容でも友人は笑って返してくれる。そうなのだが今の友人は真剣な眼差しであり、今から話すのが茶番ではないことを物語っていた。俺は動揺を悟られないように目元を動かすようにして視線をゆっくり逸らす。
「お前、寝不足なのか?」
「は?」
素っ頓狂な声を出してしまった。何故知っている!? そんな空気を出していたのか。友人はジッと俺を見ている。俺はため息を吐きながら友人に問いかける。
「なんでわかったんだ?」
「図星か」
「ゔぁ……」
「話してみろよ」
やられた……。けど今は自分の親よりも信頼できる相手が目の前にいるのだ。これは話して見るべきだろうか。深く考えた後に俺は観念して話し始める。
「今までずっと我慢してたけどさ……。おかしくねぇか? 俺が今までずっと楽しみにしてた学校行事は無くなるし……行きたいところへも行けなくなるし……どこか他人とも距離を取ってしまうような空気感だしよ……。俺はもう耐えられねぇんだよ……」
「んー」
「ずぅっと我慢してたけどさ。もう限界だ。かと言って我慢をやめたところで何かできるわけでもない。そうだろう?」
「んー」
「俺は何に怖がってるのか、何に苦しんでるのか本当に分からないんだ。おかげで夜も眠れない。そのせいで視界が霞む。ごめん、話しすぎた」
「んー」
腹立たしかった。話してみろよと言われて必死に話したのに友人は聞き流すかのような反応しかしない。目が釣り上がってたんだろう。友人は横目で見ながら背もたれから起き上がる。椅子はギィっと音を発した。
「落ち着け。ちゃんと聞いたから」
「あ……すまん」
「俺がお前を呼んだのは理由があってな。俺も寂しかったんだよ」
「お前も?」
「俺も」
またメガネを外して今度はシパシパと瞬きをする友人。呆気に取られる俺を無視して友人が話し始める。
「俺は自分から話題をふっかけることが滅多にないからな。自粛が終わってからもどこかみんなからの距離を感じる。お前だけなんだよ、楽しい話を俺にふっかけてくれるのはさ」
「お前……」
おかしいだろ? と言わんばかりに友人はフッと笑った。薄い笑顔だ。感情を押し殺したような寂しい表情である。友人も一緒なんだ。同じような重荷を背負ってる。そうだったとしても友人の目には鮮血が溢れている気がした。俺とは何かが違う。友人は話を再開。
「まぁアレだ。今は辛いけど……こうやってベランダで話すくらいのことはできるって分かったんだ。だからこれ以上悪くなることはない。今度俺が寂しくなったらまた電話をお前にかける。お前は俺の友達だからな」
フッと笑って視線を夜空に向ける友人。照れているのか頬が少し赤い。それを言われた俺は嬉しすぎて照れる以上の感情で埋め尽くされる。物心ついてから初めてだった。この友人のことを友達だって本気で思えたのが。こうやってたまに話すだけでどれだけ楽になれるだろうか。堰き止められていたものが一気に流れるようだ。
俺の目に鮮血が溢れていくのを見ていた友人は俺を見て自分の携帯椅子をベランダの隅へしまう。置いてけぼりにされているよう俺は急ぐように携帯椅子を同じところにしまう。その時にまた夜空を見ることになるのだがいつもよりも綺麗に見えたのだ。その星空には大きな星は見えない。けど……みんな精一杯輝いてる。
「今度はお前のじいちゃんからの星が見たいもんだな」
「じいちゃんは快く乗せてくれると思うよ。お前は特別だ」
俺の呟きを友人は聞き漏らすことはなかった。ポンと俺の肩に手を置いて友人は滅多に見せない茶目っ気のある笑顔を見せる。余計な感情なんて一切見えない、無邪気な少年の笑顔だ。あぁ、ほんと昔っからだけどさ。お前の目って綺麗なんだよ。鮮血が宿ってるようなクッキリした綺麗な目。
「こっちに来てくれ。いいサイダーがあるんだ」
俺は同じように笑って頷き、ベランダを共に去っていった。今日はいい夜を迎えれそうだ。一緒にサイダーを飲んで、他愛もない話をして……知らない間に終わってる。そんな気がする。素敵じゃないか? これが俺の求めていた生活だ。余計なを考えずに今日を過ごす。明日を願う。それでいい。俺とお前は友達。それがいい。安らかに眠れる。これぞ洗練された毎日だ。
今日は本当にいい夜だ。深い眠りが俺を安らぎへと誘ってくれる。深い眠りにつけるのは……いつだって素敵に生きた時だけさ。
鮮血の友人 天方セキト @sekito_amagata
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