Prologue 02:玲士。

「ごめん、ちょっとガレージで昼寝してて。」

 玲士と呼ばれる人物に心配されたのか。多分、なぜそんな変なところで寝ていたのか聞き返されでもされたのだろう。返答に詰まっていた。


 シャッターを開ける。西向きなので夕陽が差し込んで眩しい。バイクを手に立っていた少年の姿に俺は一瞬息をのんだ。夕陽に照らされた白皙はくせきとさえ言える肌。長く伸ばした金色の髪を束ね、少女と見まごうばかりの細身の身体。身長は170cmには届かないだろう。

「エンジンのかかりが悪ぃ。」


「バイク、中に入れて。ごめん、お父さんまだ帰ってないから今日の修理は無理かも。」

 杏璃の話を聞きながらコチラに目を向ける。大きいが切長の目。右の口元にほくろ。その視線は冷ややかだった。


「誰?このチビ。」

チビ?確かに中学3年の夏までは160cmくらいしかなかったがその後3年かけて20cm伸びた俺がチビだと?


「え⋯⋯瑛士だよ。小さいころよく一緒に遊んでもらったじゃん。忘れちゃった?」

 そういや杏璃は「れいちゃん」という「女の子」の友だちを連れて来て良く遊んでやっていた子が彼で、実は男の子だったのか。


「いや、瑛士さんは大人じゃん。そこのチビは同級生タメにすら見えんが。」

俺は「身なり確認用」の大きな鏡を見て驚く。俺の身体は間違いなく縮んでいたのだ。俺は思わず鏡の脇の印を確認する。俺がここに下宿していた時にアキ兄がつけてくれたやつだ。縮んでる。多分20cmくらい。どうなってんの?


「⋯⋯焼香しに来た。葬儀ん時人が多すぎたし。」

「あー、仏壇なんてないよ。パパ死んでないし。」

「まだ言ってんのかよ。遺影くらい飾ってろよ。」

「パパの写真は『イエーイ!』だよ、遺影とか言うなし。」

いや、本気でピースサインしてる遺影なのである。


 二人して母屋へ行ってしまったので、とりあえずバイクを見ることにした。俺も機械いじりは好きで高校は機械科だったし、大学も専門学校に毛が生えたレベルの工業大だった。


 ただ勝手に触ると怒るかもな。良く手入れされている。族車というほど飾り立てられているわけでもない。試しにプラグを替えたらすぐに繋がるので問題はその程度だったようだ。


30分ほどして二人で戻ってきた。


 「プラグ、替えといたよ。旧車、好きなの?」

今や内燃機関で動くバイクなんて日本では走っていない。すべて魔力で動かす時代。重力の方向と強さを魔法で制御しているのだ。その前段階の「旧車」と呼ばれる内燃機関を模した魔動機関で走るバイクや4輪車はまだ存在する。そのほとんどはこの新東京だけなのだ。


「ああ、レースをやるからな。今度お前も見に来いよ。代金はまた払いにくる。」

なるほど、それでメカニックにバイクをいじらせるのに抵抗がないのか。


 レースかぁ、懐かしいなぁ。新東京には3本の環状道路があって、週末の夜中になると勝手に封鎖してレースを開催していたのだ。観客ギャラリーを集めて新規メンバーを募ったり、カンパを募ったり、グッズを販売して部品代に当てたりしていた。


 何を隠そうアキ兄こと草笛晃弘くさぶえあきひろがいちばん内側の海城みしろ環状線でレースを仕切ってた暴走族、武楽邪吼ブラックジャックの創始メンバーにて初代総長だったのだ。流石に当時は知らんが、その10年後、六代目総長の頃、俺もメカニックとして入っていたのだ。末端も末端だけどね。


 晩飯は二人で作って食べた。

「瑛士は二輪も四輪も整備資格持ってたよね?」

「ああ。そのための大学やぞ。⋯⋯F ランだけどな。」

「良かった。明日からまた店が開けるね。」

おい⋯⋯。

「あのな。俺も一応バイトやってんのよ。そんなに休めないよ。だから一緒に、な?」


「あ、おじさんがバイト先に断りを入れてくれたって。あと、工具とツナギも宅配便で送ってくれるって。」

はい?オヤジのヤツ何を考えているんだ。

「店が心配なら店番くらいは瑛士にやらせて私に早くおいで、だって。」


さすがにそれはひどい。実家に連絡するとオヤジは上機嫌だった。

「いや、会社でさぁ、ウチの息子が独り立ちしまして、って言っちゃったからさぁ。明日からお前も一国一城の主だな。雇われだけど。⋯⋯あと、なるべく早く杏璃ちゃんはコチラに送るように。」


オヤジのヤツ、完全に俺をハメやがったなぁ。恐らくは杏璃との裏取引きの末か。

「じゃあ明日にはお前も飛鳥井の家に行ってくれんだな。」

俺がぶっきらぼうに言うと彼女はけろっとした顔で答える。


「いやだなぁ。私の家はここですよ。二代目社長代目には当然、二代目女将おかみさんが必要でしょう?こんばんは、二代目女将さんです。」

「なぜ2回言った?」

「うん、大事な事なので。」


 金曜日の夕方、玲士「くん」が店に来た。プラグ代を払いに来たのだ。意外に律儀。

「乗れよ、チビ。」

顎でバックシートを指す。


はい?

「レースの見学、するんだろ?」


 彼のバイクはFONDA GBX400F。「ヨンフォー」と呼ばれる名機だ。俺もめっちゃ好き。

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