東京アヴェンジャーズ

風庭悠

Prologue 01:杏璃。

従兄いとこのアキにぃが死んだ。事故死だった。


 アキ兄は漢気おとこぎのある人で自宅で行われた通夜にも、会館を借りた告別式にも溢れんばかりの人波が押し寄せ、故人の人徳を物語っているようだった。


 実は俺も大変お世話になったクチで、小学校高学年で酷いイジメに遭って不登校になった俺は中学時代、アキ兄の家に下宿させてもらっていたこともある。


 遺されたのは新東京の裏道に面したバイク修理屋「草笛くさぶえモータース」と一人娘の杏璃あんりだけだった。奥さんとはだいぶ前に別れている。なので喪主は親戚でいちばん親しい間柄だったウチの親父が務めた。


 うちの両親が杏璃を引き取ることになっていたが、当の杏璃は頑なに実家から離れようとはしなかったのだ。


 「あんな治安の悪い街に女の子一人で住まわせるわけにはいかない。」

4年間同居して兄妹同然の仲、といっても10歳も離れているのでほぼ「ちぃパパ」だった俺が説得役として白羽の矢が立てられたのだ。


 「杏璃を連れてくるまで、お前帰ってこなくていいからな。」

Fラン大学を卒業したものの定職に就かず、テキトーなバイトをしつつぶらぶらしていた俺はていよく家を追い出される形になった。俺は「子供部屋おじさん」になる気満々だったんだがな。少し人生設計が狂ったわ。


 「狂ってんのは瑛士エイジの計画の方でしょうが。」

杏璃は一度その大きな目を丸く見開いてから言い放った。ぐうの音もでないようなこと言うなよ。

「杏璃、正論というのは時に人を傷つけることもあるのだよ。よって、お前は俺の安穏あんのんたる余生のために、俺と一緒に飛鳥井あすかいの家に来てくれよ。」


「いやよ。だってパパが帰ってくるまでお店を守んなきゃだし、猫たちの世話もあるし。」

 通夜でも葬儀でも涙一つ浮かべない「気丈きじょう」なのではなく、父親の死を信じていないからなのか。確かに、アキ兄の遺体は発見されてはいない。状況的に見て死亡率が99.9%なだけだ。警察は「遺体の損壊がはなはだしい」と見立てている。


 「じゃあどうすれば一緒にウチに来てくれるんだよ?」

俺がため息まじりに尋ねると杏璃はにっこり笑った。異世界人の血が入っているせいか彼女は超がつくほど美少女なのである。


「簡単よ。瑛士のお嫁さんにしてくれればね。」

「法律上はできませんー。」

「いや、なら今からでもすぐできるっしょ。」

生々しいこと言うなよ。 思わずワンテンポ返答が滞る。


「そんなことしたら俺が親父に殺されるし社会的にも死ぬわ。それに杏璃ならこれからいくらでもハイスペックな男が寄ってくるから、こんなFラン卒のクズ男をからかっちゃだめだかんね。」

 彼女が俺に懐いているのは幼少期に俺に面倒を見てもらっているからだ。大人の俺が勘違いしてはいけない。


「それよりもさ、パパから瑛士に『形見』があるんだけど。」

「形見?」

「うん。事故の日の出かける前に突然『俺になにかあったら瑛士にこれを渡してくれ。俺の形見だから』って。」

「俺にか?」

「うん。」


 なんだろう?鍵だ。キーホルダーには見覚えがある。ガレージの事務所の金庫の鍵?いや、お金ではなく「劇物」を保管する方の保管庫の鍵だったはず。


 「杏璃は見たのか?」

杏璃は首を横に振った。だが、アキ兄が自身の運命を予期していたような行動をとっていたことも杏璃に彼の生存を確信させている要因ファクターの一つなのだろう。


 二人で作業場ガレージの奥にある保管庫の鍵を開ける。奥の方に押し込まれていた「エイジへ」というメモがはられた箱を取り出す。俺たちは顔を見合わせるとそれを開けた。


 中には簡単なメモと脱脂綿にくるまれた石のようなものが入っていた。きれいな石だが宝石と呼ぶほど光り輝いているわけでもなく、研磨前の原石のようにも見えた。メモにはこうある。

「このメモを見たということは俺になにかあったってことだな。これを握ってフィアト=ルクスと唱えてくれ、あとはおいおい説明される。」


 ここで怪しいと思えばよかったのかもしれない。でも、アキ兄に対する俺の信頼の方がずっと勝っていた。

「フィアト=ルクス。」

俺が石を握ってそう唱えた瞬間、網膜を焼かんばかりの閃光が俺を包む。なんや、爆発でもしたんか?熱はまったく感じないがあまりの光の衝撃に俺も杏璃も気を失った。


 二人が目を覚ますと辺りは少し暗くなっていて、すでに夕方のようだった。

「あれ?寝てた?」

気だるい感覚が身体に残っている。


 「あ、瑛士、なんか身体が縮んでない?」

杏璃が素っ頓狂な声をあげる。

「縮む?」

まだ頭がぼーっとしている。杏璃の声もわんわんとこだまするように聞こえるし、車酔いみたいな気持ち悪さがある。


 「あの、すいません。」

ガレージのシャッターをたたく音がした。だれか尋ねてきたらしい。

「はい。」

杏璃が少しふらついた足取りでシャッターわきのドアを開ける。不用心に開けたことからどうやら知り合いの声なのだろう。


玲士れいじ?」

杏璃の声には少々の驚きと戸惑いが混じっていた。


 



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