後日談

第80話 



 函館山を徒歩で降りて、葵さん達と合流する頃には、ご飯が食べられるお店はほとんど閉まっているようだった。


「大丈夫よ。ハセストのやきとり弁当買っておいたから」


と、葵さんが嬉しそうに手渡してくれたお弁当は、なぜか中に豚肉が入っていた。


 真理はよほど疲れていたのか、ホテルに着くとすぐに眠ってしまった。


 ホテルは、僕と王馬君、葵さんと真央、天満さんと真理で3部屋とっておいてくれていたようだった。


 真理以外の残った5人で集まってご飯を食べていると、葵さんが明日の朝食の話をし始めた。


「明日の朝のバイキング、セルフ海鮮丼コーナーがあるのよ」


 真央と王馬君は微妙に眠そうにしていて、天満さんはどことなく元気がなくて、葵さん一人だけが元気だった。

 

「バイキングなのに、なんとウニまであるのよ。でも、函館と言ったらイカよね」


 僕のせいとはいえ、生徒会の引継ぎ作業をなにもせずに本州を出て来た生徒会長は今、ガイドブック片手に目をランランと輝かせている。 


 あ、真央はもう寝たな。


 王馬くんも「悪いけど先に寝るよ」と言って自分の部屋に戻っていった。


 僕は、近くにあったオレンジジュースの缶のふたを開けて、一口飲んだ。


 甘くておいしい。


「優太さん」


と、どことなく元気のない天満さんが声をかけて来た。


「どうしたの?」


 何だか、だんだん眠くなってきたな。


「本当にごめんなさい」


 天満さんは、深く深く頭を下げた。


「……なにが?」


 僕が聞くと、天満さんは頭をあげて、


「嘘をついてました……もう、わかってると思うけど……」

 

 今まで一度も見たことのない表情。


 天満さんはいつも笑顔で、優しい表情がほとんどだった。


 だから諦めたような表情は初めてだった。


「嘘って?」


「その……どこから話せばいいのかな……」


「それって話したい事?」


 やきとり弁当を食べ終えた僕は、割り箸を元の箸入れに戻し、オレンジジュースをゴクゴクと飲んだ。


「僕と天満さんの関係は、きっと何も変わらないよ。だから話したい事以外は話さなくても大丈夫だよ」


 僕はニコリと微笑んで、それから真央が寝てるのを確認して、


「……僕はずっと真理が大好きで、自分の事を真理にわかって貰おうとして必死になったり、真理の事をわかろうとしたりして、友達とかも作らなかった。真理の事ばかり考えてた。けれど、それって間違いだって気が付いたんだ」


「……?」


「好きって感情はさ、独占したい。一緒にいたい。もっともっと自分だけのものにしたいって気持ちを含んでいるよね。それってきっと『理解』からは一番遠いところにある感情なんだよね」


「それってつまり、桜田君はもう誰も好きじゃないって事なの?」


と、葵さんが見たことのない飲み物を飲みながら言った。


「それ……何を飲んでるんですか?」


「ガラナよ。飲む?」


「いえ。大丈夫です」


「話の邪魔をしてごめんね。どうぞ続けて」


 葵さんは、ガラナの缶をグイッと飲み干して、テーブルの上に叩きつけるように置いた。


 あれ、お酒じゃないよね?


「ええと……どこまで話したっけ?」


 僕が聞くと、天満さんは、


「好きは理解から一番遠いって所までです」


「そっか。そうだった。うん……それでね、好きって色々あるとは思うんだけどね。好きになって周りが見えなくなる時って、相手の事も見えてないんだよ。自分の中にある相手の理想像に勝手に期待して、勝手に恋しているだけで」


 天満さんが頷いて、僕も頷き返す。


「相手が、自分の中の理想像と違ったからと傷ついて、相手を恨むのは違うよね。天満さんは、真理の為に頑張ってくれてたんでしょ? だから感謝してる。僕の事も守ってくれてありがとう」


「私は、優太さんの事を守ったわけではないですよ。真理ちゃんに言われた事をしただけなんです」


「でも、僕のために怒ってくれたよね? それとも野球部室で言った事も、喫茶店で話したことも、全部演技だったの? ぜんぶ台本があったの?」


「いえ。そんなのないです。ただ、真理ちゃんから優太さんを守って欲しいって言われていただけで……でも、だから、守ったのは言われたからです」


「そっか。でもね、天満さんの言葉は、真理に言われたからと言って出て来た言葉だけじゃなかったと思うよ。それにもしあれが全部用意された言葉だったとしたら、きっといい女優さんになれるよ」


「……優太さん」


「だから僕はそんな梨花の事が好きだよ」


「え? は? え!?」


「大好き」


「あ、あの! 私! ちょっと先に寝ますね!」


 そう言ってバタバタとスリッパの音を立てて部屋を出て行った。


「桜田君。いま言った事本気なの?」


「……何がですか?」


「ねえ、顔真っ赤なんだけど。……それ、お酒じゃないわよね?」


「はあ?」


「大丈夫? ほら、お水飲んで」


「ふふ。葵さんって、すっごいいい人ですよね。ほんと好き。大好き」


「え。これ、お酒じゃない。じゃあ何で酔ってるの? どうなってるの?」


 コンコン。とドアがノックされた。


「はーい」


 僕が立ち上がろうとすると、葵さんは僕を押さえつけ、


「ちょっ、桜田くんは大人しくしてて」


「あ……はい……」


 部屋に入って来たのは、天満さんのマネージャーだった。


 何か話しているようだけど、内容までは聞こえなかった。



―――


「……桜田君? 天満梨花さんが帰るわよ。桜田君? だめね。完全に寝ちゃってるわ。兄さんを起こして運んでもらわないと駄目ね」


―――


翌朝。


僕は真理の叫び声で目を覚ました。

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