第78話
本日2回目の更新です。
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◆◇桜田優太◆◇
12月24日(日曜日)22:30
警察の事情聴衆が終わり、僕はようやく解放されて家に着いた。
疲れていて眠かったけど、僕は、自分のSNSのアカウントに保存されていた動画データをスマホにダウンロードして視聴した。
天満さんと一橋が目配せしていた理由。
そこにその理由があると思ったから。
12月25日(月曜日)7時
動画何度視聴しても、聞き取れない場所がいくつかあった。
意味がわからないものも。
『数字』
そう言っているように聞こえた。
12月25日13時10分
昼休みの後、今年最後の授業の数分前。
短冊のような紙が、僕の机の上に置かれた。
手紙のようだった。
「桜田殿っ!」
声とともに、机の下からヌッと巨体が現れた。
「うわっ」
驚きすぎて声が出てしまう。
「……わ、我は、中学の頃、吃音が酷く……笑われて……。それから、話すのは、初めてなのだ……」
彼女は必死な顔で、僕の机の上の消しゴムを睨みつけている。
「大丈夫だよ。僕は絶対笑わない」
そう伝えると、わずかに彼女の表情は緩み、
「……これが、本の間に挟まっていた」
彼女が指さした手紙には、
『さようなら』
一言だけ書かれていた。
「木下氏はどこかにいくのか?」
「……」
「教えてくれ、桜田殿。木下氏はどこかに行くのか?」
「わからない……けど、心当たりはあるよ」
「いかぬのか?」
「……僕が?」
「いかぬのかと聞いている。桜田殿」
「でも……僕は……」
「いかぬのなら、教えてくれ。我がいく」
「行ってどうするの? 真理は場所を告げていないんだよ? それってつまり来て欲しくないって事じゃないのかな?」
「言葉は不完全なものだよ桜田殿。どんなに言葉を労しても、伝わらぬ事もある。なにも言わなくても、伝わるものもある。木下氏の気持ちは、桜田殿には何ひとつ伝わっていなかったのだな。とても残念である」
「おーい。授業が始めるぞー」
ガラガラと先生が入って来て、委員長が号令をかけて全員が立ち上がった。
「おい、どうした桜田」
「早退します」
向かう先は3年の教室。
姿勢を低くして廊下を走り抜け、僕は目的の教室を覗き込んだ。
ゆっくりと四つん這いで教室の真ん中まで這っていく。
先輩達の面白がった視線が背中に集まる。
「……葵さん」
と、僕は葵さんに声をかける。
葵さんは僕を一瞥して、また黒板の方を向いて、
「生徒会長って呼びなさい」
「真理のことを知ってますよhね?」
「何も知らないわよ」
「力を貸してください」
「今は授業中」
「結婚でも何でもしますから」
「……」
「真央とも付き合います」
「すぐ行くから先に教室出てて」
這って教室を出ると、すぐに葵さんが出てきた。
「それで? 私はどうすれば良い?」
「一緒に来てくれますか? 途中で色々考えたいんです」
「いいわよ」
「函館に行きます」
「函館? 思ったより遠いわね」
「無理ですか?」
「無理じゃないわよ。今、財布を呼ぶからちょっと待って」
そう言ってスマホで電話をかけ始めた。
僕は葵さんの手を引いて、駆け足で歩き始めた。
玄関で靴を履き替えていると、バタバタと足音が近づいてきて、
「優太さん! 待ってください!!」
「夕立さん?」
「聞きたいことがあって。お姉様から早朝に『今までありがとう』ってメッセージが届いたんですが、何か知りませんか?」
「夕立さんも行こう。函館」
「函館ですか? え、でも今日まだこのあと学活もありますよ。授業中だし」
「真理はそこにいる」
「行きましょう」
校庭を走って横切る。
「車が来たわよ。乗って」
運転手は、王馬くんだった。
「え、さっき言ってた財布って……」
助手席に葵さん、後ろの席に僕と夕立さんが座った。
「どこにいくの?」
「函館。新幹線で行きます」
僕は、時間を調べる。
今いけば、18時38分には到着する。
車を降りて、葵さんと夕立さんを連れて新幹線に乗り込む。
駅のホームでお弁当とお茶を葵さんが買った。
新北斗駅まで2時間半。
そこから函館まで30分。
「さて、それじゃあ話を聞かせて貰いましょうか」
葵さんが、カニの身がたくさんのったお弁当を、僕と夕立さんに手渡してきた。
「ありがとうございます」
「どうして真理ちゃんが函館にいるとわかったの?」
「ええと、どこから話せば良いのやら……」
僕は、お茶を一口飲んで、
「最初から話して。時間はたっぷりあるわ」
「……そうですね」
右側からは葵さん、左側からは夕立さんが、僕の言動を待っている。
「色々繋がったのは最近なんですが、一番最初はたぶん2年前の中学の卒業式の日なんです」
「結構前の話ね」
「はい、あの日、僕は真理に告白をしました」
「え。それでどうなったんですか?」
前のめりになってくる夕立さん。
「フラれたよ」
「そうでしたか」と、にやにや笑みを浮かべる夕立さん。
「嬉しそうだね」
「嬉しいです」
「……僕が、真理に告白する寸前に届いたメッセージがこれです」
僕は、きのりんから届いたメッセージを見せる。
【会いたいです。会いたいでーす。あ、よかった。音声入力は反応する。これならメッセージを送れるね】
【なんて送ろうかな。最後だと思うと逆に出てこないよね】
【ええと、色々あったけど、君と出会えて幸せだったよ。君は違うだろうけど】
【なんてね。届くわけないのにね】
【後悔ばっかりの人生だった】
【最初にデートした場所。公園だったよね。私は憶えてるよ。犬に吠えられた私を守ろうとしてくれたね。優太君は結局泣いちゃったけど。嬉しかったよ】
「なんですかこれ? 良く意味がわからないですね」
と、夕立さん。
「真理のスマホは前日に買って、最初から調子が悪かったんだ。だから音声入力でメッセージを送ってもおかしくはない。けど、内容がおかしいよね。でも、僕の名前が書いてあるし、僕のIMのアドレスを知っているのは、家族以外には真理しかいなかった」
「優太さんも友達少ないんですね」
「違うよ。スマホを買ったばかりだったから。まぁ……未だに数人しかいないけどね」
「良かったら私も友達に追加しますか? 私も友達少ないので、お互い水増ししませんか?」
「……いいね」
「話が脱線してるわよ」
葵さんが、カニをつまみながら言った。
「すみません。このメッセージには続きがあって」
続きのメッセージを表示する。
【二人で四川料理食べに行ったよね。修学旅行中なのに】
【月雅堂のビュッフェも断ってごめんね】
【蜘蛛の特別展示。行けなくてごめんね】
【スカイツリーも行けなかったね】
【私の絵を見てみたいって言ってたね】
【誕生日プレゼントに蜘蛛のピンバッチ買ってあったんだ。渡しそびれちゃった】
【ホッキョクグマの肌の色を聞いてきたよね? 実は知ってたんだ。黒だよね】
【月雅堂のプリン。こっそり買おうとしてたんだけど買えなかった。限定50個は少なすぎるよ】
【函館山からの夜景……見てみたかったな】
「これは……お姉様と優太さんの思い出なんですか?」
「それが違うんだよね」
「え?」
「これは僕との思い出じゃない」
「でも……優太さんの名前が入ってますよね?」
「そうなんだ。でも、ここにあるエピソードの半分以上、僕には心当たりがない」
「それって……」
「真理は書いてる『最後』『幸せだった』『君は違うだろうけど』これらの言葉が意味するのってどういう事だと思う?」
「まるでもう会えないみたいですね」
「だよね? だから、突飛な考えかも知れないけど、僕はこう考えたんだ『これは別の優太』に対するメッセージなんじゃないかって」
「別の優太さん?」
「うん。このメッセージ。上から順にいうね。まず修学旅行は僕は真理と行動していない。だからこれは僕に宛てたメッセージじゃない。月雅堂のビュッフェも断ってごめんねと書いてある。これは記憶にある。けど、蜘蛛の特別展示もスカイツリーも行けなかったように書かれているけど、僕は誘った記憶は無い。けど、連れて行かれたんだ。ピンバッチも貰ったし、ホッキョクグマの肌の色も教えられた。プリンも買ってもらった」
「えと……つまり?」
「真理は『優太』にできなかったことを、僕にしている」
「え? え? どういう事ですか? わかりやすくお願いします」
「可能性としては2つ。僕が記憶喪失になって憶えていないか、または真理が別の世界から来た真理だって事だよ」
「…………」
「記憶を失う前の僕と約束していた真理が、約束を果たしているようにも見える。でも、僕は、連続した記憶を持ってる。植え付けられた記憶とかじゃ無い限りはね」
「え、じゃあ……」
「真理は、別の世界から来た真理の可能性がある」
「……いや、でも、まさか」
「他に考えられる事ってある?」
「……」
「でもわからないこともあるんだ。真理は、去年の6月。ロッジで一橋達也に襲われて、それから僕に隠れて一橋と付き合うようになったんだ。僕じゃない『優太』がそれを望んだって事なのか?」
「あ、それはないですね」
と、夕立さん。
「え?」
「去年の6月って、私が新幹線で乱入して無理矢理参加したロッジの事ですよね?」
「う、うん」
「私、あの日、ずっと起きてたんで、一部始終を見てました。お姉様は、金属バットを片手に一橋達也さんと戦って、私を守ってくださいました。それからロッジをメチャクチャにしたのもお姉様です」
「……」
本当だろうか。
あの大人しくて可愛い真理が金属バットでロッジをメチャクチャにした?
チラリと葵さんの方を見ると、葵さんはお茶を飲みながら、まるでテレビでも見るような表情でこちらを見ていた。
話に参加するつもりはなさそうだ。
「その後も、私とお姉様は、一橋達也さんを追いかけ回して、あいつの秘密の場所に生ゴミとか芳香剤をまいて嫌がらせを繰り返しました。お姉様は、水を入れたペットボトルをおいていましたけど、あれって猫よけですよね」
「それで野球部質の窓を割ろうとしてたのよね」
と、そこで葵さんが話題に入ってきた。
「お姉様は、色んな人を守ろうとしていました。一橋達也の犠牲者が増えないように。それは優太さん、あなたも含まれていましたよ」
「僕も?」
「憶えていませんか? 入学式の日、学食で醤油を持ったまま女子生徒に話しかけられていたのを」
「いや……ちょっと記憶にない」
「メチャクチャ怒ってましたよ。一橋達也」
「え、でも、入学式の日、一番最初にフレンドリーに話しかけてくれたのは一橋だったんだよ?」
「だからですよ。彼は、仲よくなってから地獄に突き落とすスタイルなんですよ」
「……たしかに。それはあるかも」
「でもよくわからないですね。なぜお姉様は、優太さんに一橋達也と浮気したっていう嘘をついたんですかね?」
「……そうだね」
「思い当たることはないの?」
と、葵さん。
「思い当たること……」
全然無いな。
僕は天井を向いて、思い当たることがないかを思い出そうとした。
クシャリと、手のひらに紙くずがあるのを見つけた。
「あ……やば……」
黒鉄さんから見せて貰った短冊のような手紙。持ってきてしまっていた。
『さよなら』と、書かれた一枚の手紙。
「……そうか」
「何かわかったの?」
「真理は、死に場所を探してたんじゃないでしょうか?」
「死に場所?」
「真理のメッセージには『最後』『届くわけ無いのにね』『後悔』って言葉が入っています。これって『優太』にはもう二度と会えない状況にあるってことですよね。そしてその原因が真理だったから真理は『後悔』して『私は幸せだった。君は違う』と書いている」
「……うん、それで?」
「その原因が真理の浮気だったのでは? それで『優太』が死んだ? 遠くに行った? 何らかの事情で、こっちに来た真理が、同じ事をして、今度は僕が死ぬ代わりに自分が死のうとした……いや、でも、なんか違和感がありますね」
チラリと葵さんを見ると、
「私はもう全然話について行けてないわよ」
「……やっぱり僕の妄想ですかね。自分で言っててヤバいヤツだなっては思ってるんですけど」
「いいえ。やらないで後悔するくらいなら、やって後悔した方が良いわよ。続けて」
「許されたくなかったんじゃないですか?」
と、夕立さん。
「え?」
「いえ。優太さんは優しいから、お姉様が浮気しても、ごめんねって言われたら許してしまいますよね。違いますか?」
「……いや、どうだろう」
「許すでしょうね」と、葵さん。
「え。そうですか?」
「今だってこうして新幹線に飛び乗ったじゃないの。私と夕立さんの事情も考えずに、無理矢理つれてきたでしょ? 真理ちゃんのことがからんだからって」
「……いや、それは……」
「だから許されたくなかったんだと思いますよ」
夕立さんはそう言って、
「大好きな人に嫌われて、自分の存在を否定されて、それがもう1人の『優太さん』の贖罪になると思ったんじゃないでしょうか」
「……」
「どうしたんですか?」
「でも、ちょっとひっかかるんだよね」
「何がですか?」
「なんで今日? メッセージにあるんだ【天満梨花と付き合わせてみせる】って。でも僕は、天満さんと付き合っていない。その状況で、さよならしようとするのは違和感がある」
「……これは、ゆめの話なんですが……」
夕立さんは話し始めた。夢で見た、真理と自分の関係を。
「手のひらの数字?」
「はい。夢では、一橋達也さんとエッチなことをすることで数字が増えていたようでした。一橋さんは、その動画を優太さんに送っていました。それから夢の私は優太さんと付き合うんですが、私も一橋さんと関係を持って、それから優太さんは命を落としたんです」
「……じゃあ、今回も一橋と関係を持っていたって事?」
「さっきもいいましたけど、それは無いです。絶対にないです」
「もう少し詳しく話してくれないかな? 一橋と真理が夢で関係を持っていたとき、どんな感じだったの?」
「何分夢なので、ただ、ラブラブには見えませんでした。むしろお姉様は拒絶しているように見えましたよ」
「……拒絶」
「まぁ、夢なのであまり当てにしないでくださいね」
「いや、でも6月のロッジの話を聞く限りだと、真理は事前に色々用意をしていた。ということは、6月のロッジに何かあることを知っていたことになる。まるっきり嘘をつくとは思えない。おそらく本当に無理矢理襲われたんだと思う」
「あ」
と、葵さん。
「どうしましたか?」
「いつのまにか青函トンネル抜けてた。楽しみにしてたのに」
「……」
新北斗駅で乗り換えて、函館駅へ。
「真理のメッセージの最後は【函館山からの夜景……見てみたかったな】
でした。函館山にいるはずです」
「それじゃ、私と夕立さんは駅に残って見張ってましょ」
「え、私も行きたいです」
「駄目よ。ほら、早く行きなさい。桜田君」
僕はタクシーに乗って、ロープウェイの乗り場で降ろして貰う。
19時
【人数が上限に達しましたので、本日は配布された券を持つ方のみご乗車いただけます】
……嘘だろ。
スマホで調べると、どうやら登山道があるようだった。
雪が降り始めていたが、僕はスマホにモバイルバッテリーを繋いで山道を登ることにした。
すでに道は真っ暗で、スマホのライトをつけてのぼり続けた。
間に合うだろうか。
まだいるだろうか。
ロープウェイは21時まえの営業だ。
途中、スマホがブルブルと震えて見ると、葵さんからだった。
「兄さんと真央と合流したわ。ホテルも予約したので、みつかったらここまで来てね。念のためまだ駅にはそれらしい姿は見てないわ」
ありがたい。
ああ、くそ。昨日、あまり眠れてなかったせいで、ちょっと疲れたな。
まだ、頂上は遠い。
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