第76話


◆◇桜田優太◇◆



12月25日(月曜日)



 今日は冬休み前の終業式だ。


 休みを取ってあったけれど、やることもないので登校することにした。


 クラスでの話題は昨日の天満さんと一橋の事で一杯だった。


 当事者の一橋達也と真理は休んでいるようだった。



 授業を受けて、お昼は、生徒会室で、真央と葵さんと三人で食べた。


 葵さんは、今日で生徒会長の役目を終える。


 今日の放課後は生徒会長の引継ぎなどがあるらしい。


 新しい生徒会長は僕の知らない人だ。



 僕は、生徒会の腕章を葵さんに返却することにした。


「あれ? 辞めちゃうの?」


と、葵さんが腕章を受け取りながら言った。



「はい。今までありがとうございました」


「お昼はどうするの?」


「お昼はどこでも食べられるので。真央は学食の定食が気に入ってますから」


 真央の方を向くと、真央は嬉しそうに頷いた。


「そっかー。でも、桜田君は、色々雑用してくれて便利だったんだけどな」


「葵さんに頼まれたら何でもやりますよ」


「本当に? じゃあ結婚してくれる?」


「またそう言う冗談やめてください。人に聞かれたらどうするつもりですか」


「冗談のつもりはないんだけどね。真央の恋人か、真央の兄か、いつでも好きな方を選べることを忘れないで頂戴ね」


「葵さんこそ、結婚がどういうものかをちゃんと思い出してください」


「わかってるわよ」


「絶対わかってないから言ってるんです」



「ちなみに今日は、学校が終わったらどうするの?」


 葵さんの質問に、


「そうですね。とりあえずお見舞いに行こうと思ってます」


「お見舞いって?」


「実は、天満梨花さんと友達なんです。彼女、昨日怪我しちゃって入院してるんですよ


「え? 桜田君。天満梨花と知り合いなの?」


「はい」


 すると真央が近づいて来て、


「え、ウソウソ! 優太君は天まりちゃんの友達なの?」


「そうだよ。黙っててゴメンね」


「ううん。ボクもいつか会いたいな」


「わかった。今度聞いてみるよ」


と、真央の頭を撫でた。



 三人でお昼を食べた後は、教室に戻り、今年最後の授業をして、それから通知表を受け取って終わりになる。


 予鈴が鳴って、あと数分で授業だ。


 僕が教科書を出して準備を始めると……机の上に、細長い短冊のような紙が置かれた。


 ……なんだ?




☆★天満梨花☆☆



 新幹線が動き出した。


 窓からは見知ったビル。見覚えのあるタワーが見えた。


 徐々にスピードがあがり、建物が前から現れて後ろに過ぎていく。


 窓際に座った真理ちゃんは、その様子をジッと見つめていた。


 彼女がこの景色を見る事はもう無いのだろうか。



 しばらくしてトンネルに入り、真理ちゃんがこっちを向いた。


 私は微笑んで、


「おなか減ったね」


と、言った。


「うん。お弁当食べよっか」


 買っておいた駅弁を取り出して、二人して写真を撮った。


「真理ちゃんの牛肉のお弁当も美味しそうだね」


「梨花ちゃんはハンバーガー?」


「いま、片手使えないからね」


「嘘だ。いつもハンバーガー食べてるよ」


「そんな事ないよ」


 時々はサンドイッチも食べてる。


 片手で食べられるのがいいんだよね。見ながら食べれるから。


「お昼は何食べよう」


 真理ちゃんは、ガイドブック片手に悩んでいる。


「そうだね。やっぱり海鮮丼かな」


「あ。まって。ここに梨花ちゃんにピッタリなお店があるよ」


「何々?」


「ハンバーガーのお店。ここにしかないんだって」


「ちょっと。私、別にハンバーガーがないと生きていけないわけじゃないよ」


「ここね。バンズに唐揚げを挟んでるらしいよ。すっごいジューシーなんだって」


「え。そうなんだ。じゃあそこにしよう」


「観光もしたいな。どこ行こうかな」


「何時に着くんだっけ?」


「10時38分」


「じゃあどこのお店も開いてそうだね」


「ここのラーメンも美味しいらしいよ」


「食べ物ばっかりだね。真理ちゃん」


「今日は太るぞ」


「いいねいいね。でも、本当に良かったの?」


「何が?」


「お別れしなかったんだよね?」


「うん。しなかったよ」


「……最後に声とか、少しぐらい話しても良かったんじゃないのかな……」


 言わないでおこうと思ったのに、つい、口に出てしまった。


「もう無理だよ。スマホないし。誰にも行き先告げてないし」


「……だよね」


「それとも梨花ちゃん、スマホを隠し持ってるとか?」


「……持ってないよ」


「じゃあ無理だね」


「そう……だよね。変なこと言ってゴメンね」


「いいよいいよ。今日は楽しもう。金ならある」


 そう言って真理ちゃんは、スポーツバッグから札束を取り出した。


「ちょ、やめてやめて。こんな所でそんな物騒なもの取り出さないでよ」


「あはは。テンション上がっちゃってさ。持ってみる? これすっごい重いんだよ。半分ぐらい捨てていこうかな」


 そう言って、重そうなスポーツバッグを持ち上げた。


「それはやめよう。捨ててる所見つかったらヤバいから」


「そうだね」


 そう言って、真理ちゃんはまた窓の外に顔を向けた。


「あ、雪だ。積もってる」


「向こうは寒いかな?」


「寒いんじゃないかな。コート薄手だけど大丈夫かな?」


「大丈夫。お金ならある」


 そう言ってスポーツバッグに手を入れようとする真理ちゃんの手を、ペシリと叩いた。

「痛い」


「駄目だって言ってるでしょ?」


「もう。大丈夫だって。車内ガラガラだし」


 そう言って、立ち上がって車内をぐるりと見まわした。


 私も立ち上がり、


「本当だ……全然いないね……」


「梨花ちゃん。時速300キロの車内を端から端まで走ったら、私は300キロ以上の速度で走ってる事になるのかな?」


「私はやらないよ。腕にヒビが入ってるからね」


「なんだ。つまらないの」


「ねえ。真理ちゃん」


「何?」


「……真理ちゃんは、誰にもお別れしてこなかったの?」


「ん? どうして?」


「いや、気になっちゃって……」


「してないよ。あ、でも一人だけ、お別れのお手紙を入れて来た」


「誰?」


「梨花ちゃんの知らない人だよ。刹那ちゃんって子」


「そうなんだ。その人が……優太さんに知らせるって可能性は無いのかな?」


「まだそんなこと言ってるの? それはないよ。だって彼女、男の人と喋れないから」


◆◇桜田優太◆◇


 短冊のような紙が、僕の机の上に置かれた。


 手紙みたいだった。

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