第75話
◇◆桜田優太◇◆
ブレーカーをあげると部屋の電気がついた。
バタンとどこかの部屋の扉が閉まる音がした。
天満さんと一橋だけがいない。
天満さんの部屋か?
しかし、彼女の部屋のドアは驚くほど簡単に開いた。
どの部屋だ?
仕方なく、一部屋一部屋ドアノブを回していくと、僕の部屋だけが鍵がかかっていた。
ドンドン! とドアを開けて声をかける
「大丈夫ですか? 天満さん!?」
返事は無い。
中の様子を確認することも出来ない。
……そうだ。僕のスマホ、中で配信しっぱなしのはずだ。
僕はスタッフルームに入り、いまだに寝ている卯月さんの持っていたスマホを借りて、SNSを開いて僕のアカウントにアクセスした。
すると、配信しているページに山のようなコメントが表示されていた。
『るな@幕張2DAYS:やばい。部屋で女の子襲われ始めた。どうしよう。とりあえず拡散するしか #拡散希望 #警察呼んで』『これ天満梨花じゃない? #転まり #拡散希望』『さっきから見れなくなってたと思ったら、ここにいたのか #転まり #天まり #拡散希望』『やばいじゃん #転まり』『特定班急いで! 場所どこだよ #拡散希望』『スプリンクラー動かせ! 部屋のロックはずれるから! #スタッフ気付け』『誰かいるならスプリンクラー! #拡散希望』『スプリンクラー! #転まり』
……スプリンクラ-?
そういえば、朝、誰かがそんなことを言ってたような。
僕は、置いてあったスタッフのライターを借りて、キッチンのガスコンロに火をつけて、それからライターの火を天井の検知器に近づけた。
ジリリリ! と、警報がなり、大量の水が部屋の中に降り注いだ。
僕は自分の部屋に向かってノブを回すと、今度はあっさりと開いた。
「いてぇ! いてぇ!!」
股間を押さえながら、一橋が床を転がっていた。
そのすぐ脇を、見覚えのある大きめの蜘蛛が横切っていった、
……あれ。僕の蜘蛛かな? 毒は無いはずだけど。
「天満さん。大丈夫ですか?」
声をかけて触れると、
「いたっ!」
痛そうに腕を押さえた。
見た目には外傷はない。
折れたのかも知れない。
とりあえず救急車だ。
スマホを回収して、電話をかけると、警察と救急車がすぐにやって来た。
SNSでの拡散は続き、その日のトレンドが『#天満梨花』『#転まり』『#決定的瞬間』『#シシリリカ解散!?』など、天満さん関連で一杯になった。
天満さんは骨にひびが入ったとかで入院。
一橋達也は逃走。
マネージャーさんは青い顔でどこかに呼ばれていった。
僕も警察で話を聞かれた後、夜中に解放された。
夜中になっても、動画付きの拡散はまだまだ続いていて、テレビのニュースでも大きく取り上げられていた。
テレビでは名前は出されていなかったけれど、SNSのトレンドで一位は『#一橋達也』だった。
名前を元々出していたので、特定がされやすかったのだろう。
一気に性犯罪者のレッテルを貼られた一橋達也は、年齢、通っている高校、両親や兄弟の情報、過去にしてきた事や人間性、昔のSNSの投稿などをほじくり返されて、あちこちの掲示板に転載され、まとめサイトにまとめられ、お祭り騒ぎになっている。
きっと明日には、もっともっと大きな騒ぎになっているだろう。
人は、正義の為ならどこまでも残酷になれるのだろう。
イベントは、そのまま中止になった。
☆★天満梨花☆★
目が覚めると、夜中の三時半だった。
窓の外はまだ暗い。
左腕にはギプス。全治三週間らしい。
私はゆっくりと体を起こして、机の上に置きっぱなしになっているスマホの画面を確認した。
真理ちゃんからの連絡は入っていない。
私がもし、最後を迎えるとしたらどこに行くだろうか。
私は着替えて、こっそりと病院を抜け出してタクシーを呼んだ。
真理ちゃんの家の前でおろして貰った。
ギプスの影響で、コートがちゃんと切れていなくて少し寒い。
震えていると、真理ちゃんが家を出ようと外に出て来た。
「……良かった。会えた」
「あれ? 梨花ちゃん? どうしたのその腕? 何があったの?」
「そんな事はどうでもいいよ。それよりどこ行こっか。一緒に遊ぶ約束してたよね?」
私はそう言って真理ちゃんに微笑むと、真理ちゃんは苦笑いして、
「……梨花ちゃんは優しいなあ」
「どういう意味?」
「何でもないよ。ありがとう」
「それで、どこに行く?」
「ゴメン。一緒に行くならスマホは置いていって欲しい」
どうして? って思ったけど、真理ちゃんは頑固だ。
断ったら一人でどこかに行ってしまうだろう。
「……いいよ」
真理ちゃんは驚いた顔で、
「え? いいの? ほんとに?」
「なんで? 自分で言ったのに」
「ふふ。ごめんごめん」
「じゃあ駅のコインロッカーに入れようか」
「うん」
「それで? どこ行くの?」
私が聞くと、真理ちゃんは新幹線の切符を取り出して、
「北だよ」
と、答えた。
XXXXX 一橋達也 XXXXX
一橋達也は逃げていた。
体中が痛い。
彼の股間は異様に腫れあがっていた。
「くそっ! 何で俺がこんな目に……」
タクシーに乗り、家の前で降りる。
家の前には、達也の兄が立っていた。
「じゃまだ。どけよ兄」
「達也。お前はもう、うちの人間じゃなくなった」
そう言って、達也の兄は札束をどさりと地面に投げ捨てた。
「は? ……なんだこれ」
「せめてもの温情だ。それをもってどこにでも行け」
「はあ? ふざけんなよ。どけよ」
「ふざけてるのはお前だ。とんでもねえ問題起こしやがって。お前のおかげで、家中てんてこまいだよ。それから祖父からの伝言だ「もうかばいきれない。どこにでも行って死ね」父からの伝言だ「死ね」以上だ」
「嘘をつくな……あのじじいが俺を裏切るはずないだろ」
達也が言うと、達也の兄ははぁとため息をついた後、電話をかけ始めた。
「不審者がいる。すぐに来てくれ」
電話を切って、
「すぐに警察が駆け付ける。捕まっても感嘆に出てこれると思うな。じゃあな」
「おい! 待てよ!!」
遠くから近づいて来るサイレンの音。
「くそっ!!」
逃げる。逃げる。逃げる。
息が切れる。
どうしてこんな目に?
「くそっ! くそっ! くそっ!!」
なら、男どもを集めて、木下真理の家を襲撃すればいい。
少しは気が晴れるだろう。
達也はスマホを取り出して、集合をかけた。
これですぐに達也の兵隊が集まってくる。
達也の頭の中は、木下真理に復讐する事で一杯になっていた。
「こっちよ」
路地裏から手招きする女がいた。
黒いエプロン。30歳ほどの美人だった。
「誰だてめぇ……」
「警察から追われてるんでしょ!? 捕まってもいいの?」
「ちっ」
得体が知れないが、仕方ねえ。
達也は、女の後ろを着いていった。
「ここよ。入って」
「……田中、精肉店?」
「早く。警察が来ないうちに」
「ちっ」
「ここよ」
重そうな扉を開ける。
暗い部屋で、あちこちに何かがぶら下がっていた。
「なんだよここ。気持ち悪りいな」
「これは、今から売り物になる豚さんがほしてあるのよ。でも地下だし、完全防音で、中の音は絶対に漏れないから、しばらくここにいれば警察には見つからないわよ」
「ふん。じゃあしばらくやっかいになってやるか。柔らかいソファーとテレビを持ってこい。あと食いもんをよこせ」
「じゃあちょっとまってて」
黒いエプロンの女は、湯気の出ている大きな肉まんを持ってきた。
「よこせ」
奪って食べたが、パサパサしててマズかった。
しかし腹が減っていたので、
「おい。もっとないのか?」
「あるわよ。たくさん食べてね」
2個、3個と肉まんを食った。
「美味しい?」
「まずい」
「そうなんだ。じゃあここの肉まんを買うのはやめておこうかな」
「は? お前んちじゃねえのかよ?」
「違うよ。時々使わせてもらってるだけだよ」
「何に?」
「ほら。ここって地下だし、扉は分厚いしで、完全防音なの。中の音は絶対に漏れないのよ」
「さっき聞いた。それが何だよ?」
「君は砂氏白子って聞いた事ないかしら?」
「すなし……しろこ? 知らねえな」
「そうなんだ。逆から読むと、だいたい想像つくと思うけど、砂氏白子は何でも願いをかなえてくれる伝説なんだよ」
「くだらねえ」
「だよね。でももし、それが実在するとしたら、君は何を願う?」
「ならお前を抱かせろよ。しばらく抱いてなくてたまってんだよ」
「なるほどなるほど。君の願いは私を抱きたいってことか。こんなおばさんでもいいのかな?」
「なら今すぐ若くていい女連れて来いよ」
「はは。お盛んだねぇ。でも残念だけど、ここにはおばさんしかいないの」
「じゃあ早くしろ。溜まってんだよ」
一橋は立ち上がり、黒エプロンの女に近づいた。
「それじゃあ、君の願いが本物かどうか確かめさせて貰おうかな」
女は、いつの間にか大きな肉切り包丁を右手に持っていた。
「おい、なんだその包丁は?」
「これ? たぶん豚を切るやつだと思う」
「なんでそんなものを持ってんだよ」
「使うから」
「何に……なんだ……お前……俺に何かしたか?」
一橋は、猛烈な眠気を感じ、目を擦る。
何度も頭を振ったが、どうしても目が閉じてしまう。
「願い事ってさ、結局ひとつに集約されるんだよね。最初はみんな、金だ女だと言うくせにさ、手足が無くなって、想像を絶するような痛みを体験すると途端に「殺さないでくれ!」って言うんだよね。不思議だよね。だったら最初からそう言えばいいのにね。だから私はいつも言ってあげるんだ「人としては終わった姿になったよ? それでも生きていたいの?」って。するとみんなこう答えるんだよね……おっと、扉を閉め忘れてた」
ギィィ……バタン……。
「音が外に漏れちゃうからね」
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