第74話

★☆天満梨花★☆


 真理ちゃんの買ってきたプリンは、濃厚でなめらかで美味しいプリンだった。


 限定品らしい。


 スプーンですくって少し食べただけでわかる。


 他のプリンとは一線を画す美味しさだ。


 でも真理ちゃんにとっては、甘すぎて美味しくないだろう。


 横の真理ちゃんを見ると、上目遣いで前を見ていた。


 前には、美味しそうに限定プリンを食べる桜田さんの姿。


 真理ちゃんは、満足そうに口角をあげて、嬉しそうにプリンを食べ始めた。



―ー



「天満梨花だな?」


 ある日、私は声をかけられた。


 撮影と撮影の間の時間で、ファーストフード店のハンバーガーを食べていたときだ。

 卯月さんは電話で席を外していた。


「どなたですか?」


「俺だよ」


 一橋達也さんだった。


「……」


「おいおい。怪訝な顔をするなよ。今日は、お前が得する情報を持ってきたんだよ」


「……」


「本当だって。実は木下真理の数字を消す方法がわかったんだよ」


「おかえりください。あなたと話すことは何もありません」


「嘘じゃない。これだけの人間が証言してる。希望するなら動画や録音メッセージもある」


 人の写真をたくさん見せられた。


「ごめんなさい。おかえりください」


「どうしてだよ?」


 関わりたくない。


「仕事中ですので」


「信じてもらえないのか?」


「仕事中なんです」


「じゃあ仕方ないな。ほら、電話に出ろ」


 彼はそう言って、私にスマホを手渡してきた。


「……電話? 誰からですか?」


「耳に当てればわかる」


 言われたとおりに、スマホを耳に当てる。


「……助けて……ください」


 小さな女の子の声だった。


「……?」


「女を一人、椅子に縛って監禁している。とても小さな女の子だ。お前がいう事を聞けば解放してやる。出来ないのならその女の子の人生はここで終わりだ」


「え? 何を言ってるんですか?」


「お前が悪いんだぞ。お前がなかなか隙を見せないから、この子は飲まず食わずでもう数日経過している。可哀そうに。こいつが死んだら次はまた別の子が犠牲になるんだ」


「…………は?」


 え、何を言ってるの。この人。


「ぜんぶお前次第なんだよ。天満梨花」


「……私……次第?」


「そうだ。お前がちゃんという事を聞けば、この女の子は生きて家に帰れるんだ」


「……私に何をさせるつもりですか?」


「要求は一つだよ。お前と一緒に一週間住むイベントに、俺を当選させろ」


「あれは抽選です。出来ません」


「何とかしろ」


「出来ません」


「なら、お前の知らない所で、女の子が何人も死ぬだけだな。何人も。何人も。飲まず食わずで。かわいそうにな。餓死って辛いんだろ? 知らんけど」


「……」


「1日おきに一人ずつ増やす。さいごは何人になるかなな」


「はったりです」


「そうかもな。じゃあ、お前の事務所宛てに何か送ってやるよ。お前が一番ショックを受ける方法で」


 そう言って、一橋達也はいなくなった。



ーー



「12月24日? もう少し早くならないんですか?」


「ごめんね。先方がそのタイミングじゃないと無理みたいなのよ」


 真理ちゃんのタイムリミットは25日の21時だ。


 何度か交渉したが、なんともならなかった。


 悔しい。


 でも、25日の夜は絶対に一緒にいよう。


 出来たら桜田さんも呼んで。


 でも、それは真理ちゃんに拒否されてしまった。


「優太君は、真央ちゃんの彼氏になってると思う。私達が邪魔をしちゃダメだよ」


「じゃあ真央さんも誘ったらどうかな?」


「だから二人の邪魔をしちゃダメだよ。無いとは思うけど、私に気持ちが残ってても困るし」


「いいの? でも、本当にそれでいいの? 後悔しない?」


「後悔はずっとしてるよ。どんなやり方が最善なのかわからなくて。せっかくやり直せたチャンスもこれでいいのかなってずっと思ってる。けど、他の人ならもっときっとうまくやれたのになって思ってる」


「真理ちゃん。今からでも遅くないと思う」


「何が?」


「好きなんでしょ? ちゃんと優太さんに気持ちを伝えようよ」


「気持ちなら伝えたよ。二年前のあの日。私は好きだって伝えられた。それで十分」


「十分には見えないよ」


「でも私、死ぬんだよ?」


「……でも、死なないかも知れないんでしょ?」


「まあね」


「じゃあ、今からでも言おうよ」


「梨花ちゃん。じゃあ梨花ちゃんにだけには話すね。これはきっと、他の誰にも話さないことだから内緒だよ」


「うん、わかった。誰にも話さないよ……何?」


「実は私も考えなかったわけじゃないんだ。もう一度優太君といちからやり直して、それでめでたしめでたしにしたらいいんじゃないかなって。それで優太君も私も笑顔で過ごせるならそれでもいいんじゃないかって考えたんだよ。でもね。ダメなんだ。頑張れば頑張るほど、どうしても、優太君の笑顔が忘れられないんだよ」


「え? どういう意味?」


「最後に見たとき、優太君は『またね、真理』って言って笑ってた。二度と会うつもりがなかったのに。死ぬつもりだったのに」


「……?」


「次に会った優太君は棺桶で冷たくなっていた。もう喋ることも出来ない。またね、なんて言ったくせに、嘘つきだよね。ほんと。いつもは嘘がつくのが下手なくせに、あの時はまんまと騙されたよ」


「真理ちゃん?」


「私は過去に戻れてやり直しをすることが出来た。でもね、私だけなんだ。私だけがやり直せてる。時間が戻ったところで私の罪は消えない。死んだ優太君は死んだままなの」


「優太さんって……死んだの?」


「そうだよ。話してなかったっけ……秘密ばっかりでごめんね」


「ううん。そんなことないよ」


「私は幸せになる権利もつもりもないよ。やり直した時点ですぐに死んでおけば良かったんだ」


「そんなこと言わないでよ。私は……真理ちゃんに会えて幸せだったよ」


「ほんと? なら良かったけど」


「じゃあせめて25日の日は一緒にいようね。朝から晩まで。行きたいところに言って、食べたいもの食べよう。絶対。絶対約束だよ?」


「うん。わかった、いいよ」



ーー



 12月24日。午後1時。


「真理なら、急用があるって出て行ったわよ」


 昼食のハンバーガーを食べているときに、卯月さんが言った。


「…………え」


「悪かったわね。言うのが遅くなって」


「い、いつですか? 真理ちゃんが出て行ったの」


「今朝の10時前ぐらいね」


「いつ戻ってくるって言ってましたか?」


「さあ。イベント中は戻ってこれないかもって言ってたわ」


「……え、うそ……」


「ちょっと! どこに行くの?」


 卯月さんが私の右手を掴んだ。


「…………離してください。探しに行かないと」


「なに言ってるの? 用事が終わったら戻ってくるわよ」


「……そう、なんでしょうか?」


「大丈夫よ」


「一応……電話してきます」


 少し離れたところで電話をかけた。


 ……繋がらない。


 メッセージを送っても返信がない。


「……」


 イベントの配信は、21時に一度終わる。


 その後は自由時間だ。


 抜け出して真理ちゃんを探しに行く。


 明日は無理を言ってお休みを貰ってある、絶対に見つけ出さないと。



 けれど、気がつくと、私は体を揺すられていた。


「おい、起きろよ」


「…………え? あれ?」


 意識が覚醒する。


 ……え? 私、いつの間に寝てた?


 まだ配信の時間のはずだ。


「……え? 真っ暗?……」


「起きろって」


 見上げると、暗闇の中に、スマホのライトが点いていて、ぼんやりと顔が見えた。


「……一橋……さん?……」


「こっちだ」


「……きゃ!」


 考えていると、急に持ち上げられた。


「な、なに?」


「黙ってろ」


 ガチャッとドアが開く音がして、そのまま私はひょいと放り込まれた。


「いたっ!」


 ガチャリ。と鍵のかかる音がした。


「よし。これでゆっくり話が出来るな」


 ここは……おそらく私の部屋じゃない。 


 部屋の中も真っ暗だ。


「あの……何がどうなってるんですか? みんなは? 配信はどうなったんですか?」


「そりゃ眠らせたんだよ。その方がお前も話がしやすいだろ?」


「眠らせた?」


「みんなで食ってた弁当に、眠り薬を注射したんだよ。だからほら」


 そう言って、配信サイトをスマホで表示した。


【通信エラー】の表示が出ている。


 見ていると、パッと蛍光灯の明かりが点いた。


「チッ。誰か起きてたか……」


と、悪態をつく。


「……みんなを眠らせなくても……そんなことしなくても、話したいことがあれば言えば良いじゃないですか?」


 私が言うと、


「そんなことはどうでも良いんだよ天満梨花。それより真理はどこだ?」


「え? 真理ちゃん?」


「そうだよ。木下真理の姿が見えない。あいつはどこにいる?」


「……私も、探しています」


「ウソつくんじゃねえよ」


「嘘じゃありません」


 私は、スマホでのやりとりの履歴を一橋さんに見せた。


「……は。なんだお前。真理に関係切られたのか?」


「違います」


「じゃあアイツはどこにいるんだよ!」


「一橋さん。一橋さんの狙いはこれですよね?」


 私はそう言って、真理ちゃんから貰った、鉄の下着の鍵を一橋さんに見せた。


 一橋さんは興味なさげに一瞥した後、


「なんだそりゃ」


「脱げない下着の鍵です」


「ふうん」


「ふうん……て、いらないんですか?」


「別にいらねえよ」


「え? どうしてですか? パンツ脱げなくて大変じゃないですか?」


「そうだな。おかげでずっと腹の調子が悪い」


「じゃあ、この鍵を差し上げます。だから、真理ちゃんにもう構わないでください」


「は? なんでお前にそんなこと指図されなきゃいけないんだよ」


「だったら、鍵は差し上げませんよ」


「いらねえよ。真理はどこだ?」


「なんで? どうしてそんなに真理ちゃんを探すんですか?」


「お前に関係ないだろ」


「あります。彼女は友達なので」


「俺だってそうだよ」


 そんなわけない。


「何をするつもりですか? 真理ちゃんには時間が無いんです。放っておいてください」


「知ってるよ。明日だろ? あいつは明日死ぬと思ってる。だか、俺とすれば数字が増えるんだろ? だったら今追い詰めればヤレるだろ?」


「そんなに……真理ちゃんとしたいんですか?」


「当たり前だろうがよ。ずっとお預けさせられてたんだ」


「お預け?」


「そうだよ。天満梨花。俺にはな、たった一つだけ楽しみがあった。一つ。たった一つだ。それは、学校のクラスの一番前の席に座ることだ。先生に目が悪いと言えばすぐに前にしてくれる。だが……どうしてだと思う? なぜ俺が、わざわざクラスの一番前に座りたがる? 理由は何だ? 答えてみろ、天満梨花」


「そんなの…………わかりません」


「だろうな。仕方がないよ。お前は特に、馬鹿そうな顔をしているからな」


「……」


「一番前の席って言うのはな。生き方が不自由で、要領が悪く、友達も作れない、可哀想な寂しい女が座る場所なんだよ。寂しい女はオトしやすい」


「……?」


「だから俺は、オトした女を利用して、クラスをめちゃくちゃにするのが、唯一の楽しみだったんだよ。中学の時は毎年クラス替えがあった。それで三年間毎年楽しめた」


「……」


「高校に入って最初のクラス。一番前の俺の隣に座ったのはあいつだった。木下真理だ。最高の身体をしてやがった。ヒュウ。俺は神に感謝した」


「……」


「だが最悪だった。木下真理は、俺の隣に座ったくせに男がいたんだよ。しかも入学式の日、俺に何の断りもなく、俺の前を2人で横切りやがった。しかも男と2人で喋りながらだ。最悪に最悪を上塗りしている。俺は決めたんだよ。こいつらを地獄に落とすってな」


「……そんな……理由で?」


「そんな理由だと? お前。今。そんな理由と言ったのか? 殺すぞ? だが笑える話がある。木下真理。こいつ、入学初日に俺に告白してきたんだぜ? うけるよな。だから振ってやったんだよ。そしたらアイツ、目を丸くして驚いてたぜ」


『大丈夫ですか!? 天満さん!?』


 ドアの外からの声。優太さんの声だ。


 助けを求めるべきかな。


 でも、私はまだ聞いておきたいことがあった。


「ん? この声、優太か? ハハッ。あいつ、来てたのかよ。真理と真央の次はお前かよ。本当に手当たり次第だな。真理も何でこんな奴が好きなんだか。全然わからねえよ」


「一橋さんは……もしかして……」


「あ? なんだよ」


 たぶん、一橋達也さんは……、


「優太さんが、お嫌いなんですか?」


 真理ちゃんの事が、好きなんですね。


「当たり前だろ。見てるだけでイライラする」


 イライラするのは、真理ちゃんが優太さんしか見てないから。


 だから優太さんに強く当たってる。


 とても歪んだやり方だ。


「お前が真理を知らないなら、助けを呼ばせれば戻ってくるだろ」


「助け?」


「お前が助けを求めれば、真理はすっ飛んでくるだろ」


「それは、一橋さんが私を脅して電話をかけさせるって事ですか?」


「それ以外に何があるんだよ。アイドルだから、顔を中心にぶん殴ってやるよ」


 どうしてそんなやり方しかないんだろう。


「悲しいです」


「は? なんだよその反応」


「例え拒絶されるとわかっていても、好きなら好きって言えば良いんですよ。どうしてそんなこともわからないんですか?」


「じゃあお前にもわからせてやるよ」


 そう言って彼は、私の口を片腕で塞いで、近くにあったベッドに押し倒した。


「お前をぐちゃぐちゃに犯した後で、撮った写真を真理に送りつける。そしたらお前も真理もすごく悲しいだろ?」


「……そうですね」


「なんで泣いてんだよ。きもちわりい女だな」


 私は鍵を奪われた。


 カチャリと彼の下着が脱げた。


「……真理ちゃんが悲しみますよ?」


「だからそれが目的だって言ってんだろ?」


「好きな人を、悲しませてどうするんですか?」


「はあ? ついに頭おかしくなったのか?」


「じゃあどうしてそこまで真理ちゃんに詳しいんですか? 嫌いな人の事を、普通はそこまで詳しくなれませんよ。やっぱりあなたは真理ちゃんのことが好きなんですよ」


 そう言うと、一橋さんは目をスッと細めて、


「黙れ。女」


 有無を言わさない態度だった。


「叫びますよ」


「好きにしろよ。誰かが助けに来た頃には手遅れだ」


 手が伸びてきて、私の身体を掴んだ。


「やめてっ!」


 逃げようとしても、力が強くて逃げられない。


 意外なほどに、簡単に服が破けた。


 腕をぐいとひっぱられて、ベッドの上に、引きずり込まれた。


 逃げようとしたけど、上にのしかかられて、息が出来ない。


 自由に体を動かせない。


 動かれる度に、あちこちに痛みが走る。


 痛い。


 重い。痛い。


 もぞもぞと動かれていたが、ふいに密着していた体が離れた。


 動ける!


 そう思って逃げようとしたけど、


「逃がさねえよ」


 髪を引っ張られて、引きずり戻されて、腹部を思い切り殴られた。


 あまりの痛みで動けない。


 さらに、もう一度殴られた。


 痛い。痛い。もうやめて。


「泣いてんのか? 泣いたら止めてくれるとでも思ったのか? アイドルって顔が大事だよね? 今、念入りに殴ってあげるね」


 顔を殴られる!


 そう思って、顔をかばうと、


「ぎゃあああああああ!!!」


 突然、一橋さんが絶叫して、


 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!


 警報器が鳴って、体に冷たいものがかかった。


 え……何……?


「離れろ! 一橋っ!!」


 バンッと部屋のドアが開く音がして、誰かが部屋に入ってきた。



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