第58話 違和感



 倒れてきた一橋達也をおしのけて、私は立ちあがった。


 ……痛い。


 あちこちに擦り傷が出来ている。


 服もドロだらけだ。


 私はポケットからスマホを取り出して、さっきから鳴っている着信音をけした。


 警察を呼べば、すぐに釈放されるにしても、きっとコイツは逮捕される。


 私はそのまま電話アプリを開き1・1・0と順番に押した。


 最後に発信ボタンを押すだけだ。


 押そうとして、ピタリと指が止まった。



 ……おかしい。



 私は顔を上げ、あたりをぐるりと見回した。


 何もない。


 具体的に何がおかしいのかわからない。


 けど、とにかくおかしい。


 雰囲気というか。


 空気感が。


 ……。


 ……。


 ……私の感が告げていた。



 『早く逃げろ』



 ここでコイツが逮捕されれば、全てに片がつくかもしれない。


 これで終わらせられる。


 やっぱり警察を呼ぼう。すぐに済む。


 両親は嫌な顔をするだろうけど、それは仕方ない。




『いやあ。しかし満足したよ。真理。ありがとうな。そうか。死んだか。いやあこんなに早く死んでくれるとは思ってなかったよ』

『別に。気にくわなかったし、目に止まったから』



 ……こんな奴……だっただろうか。


 ふと。


 そんなことを思った。


 1回目の時、こいつはもっと、私にとって恐怖の対象だった。理解できなかった。


 けど2回目になって、こいつは妙に怒ったり、感情をあらわにしている。理解できる。


 私が勝ち続けているからだといわれたら、そうなのかも知れない。


 コイツを理解しようと思ったからなのかもしれない。


 わずかな違和感。


 本当に、とても本当にわずかな違和感だ。


 でももし。


 もし全部が演技だったとしたら?


 全部が私をハメる為の罠だったとしたら?


1回目の時、コイツは優太君を殺す為に、時間をかけて私を落とした。


では今は?


 ……。


 私はスマホをポケットにしまい、振り返って走り出した。


 早く。


 早くこの場を立ち去らなきゃ。


「おい! まてよ!」


 茂みから知らない男が飛び出して、私の前に立ちふさがった。


 髪型がウニみたいに立っている。


 私は警棒を、上段から思い切り振り下ろす。


「いぎゃぁあ!!」


 男の顔にヒットして、男は叫び声をあげて倒れた。


 走れ。


 走れ。走れ。走れ。


 私はスマホを使って優太君を呼び出すと、着信音が聞こえた。


 近い。あっちか。


「優太君! 走って!」


 私を探している優太君を見つけ、私は大声を出した。


「あ、真理? 良かった。探してたんだよ」


 さっきからずっと電話鳴らしてくれてたよね。


 知ってるよ。


「いいから早く!! 自転車まで走って!!」


 私は落ちていたスポーツバッグを拾い上げ、自転車置き場まで急いだ。


「ごめんね優太君。事情は後で話すから!」


 自転車を全力でこいだ。


 油断していた。


 うまくやれていると思っていた。


 あいつが、こんな簡単に底を見せるはずがない。

 

 気付けて良かった。


「真理。大丈夫?」


 心配する優太君に、私はトイレに行きたかったと説明した。


 雑な言い訳だったけど、優太君は信じてくれたようだった。



 私は次の日、生徒会室に飛び込んだ。






☆手のひらの数字が0になるまで……『295日』

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