第59話 出自
本日1回目の更新です。2回目は12時ごろ、3回目は夜の20~22時頃を予定しております。この3話にて第二部完結となります。
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久しぶりの生徒会長室は、雰囲気ががらりと変わっていた。
最初に訪れた時は、もっと物がなくてガランとした雰囲気だった。
「あら。珍しいわね。どうしたの?」
笑顔で出迎えてくれたのは、現・生徒会長の一橋葵さんだ。
「葵さん。お話があります」
「とりあえず座ったら?」
「ありがとうございます」
私はスポーツバッグを背中側において、ソファーに浅く座った。
「それで? 話って?」
私は、昨日あったことを細かく話した。
「……それは大変な目にあったわね」
葵さんは近づいて来て私の隣に座ると、両腕で私をギュッと抱きしめた。
「もう大丈夫よ、真理ちゃん」
最初の時もこうだった。
私が金属バットで元野球部室の窓を割ろうとしたときも、生徒会長の一橋王馬さんが、
「なぜあんなことをしたの?」
と質問してきたのに対し、葵さんは
「もう大丈夫よ」
と言ってハグしてくれた。
もう安心感しかない。
そして、すごくいい匂いがする。
「怪我はなかった?」
「怪我は……擦り傷ぐらいです」
「そう。本当に良かったわ」
「はい。ありがとうございます」
「それで、どんな事が聞きたいの?」
「一橋達也についてです。生徒会で把握している範囲で、あいつのここ数カ月の動きを教えてもらえませんか?」
「生徒会が把握しているのは、コミュニティの書き込みが全てよ。他には情報は入って来てないわ」
「そうですか……」
じゃあ。情報な何もなしか。
「真理ちゃんは、一橋達也の出自に関しては知ってるた?」
「出自?」
「生まれた家とか、どこの学校を出たとか」
「あ。そう言うのは全然……」
「じゃあ知っておいた方がいいかもね」
葵さんは机から封筒を取りだして来て、私の前に置いた。
「これは?」
「出してみて」
中にはA4で印刷された文書が何枚も入っていた。
一番上には『一橋食品』の文字。
誰でも知っている超有名な食品会社の名前だった。
「一橋達也の祖父が、一橋食品の創業者の一橋貫太郎なのよ」
「え」
「そう。一橋達也は実はものすごいお坊ちゃんなのよ」
「そうだったんですね。お金持ちだとは思ってたけど……そこまでとは」
「一橋達也は、中学までは大学付属のエスカレーター式の学校に通ってたの」
「……」
あまり興味のない話題だった。
とりあえず相槌を打つ。
「でも高校には進めなかったの。中学から高校までの進学率がほぼ100%の学校だったのにも関わらずよ。そして、しかたなくうちの高校に来たのよ」
「……それほど馬鹿だったって事ですよね? 成績が悪すぎて進めなかったと」
「ちがうわ。問題を起こしたのよ。恐喝や強姦などでね」
「……」
昔からだったのか。
「でも、これらの事件は全て、一部の人たちが知るだけで、ニュースや新聞には小さく取り扱われただけだったわ。一部の人が騒いだけど、すぐに騒ぎは沈静化した」
「え、どうしてですか?」
「クラスメイトや学校教師などの関係者は一時期羽振りが良かったそうよ。被害者なんかは豪邸を建てたの」
「……お金の力で黙らせたってことですか?」
「おそらくね。だから、関係者に当時の話を聞いても誰も喋ってくれないわよ」
「え。じゃあ葵さんはどうやって知ったんですか?」
「被害者は私の親友だったのよ。ただそれだけ」
「……そうだったんですか。じゃあ昔から一橋達也を知ってたんですか?」
「名前だけはね。彼女を退学に追い込んだ男だと気付いたのは最近よ」
「そうでしたか」
退学……。
何があったかを聞くのは、はばかられる雰囲気だった。
「真理ちゃんも十分に気を付けてね」
「あ、はい」
「うちの教師は、全員敵だと思った方がいいわよ」
「え?」
「去年と今年、この学校にあり得ないぐらいの多額の寄付がされてる」
「それって、やっぱり一橋家からですか?」
「ええ。そして去年から、教師陣の給与が倍になったそうよ。学食が美味しくなったのも去年。教師が年に一回海外旅行にいくようになったのも去年。新しい校舎を建て始めたのも去年。コンピューター室のパソコンが最新型になったのも去年よ」
「……」
「この状況で、一橋達也がレイプ事件を起こしたらどうなると思う?」
「ふつうは退学ですよね」
「……普通はね」
「……」
「ま。たらればの話をしても仕方ないわね。とにかく行動には十分に気を付けて。なにが起きても不思議じゃないわ」
「……わかりました」
「何かあるまえに、必ず私に相談して」
「ありがとうございます。それと、来月から新入生も入ってきますよね?」
「ええ。教師が味方しているとすれば、ヤツにとっては格好の狩場になるでしょうね」
「新1年生に、速やかにコミュニティを広める必要がありますね」
「実は、そこが問題なのよ」
「問題?」
「実は、皆がコミュニティのツールを使わなくなって来てるのよ。皆、飽きちゃったみたいなのよね」
「去年はどうしてたんですか? 王馬さんの時は」
「兄さんは、カリスマ的に女子の人気があったから、時々『みんな元気してる?』とか書き込むだけで人が集まったんだけど、私はそうじゃないから」
「……」
女子が活発にやり取りをしそうなコンテンツを用意する必要があるのか。
「葵さん。コミュニティの件なんですが、私に考えがあるので、任せてもらっていいですか?」
「え? いいけど。何をするの?」
梨花ちゃんに付きまとっている男性アイドルがいたはずだ。
そいつを利用できないだろうか。
4月。
梨花ちゃんに『背負い投げ☆スターズ』というアイドルユニットの石川健太郎を紹介してもらった。
すごくお喋りで、自分が大好きで、梨花ちゃんが苦手そうなタイプだった。
でも、梨花ちゃんは『あまり売れていないアイドル』と言っていたけど、調べてみたら結構人気のあるアイドルだった。
嬉しい誤算だ。
さっそく生徒会に働きかけて、秋の文化祭で呼んで貰うように手配した。
すぐに秋の文化祭に『背負い投げ☆スターズ』が来ると学校中の噂になった。
私は『背負い投げ☆スターズ』のポスターを学校中に貼った。
ポスターにはQRコードがついていて、それを読み込むと『背負い投げ☆スターズ』のアメニティプレゼントのページが表示される。
配布場所は生徒会室にさせてもらった。
生徒会室にやって来た女子生徒には、一橋達也コミュニティを広めて貰うのを条件に、もれなく『石川健太郎自宅ツアー』と称して、アイドルの自宅に押し掛けた。
最初は怒り狂っていた『石川健太郎』だけど、実際に女子生徒が遊びに行くと鼻の下を伸ばしていた。
満足そうで良かった。
けれど問題もあった。
「おい、なら梨花とデートさせろよ」
石川健太郎が条件を出してきたのだ。
「いいよ」
もちろん私は承諾した。
ごめんね梨花ちゃん。
勝手にデートの約束した。
―
ある日の昼。
私がせっせと『背負い投げ☆スターズ』のポスターを貼っていると、突然、後ろから声をかけられた。
「ちょ、ちょっと待ってくだされ! 木下氏!」
振り返ると、クラスメイトの黒鉄刹那(くろがね せつな)さんが立っていた。
「どうしたの? 黒鉄さん」
「このポスターの出所は、木下氏であったか」
「え、うん。そうだけど……」
「実は我は『せお☆スタ』が三度の飯より好きな変態なのであるが、木下氏もそうであったか」
「え、なに? どういうこと?」
「いやなに。秋の文化祭に『せお☆スタ』が来るという噂を聞きつけてな。学内にイシケン好きをアピールする女がいると聞きつけて、探しておったのだよ」
「?」
「しかしまさか、同志が同じクラスだったとはな。同志木下よ。今日は夜まで語り明かそうではないか」
「ちょ、ちょっと待って。別に好きをアピールしてたわけじゃないよ」
「同志木下。我がこの世界で一番大切にしているものがある。それは何だと思う?」
「え。なんだろ。食料とか?」
「カップリングである」
「カップリング?」
「む。カップリングを知らぬか。では我が教えてしんぜよう。木下氏は誰が『推し』なのだ?」
「推しっていうと、好きなキャラクターとか有名人の事だよね?」
「辞書の言葉を引用すれば『人にすすめたいほど気に入っている人や物』という意味になるな」
「人にすすめたいほど気に入っている人や物……」
「うむ。そう言う存在が、我にとっては『せお☆スタ』の『イシケン』こと石川健太郎氏なのであるが、木下氏にとってはどうなのだ?」
「それって身近な人でもいいの?」
「もちろんだ。大事なのは人にお勧めしたい位好きなのかどうかなのだよ」
「もちろんしたい」
「どれぐらいお勧めしたいのだ?」
「めちゃくちゃしたい」
「ならば、まずは語り合おうではないか木下氏よ。ノートに推しの特徴と好きな所をたくさん書いて集まろう」
「うん。いいね黒鉄さん」
「カップリングの事は、その後で話そうではないか」
「うん。詳しく教えてね。黒鉄さん」
私たちは、お互いの『推し』をお勧めしあった。
あとから、これってただの『付き合っている彼氏の自慢話』だよねとも思ったが、黒鉄さんは気にしていないようだった。
そしてカップリング。
自分の推しと、他の誰かを妄想の中でカップルにする禁断の奥義を、私は取得してしまった。
☆手のひらの数字が0になるまで……『229日』
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