第53話 生徒会







「30分以内に大田原町にある廃墟ビルまで来い。それ以上は、あさひがどうなってもしらねえぞ」


 一橋達也から電話で言われた時、私は違和感を感じた。


 それはもう、ほとんど勘のようなものだった。


 それは、こんな時間に廃墟ビル? というものだったり、廃墟ビルからの電話にしては、電話の音が全然響いてないな。というほんのささやかなものだった。


 でもやっぱり、あさひちゃんに手を出すつもりなら、廃墟ビルはおかしい。


 もっと手の出しやすい場所にするはずだ。


 誘拐犯とか、何かの取引じゃないんだから。


 嘘の可能性が高いと思った。


 一橋達也なら、私に絶望を味合わせたいはずだ。


 つまり「廃墟ビル? 間違った間違った。こっちだったわ。あと5分しかないけど間に合うのか?」位の事はやりかねない。


 けど、廃墟ビルに本当にいる可能性もある。


 私はすぐに警察に電話して「廃墟ビルに無理やり男に連れ込まれている女の子を見た。心配なので見に行って欲しい」と電話をした。


 これで見には行ってくれるはずだ。


 問題は、一橋達也があさひちゃんをどこに連れ込んでいるかだ。


 私が絶対に行けないような場所。


 一か所しか思いつかなかった。一橋達也の実家。


 ヤツの実家は、漫画で見るような大きな庭付きの屋敷だ。


 1回目の時は、裏口から入って彼の部屋に出入りしていた。


 暗証番号を入力すると扉が開くようになっていて、その番号はずっと同じものだった。


 迷ってる時間はあまりない。


 私はすぐに、卯月さんに電話した。


「またあいつ絡み? 仕方ないわね」


 卯月さんは不機嫌な声だったけど、協力してくれることになった。


 車で迎えに来てもらい、一橋達也の実家に向かう。


 すぐに降りて、卯月さんには屋敷の外で車で待機してもらった。


 暗証番号を入力すると、扉が開いた。1回目の時と変わっていない。


 ヤツの部屋を覗き込むと、カーテンの隙間からあさひちゃんが確認できた。


 卯月さんにショートメールを送る。


【木下真理:あさひちゃんがいました。10分しても連絡がなかったら警察に電話してください】


 次のショートメールを送れるように準備をして、私は窓ガラスを割って中に入った。


 まだ30分経っていないはずなのに、一橋達也はあさひちゃんに覆いかぶさっていた。


 部屋の時計の時刻が少し進んでいたので、時計の時間をいじって30分経過したように見せかけたのかもしれない。


 どこまでも小さい人間だ。


 私は金属バットで殴ろうとしたが避けられてしまう。


 私の作戦はこうだ。


 このままあさひちゃんを助けても、ヤツはまた同じような事を繰り返すだろう。


 だから抑止力となるようなものが必要だった。


 私は『一橋達也が優太君を殺してもいい位に邪魔に思う可能性がある』ことを知っている。


 だから逆に、一橋達也がしそうなことを先に私がするのだ。


 彼がした事を超える形で。


 だから「優太君を自殺に追い込む」ための提案をした。


 本気でやらないと、ヤツには看破される。


 そもそも信じてもらえない可能性もある。


 だから本気で考えた。どうしたら優太君が自殺するか。


 優太君が私を大好きになった状態で、私と一橋達也が浮気して、その証拠の動画を優太君に見せる。


 実行したら、優太君はきっと自殺してくれる。


 ……自分で考えておいて吐きそうになった。



 けれど、この計画は実行するつもりはない。


 来年の冬。12月24日には私の手の平の数字が0になる。

 

 きっと私は死んでるはずだ。それで逃げ切る。


 後は、卯月さんや梨花ちゃんに頼んで優太君を保護してもらえばいい。


 私という弱点がなくなれば、優太君が苦しむことはもうなくなるはずだから。


 一橋達也にこの話をすると、信じてるような、信じていないような返答だった。


 でもとりあえず約束をさせることは出来た。


 その時、予想外にも、あさひちゃんが手伝ってくれた。


 気になることを言っていた。

 

―醤油の件で、優太さんをもっと後悔させたいって思ってるんじゃないんですか?-


 醤油の件ってなんだろ?


 後からあさひちゃんに聞くと、入学式の日の出来事だと教えてくれた。夢で見て思い出したのだと。


 あさひちゃんの語った夢の話は、まるで1回目にあった出来事そのものだった。


 気になることも言っていた。


 部屋に乱入してきた女の人が話していた内容。


「……まぁいいか。あとで追いかければ」


 私は、そんな人に追いかけられた記憶はない。見つからなかっただけなのかな?

 

 名前だけは覚えておこう『砂氏白子』ちょっと変わった名前だ。


 さらに、あさひちゃんの夢では、一橋達也が沢山の女の子と関係を持っていたそうだ。


 少し考えればわかる事だった。


 ヤツの被害者が、私とあさひちゃんだけのはずがないのだ。



 なので、


 私は、次の日から行動を起こした。


「せんせー!! こっちです! 早く! 体育倉庫に男子と女子が!! 何かいけない事してるみたいです!!」


 私が叫ぶと、上着を抱えた一橋達也が、悪態をつきながら走って体育倉庫から出ていくのが見えた。


 私は茂みから這い出して、体育倉庫に入った。


 着衣が乱れた女の子が呆然としている。


 同意の上じゃないのは明らかだった。


 うちのクラスの子だ。


 たしか周防さんだったかと思う。


「もう大丈夫だよ」


 私が声をかけると、


「……うっ……ひっ……」


 私の顔を見て安堵したのか、彼女は泣き出してしまった。


 私はギュッと抱きしめて、彼女が落ち着くのを待った。


 

 ガンガンガンガン!!


 また別の日には、非常階段の下で女子と何かをしようとしていたので、金属バットで非常階段を叩きながら降りると、女子が逃げていった。


 顔は見たので、あとから彼女に事情を聞いた。



 一橋達也は表向きは性格も顔もほどほどに良く、金があるので金払いもよく、体も筋肉質なので、けっこうモテるようだった。


 とくに表の性格は『見かけは怖いけど、話すといい人』だったので、こういうギャップがハマる人はハマる。


 

 放課後は、あさひちゃんと手分けして一橋達也の後をつけまわした。


 ヤツは誰かを付け回すのは慣れているが、つけ回されるのは慣れていないようだった。


 まったく気づく様子がない。


 馬鹿め。


「あの部屋です!! 急いでください!」


 カラオケボックスで、ヤツが女子を空き部屋に連れ込んだのを確認してから、私は店員を呼んだ。


「お客さん! 何してるんですか!!」


 よし。今のうちに警察も呼んでおこう。


 別の店員に声をかけて、警察を呼んでもらった。


 様子を見つつ、連れ込まれた女子が部屋から出て来るのを見計らって声をかけた。


 彼女もまた被害者だった。同意がない事の多さに驚きを隠せない。



 次の日、ヤツは普通に登校してきたので、警察からはうまく逃げおおせたようだ。


 非常に残念だ。昨日からニュースをずっとチェックしていたのが無駄になった。


「真理お姉さま。今日はどうするんですか?」


 あさひちゃんが聞いて来る。


「そういえばあさひちゃん。同学年なんだから、お姉さまはおかしいと思うよ」


 私が言うと、


「私、早生まれなので、だいたい年上なんです。だからお姉さまで間違ってないです」


「そうなんだ」

 

「はい。4月1日生まれです」


 まあいいか。


「今日はね。ヤツの行動を制限するための罠をはるよ」


「罠ですか?」


「うん」


 学校で、一橋達也が女子を連れ込む場所はいくつかある。


 逆に言えばいくつかしかない。


 そのいくつかの場所に、行きたくなくなるような仕掛けをする。


 それは『腐った野菜』だったり『嫌なにおいのする芳香剤』だったりする。


 全部を潰してしまうと、行動が読めなくなってしまうので、体育倉庫と非常階段の下を残して、他の場所全部に『腐った野菜』と『嫌なにおいのする芳香剤』を設置する。


 そして最後に、元野球部室は、有名なヤリ部屋になっていることもあるので、人が寄り付かないようにしておきたかった


 とりあえず窓ガラスを全部割った後、腐った野菜をまいておけば、使う輩は減るはずだ。


「ちょっと待った。何しようとしてるの?」


 背後から声がかかった。


 金属バットを上段に構えたまま、あさひちゃんと一緒に振り返った。


「生徒会執行委員の一橋 葵です。少し、お話させてもらってもいいかな?」


 生徒会だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る