第52話 side 夕立あさひ part.2

 


 真理さんの金属バットの一撃を、一橋達也は私を使ってガードしようとした。


 金属バットが目の前に迫り、思わずギュッと目を瞑る。


 痛みは……来ない。


 金属バットが目の前でピタリと止められている。


 私はポイっと捨てられた。


 ……痛い。


「てめぇ……こんな事して……ただで済むと思ってんじゃねえだろうな……木下真理」


 ゆっくりと立ち上がる一橋達也に対し、真理さんはバットを構えなおした。


「あなたこそ、人を拉致監禁しておいて、ただで済むと思ってないわよね? 今もうここに警察向かってるから」


「ははは。やっぱ女は馬鹿だなあ。警察ぐらいで俺が捕まるとでも思ってんのかよ?」


「はあ?」


「それよりどうやってここに侵入した? 暗証番号がわからないと入れないはずだぞ」


「妖精さんが教えてくれたのよ。日頃の行いよね」


「俺は廃墟ビルに呼び出したはずだぞ。なんでここにいる? なんで俺の家の住所を知ってる?」


「ねえ。何でもかんでも教えて貰わないと気が済まない赤ちゃんなの? 赤ちゃん言葉で話してあげようか? ばぶばぶでちゅねー」


「後悔させてやるよ。木下真理」


「あさひちゃん。待っててね。もうすぐ助けるからね」


「逃がすと思ってんのかよ。お前にぴったりの武器を用意しておいたんだよ」


 一橋達也は、棚の上から何かを手に取ると、ソレをぶんっと振った。


「警棒……?」


「ただの警棒じゃねえぞ。20万ボルトの電流が流れる。お前がこれを食らっても意識を保てるか、たのしみだなぁ。木下真理」


「え。怖い……」


 そう言って、ススッと窓のあたりまで後ろに下がる真理さん。


「へっ! その手はくわねえぞ。窓のとこに誰か隠れてるんだろ?」


「まさか。誰もいないよ」


 そう言って、窓のカーテンをひらひらさせる真理さん。


「ふんっ。お仲間は何人だ? せいぜい1人か2人だろ」


「しつこいな。だったら調べれば良いでしょ?」


「だからその手は食うかよ」


 じりじりとしたにらみ合いが続く。


 仲間……いるんだろうか?


 もし、いなかったら?


 20万ボルトの電流は、きっと真理さんの意識を奪ってしまう。


 真理さんのきれいな肌に、火傷のような跡が残ってしまうかもしれない。


 意識を奪われた真理さんに、一橋達也は何をするのか。


 夢の中の彼女達を思い出してゾッとする。


 真理さんが一橋達也を求めるようになったら?


 私は大声を上げて、一橋達也の足にしがみついた。


「てめぇ! 離れろよ!! クソが!」


 足蹴にされて、頭を何度も蹴られた。


 離れない。


 何があっても。絶対に離れない。



「ってえ!」


 私を振り払おうとする動きがピタリと止まった。

 

 私はギュッと瞑っていた目を、ゆっくりと開けた。


 真理さんが、地面に落ちた何かを拾っている。警棒だ。


「……良いもの見つけちゃった」


 真理さんの声。警棒を触り、


「このスイッチをONにすればいいのかな……」


「おい。やめろ……」


 私がしがみついてる事も忘れ、一橋達也は後ろに逃げようとする。


「これで顔を殴ったら、とっても痛いんだろうね」


「おいやめろ!!」


 一橋達也は、しゃがんだまま、顔をかばった。


 真理さんは、彼に警棒を突き付けて、


「ねえ。一橋達也。取引しない?」


「取引?」


「もう疲れたのよ。あんたがしつこくしてくるのに」


「わかった。もうしない。だからそれをおろせ」


「誰が信じるのよ。今回の事だって約束をやぶったわけだし」


「俺が悪かった。二度としない。信じて欲しい」


「……仕方ないわね。あさひちゃん。これ持っててもらっていい?」


「は、はい」


 真理さんから警棒を受け取る。


 さらに、真理さんはバットを床に置いて。


「これであんたが有利でしょ? ちょっとお話しましょうか」


「……余裕じゃねえか。木下真理。俺が襲い掛かったらどうするつもりだよ」


「そうさせない仕掛けはしてあるつもり」


「何してる?」


「そんなに警戒しないでよ。話がしたいだけなんだからさ」


「話? 何の話だ」


「もう私の邪魔はしないで」


「邪魔?」


「私には計画があるの……」


 真理さんは、ゆっくりと体を低くして、座っている一橋達也の目の高さに合わせる。


「計画だと?」


「桜田優太をズタズタになるまで追い込んで、自殺させる」


 え……?


 私は驚いて、真理さんを凝視する。


「……」


 一橋達也も黙って真理さんを見つめている。


「その計画に、あんたが邪魔なのよ。あんたは優太を追い込んで、私を後悔させるつもりなんでしょ? 私やあさひちゃんを寝取って優太を追い詰めて、苦しんでる姿を見せて後悔させたいんでしょ? それじゃ手ぬるいのよ」


「……何……言ってんだお前」


 一橋達也が、ポカンと口をあける。


「手を組みましょうよ、一橋達也」


 真理さんはニヤリと笑うと、


「桜田優太をぶっ壊す計画があるの」


「それを俺が信じると思うのか?」


「計画書を書いてきたわ。時間がなかったから箇条書きだけど。はい」


 ポケットをゴソゴソやって、真理さんは一橋達也に何かの紙を手渡した。


 真理さんを睨みつけた後、一橋は距離を置いて紙を見る。


 しばらく眺めていたが。


「お前……これ本気か?」


「計画は簡単よ。一年以上かけて桜田優太が私をもっともっと好きになるように仕向けるの。そうして桜田優太が私を大好きになった所で地獄に突き落とすのよ」


「俺が何で手伝うと思う? 俺はお前を後悔させるのが目的だぞ」


「別に、手伝えなんて言わないわよ。邪魔をするなって言ってるの。あんたが私とあさひちゃんを寝取るだけの単純な計画と、私の計画。どっちが優太を絶望に突き落とせると思う?」


「……」


 手が、震えていた。


 真理さんの左手。


 カタカタと、小さく震えている。


 私は近づいて、真理さんの左手をギュッと握りしめた。


「そうですよ。邪魔をしないでください」


 私は、警棒を左手で突き付けて、


「私と真理さんは、桜田優太をぶっ壊す計画を進行中なんです」


「ああ?」


 一橋達也が睨みつけて来る。心臓がバクバクとするが、私は大きく深呼吸する。


「て、手伝うんですか? 手伝わないんですか?」


「そんな茶番に付き合うつもりはねえよ。お前らを食って優太を後悔させるだけだ」


「いいんですか? 本当にいいんですか? 一橋さん。醤油の件で、優太さんをもっと後悔させたいって思ってるんじゃないんですか?」


「あ!? てめえが何でそれを知ってんだよ!!」


「いいんですか? 私たちに酷い事して、優太さんが大してダメージを受けなかったら、もう同じ手は使えないですよ? 次の手は考えてあるんですか? 本当にいいんですか?」


 私は一橋達也を睨みつける。


 同じように、一橋も私を睨んでいる。


 怖い。怖い怖い怖い。腰が引ける。


 真理さんが、私の右手をギュッと握り返してきてくれた。


 温かい。優しくて頼もしい手だ。


「どうするのよ。一橋達也」


「……半年だ。半年かけて優太を落とせ」


「駄目よ。一年以上必要。決行は来年の冬」


「へっ。時間稼ぎのつもりか? もしも約束が守られなかったら、俺がお前を壊すぞ」


「ご自由にどうぞ」


「優太が壊れた時のお前の顔も楽しみだなぁ」


「笑ってると思うわよ」


「……へっ。お前が優太を壊す理由は何だよ?」


 一橋の質問に、真理さんは、温度のない目で一橋を見つめると、


「ハエを追い払うのに、大した理由なんて必要ないでしょ?」


「……お前は狂ってやがるな」


「あんたほどじゃないわよ」


「どっちにしても見物だな。優太が壊れた後は、俺はお前を壊すぞ」

 

「ご自由にどうぞ。黙って壊されるつもりはないけどね。じゃあ行きましょ。あさひちゃん」


「おい! この部屋掃除していけよ!!」


「自業自得でしょ。次からは普通に呼び出しなさい。カフェとかにね」


 家まで送ってもらう事になった


 その道中。色々と質問された。醤油の件とか。何をされたのかとか。


 全部話した。


 不思議な夢を見たことも。


 真理さんが時間を作ってもっと話したいと言ってくれた。嬉しい。私も真理さんともっと一緒にいたい。


 私は家に送ってもらうまでの間、ずっと真理さんの左手を握ったままだった。


 あと、警棒は真理さんがしっかり持ち帰っていた。

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