第54話 もう何もできない





「おい! やってくれたな!!」

 

 一橋達也が、私の机の前までやって来た。


「……なんのこと?」


 私が言うと、


「そう言うと思ったぜ。てめえはよ」


 ヤツはそう言うと、写真を一枚取り出して机の上においた。


「これは探偵を雇って撮らせた写真だ。どうだ? 言い逃れできねえだろ?」


 私が一橋達也の後をつけている時の写真だ。黒パーカーにサングラスをしている。


 なかなか似合っていると思う。 


「誰?」


 私はとぼけたが、


「どう見てもお前だろうがよ。うちに金属バット持って侵入して来た時と、同じ格好だぞ」


「……」


「おい……何とか言ったらどうなんだよ? 人の後をコソコソつけまわしやがって、生徒会に告げ口してるのもてめえだろが? ……ただで済むと思うなよ」


「どうしたの真理?」

 

 心配して声をかけて来てくれたのは、クラスの田中香帆ちゃんだ。


「あ、うん。一橋君が何か話があるみたいなの」


「真理ちゃん? どうした?」


 楠香苗ちゃんも心配して来てくれた。


「一橋君が話があるみたいなんだ。私が一橋君の後をつけて来たんじゃないかってい」


「は? ありえないんだけど? いつ?」


と、田中香帆ちゃん。


「真理ちゃんはそんなことしないよ。証拠でもあるの?」


「なんだお前ら……証拠ならここにあるだろ」


 写真を突き付けられると、楠香苗ちゃんは写真を受け取って、ビリビリに破り捨てた。


「は!? お前!! 何してんだよっ!?」


「くだらないよね。こんなことする暇あったら勉強した方がいいよ。一橋君。あんまり成績良くないよね?」


「なになに? 揉め事っ!?」


 佐藤美月ちゃんだ。


「真理ちゃん? 大丈夫!? ちょっと! 何なんですか一橋さん?」


 琴原早苗ちゃん。


 6人、7人と女子が集まってきて、私の机の周りをぐるりと取り囲んだ。


「一橋君。なにか真理に用なの?」


 一番前の、神無月真美ちゃんが、一橋達也を睨みつけた。


「な、なんなんだよ。お前ら……」

 

 一つだけ言えるのは、一橋達也は、気付くのが遅すぎた。


 私が助けた女子と連絡先を交換し、私を中心としたコミュニティが出来あがった後、生徒会の全面的なバックアップを得て、今は現・生徒会長である一橋王馬を中心としたコミュニティに引き継がれ、校内の女子生徒のほとんどが、一橋達也の存在を危険だと認識している。


 一橋達也を敵として結束したコミュニティは、常に一橋達也を監視しており、彼が校内にいる間はほとんどリアルタイムで情報が入ってくる。


先生も公的組織も介入しないこのコミュニティには、一橋達也のプライベートや個人情報の意識など存在しない。


ただただ、コミュニティの敵として認識されて、存在を監視され続けている。


 誰かに何かがあれば、すぐに誰かが報告し、生徒会がすっ飛んでくる。


 彼の味方をする女子や、コミュニティに参加してくれない女子も、わずかにはいるものの、もうほとんどヤツは無力化されている状態だ。


 コミュニティの中には過激な連中もいる。


 人間は相手を敵だと認識すると、どこまでも残酷になれる生き物だ。

 

 一橋達也が、狩る側から狩られる側に変わるのも、時間の問題だろう。


一橋達也は学校で、もう何もできない。






時間は、瞬く間に過ぎていく。



 あっという間に年が明け、私は天満梨花ちゃんに報告をした。


「梨花ちゃん。あけましておめでとうございます」


「うん。あけましておめでとう。真理ちゃん」


「突然ですが、梨花ちゃんに報告があります」


「なになに? 改まって」


 今や人気アイドルの階段を駆け上がり中の彼女は、素顔で外を歩くと、結構な頻度で声をかけられる。


 なので今は、似合わないサングラスをかけている。


「年末ジャンボが当たりました」


「え……うそ……」


「本当です。G1レースで順調に増やしたお金を、1等が出た宝くじ売り場につぎ込んだら、なんと本当に1等が当たりました」


「え。いくら当たったの?」


「全部で12億円」


「……………………こわ」


「だよね! 私も怖い! どうしよう! 梨花ちゃん!!」


「どうしようって言われても………とりあえず貰わないとだよね」


「うん。でも、私の両親、宝くじとか嫌いだから換金にいけなさそうなんだよね」


「じゃあどうするの?」


「梨花ちゃんが貰ってくれないかな?」


「いやいや! むりむりむり」


「じゃあどうしよう……」


「卯月さんにお願いしてみる? 1億ぐらいよこせって言いそうだけど」


「え? 卯月さん。そう言う事も梨花ちゃんに言うようになったんだ」


「あれ。ってことは、真理ちゃんも知ってたの? 卯月さんの怖いバージョン」


「むしろ、そっちとしか話してないよ」


「もう! だったらちゃんと教えてよね! 初めて見た時、すっごい怖かったんだから!」


「どんなだったの?」


「アイドルデビューの話が来た時に、私がセンターボーカルだって言うから絶対嫌だってお断りしたの。そしたらもう、物陰に連れ込まれて『お前、断ったらわかってんだろうな?』みたいな」


「うわー。やりそう。さすが元ヤン」


「元ヤンなんだ。たしかにあの迫力はそうかも。怖くて思わず了承しちゃったよね」


「でも、良かったじゃない。すごい人気だよね『シシリリカ』」


「うん。おかげさまで」


「梨花ちゃん。もし良かったらさ。一緒にパーっと使ってくれないかな? このお金」


「なんで? 使う予定ないなら貯金しておきなよ。いつ必要になるかわかんないんだから」


「いや。っていうか1年切ったからもういいかな」

 

 そう言って、手のひらの数字を梨花ちゃんに見せた。


「数字が毎日、1つずつ減っていってるんだ。昔からなんだけど、あと356日なんだよ」


「……この数字が……減るの?」


「うん。毎日21時に減るんだ」


「0になるとどうなるの?」


「わかんない。けど、おばあちゃんは私を『長生きできない』って言ってた。だからたぶん、死ぬんじゃないかな」


「……」


「梨花ちゃん?」


「真理ちゃん。私、その話、聞いてないよ?」


「うん。言ってないからね」


 梨花ちゃんは、私の手のひらを見つめ続けていたが、


 次の瞬間、彼女は思わぬ行動をとった。


 パシン!


 私は思い切り、頬を叩かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る