第45話 4月4日 月曜日 はじまりの日
4月4日
週明けの月曜日。
クラスはまだ全員が入学したばかりと言うこともあり、様子見のような雰囲気で、帰るべきか、話しかけるべきか迷っているようだった。
「ね。あの人、けっこう良さげじゃない?」
隣の席の荒木真子ちゃんだ。
彼女の視線を追いかけて、一橋達也に行きつく。
「あれは……いや、どうだろ……」
前の記憶では、真子と一橋達也は付き合っていた。
どういう経緯で付き合ったのかは知らない。
入学して一番最初に仲の良くなった親友。
私は彼女を裏切り続けていた。
「そう? 体とか締まってて格好良くない?」
「うーん。あんまりいい噂きかないよ。あの人」
噂ではなくて、実体験なのだけど。
「どんな噂?」
「女好きだとか、なんかそういうの」
「それ、ちょっと詳しく聞かせてよ。私、荒木真子」
「私は木下真理。ごめん、今日はちょっと行く所があるんだ」
「そうなんだ。じゃあアドレス交換しようよ。IMしてる?」
「ごめん。別のSNSでもいい?」
IMは『きのりん』で登録してある。
変えればいいだけの話なんだけど、変えたくなかった。
アドレスを交換した人に、理由を聞かれるのも嫌だった。
「いいよ。でもIM便利だよ? 無料通話もできるし」
「そう言うことする友達あんまりいないんだ」
「意外。真理さんってモテそうなタイプなのに」
「ありがと。真子は友達多そうだね」
「無駄に多くてもいい事ないよ」
「そう? 羨ましいよ」
「ありがとう。じゃああとで連絡するね」
「うん」
帰ろうと立ち上がると、
「真理。帰ろう」
優太君からの帰宅のお誘いがある。
「ごめん。いくとこあるから」
私は、これから廃部になった野球部の部室に向かわなくてはいけない。
「そっか。気を付けてね」
「うん。ありがとう」
手をふって優太君と別れる。
そんな悲しそうな顔しないでよ。
家が隣なんだから、会おうと思えばいつでもあえるでしょ?
「おい。すぐ行くから待ってろよ」
教室を出ようとする私に、一橋達也がすれ違いざまに呟いた。
「……うん。わかった」
今後、コイツがいることで、優太君との関係が非常に難しい。
このままの距離感で良いのか、それとももっと離れた方が良いのか。
あまり迷っている時間はない。
一橋達也は優太君を「目にとまったハエ」と表現していた。
ブンブン飛び回ってうるさいと。
だから潰したと。
ひっかかるのはそこだ。
優太君は大人しい。クラスで友達だって作っていなかった。
孤立してたわけじゃない。
優太君は一人が好きで、孤独を愛していたのだ。
彼はどこをどう見ても「飛び回るハエ」じゃない。
何かある。
けれど、それが何かはわからない。
もう少し興味を持っておくべきだった。
なぜ優太君を毛嫌いしていたのか。目の敵にしていたのか。
きっと、そこには何か理由があるはずだ。
「……着いた」
入り口の少し手前にある【立ち入り禁止】の看板を片付ける。
私は中に入り、一橋達也が来るのを待った。
……しばらくスマホゲームで時間を潰して待っていると、どうやら来たようだった。
音でわかった。
私は入り口に近づいて、扉を開けて、彼がいることを確認する。
……うまく落ちている。
土日で掘った落とし穴に。
水道の蛇口にホースをつなげて、ハンドルを捻る。
ジョボジョボと、錆びた茶色の水が出始める。
今日は例年よりも冷え込んでいるらしく、4月にしてはずいぶんと寒い。
私は防水と防寒をかねて、皮手袋をつけて黒いパーカーとパンツ。サングラスとマスクとつけている。
上級生に話を聞いたところ、ここは男女のヤリ場として有名で治安が悪く、一般生徒があまりちかづかないのだとか。
だから多少大きな声とかが聞こえても「ああ、またやってるのか」と生徒たちはさらに離れていくのだとか。
……だから時間はたっぷりある。
私は、水が出ているホースを穴に垂らして固定すると、持ってきていたスポーツバッグからスポーツ用品を取り出す。
そう、金属バットだ。
野球部にとてもふさわしい。
私はこれからここで、モグラ叩きを行う。
穴から出て来たモグラを退治するシンプルなゲームだ。
私に残された時間はあと『629』日。
―
『土日に手を貸して欲しい? 土曜日って明日だよね?』
金曜の夜に、私は梨花ちゃんに電話をかけた。
「ちょっと大きな穴を掘りたいんだよね。縦に異様に長い穴で、出来るだけ深く掘りたい」
『何のために?』
私は梨花ちゃんに、計画の全容を話す。
「……でも、やりすぎかな? 人を穴に落とすとか」
私は不安になって梨花ちゃんに尋ねる。
『でも、なにかしないと真理ちゃんが襲われちゃうんだよね?』
「たぶん」
『だったら自己防衛だよ。仕方のない事だよ』
「だよね。梨花ちゃんならそう言ってくれると思ってた」
『うん。手伝うよ。男の人が良いよね?』
「うん。明日、先週のG1レースで稼いだお金で工具を買いに行こうと思うんだけど、掘削機とかってどこに売ってるのかな?」
優太君が昔、馬のふりをした女の子が一生懸命に走るゲームをしていたことで、私はよく競馬ニュースをチェックするようになっていた。
ゲームキャラの名前の馬の子供がいたり、孫がいたり、調べると結構面白い。
さらに大きな賞でどの馬が勝ったとか、SNSにはかならず流れて来ていた。
ちゃんと読むと面白いもので、42番の馬が勝つと、誰々が4月2日生まれだったからだとか、こじつけのようなものが多くて読んでいて楽しい。
だから私は覚えていた馬の名前に全額をつっこんだのだ。
そして勝った。
もちろん高校生では買えないので、梨花ちゃんのお母さんについてきてもらった。
『掘削機はわかんないよ』
「じゃあスコップでいいかな」
梨花ちゃんが用意してくれた男手は、最近、梨花ちゃんに付きまとってきている売れないアイドルグループ『背負い投げ☆スターズ』通称、セオスタのメンバーだった。
それがまた、ちょっとしたトラブルを生むのだけど、それはまた別のお話だ。
―
翌々日の4月7日の木曜日。
「おい、てめえ。木下真理」
昨日、一昨日と、なぜか二日も学校を休んだ一橋達也が、朝から私の机にやって来た。
「どうしたの? そういえば、どうして来なかったの? 一昨日」
「ふざけんじゃねえぞ。てめえだろ。バットでボコスカ殴ってきやがったのは」
「バットって?」
「てめえ。殺すぞ」
「もうすぐ朝礼だよ。早く席に着いた方が良いって」
「てめえは絶対に許さねえ。泣いて謝らせて、精神ぶっ壊れるまで追い詰めてやるからな」
「どうするつもり?」
「お前。幼なじみと仲がいいんだってなぁ? 桜田優太君? だっけか? あいつをぶっ壊したらお前、面白ぇ反応すんだろうなぁ」
「後悔するよ」
「はあ? 後悔するのはてめえだよ。死ねよ。クソ女。じゃあな。俺は桜田君とオトモダチになってくるからよ」
「……」
そして6月。
「真理。ロッジに行かない? 友達に誘われてさ」
「……あんまり行きたくないんだけど」
優太君と一橋達也。
友達をやめさせようとも考えたけど、いい説明が思い浮かばなかった。
こっちの世界では、まだ何もしていない一橋達也を穴に落として、水責めにしてバットでボコボコにしたのは私だ。
どちらかというと、悪いのは、たぶん私の方だ。
だから友達になるのを止める理由がなかった。
「行こうよ。きっと楽しいよ」
「どうかな……」
私が渋っていると、優太君は肩を落として、
「……じゃあ僕一人で行くよ」
寂しそうな背中。
「待って。わかった。一緒に行こう」
一人で行かれるのも、それはそれで心配だ。
開き直った私は、ロッジで一橋達也を罠にハメようと画策するのだが、見事に失敗してしまう。
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