第40話 始動
ファンレターを送ったのに返事がなかった。演技が下手なのを自分が何とかしてあげようと思った。
当時、春休みで賑わっていたイベント会場近くで、無名だった天満梨花を襲った交差点事件の犯人はこう語っていた。
私は、スポーツショップで野球道具一式を買いそろえて、イベント会場近くの交差点に向かった。
天満梨花が襲われた時間は午前10時ごろだったはずだ。
記憶があいまいなので、私は朝8時からなんども交差点を横断しては、住宅展示をしているイベント会場に出たり入ったりを繰り返していた。
入るたびにポケットティッシュをくれるので、もうポケットはパンパンだ。
せめて犯人の恰好を知っていればいいんだけど、そこまで覚えていない。
……ん?
フードを深くかぶった怪しいやつがいるな。
アイツじゃないのか。
私が近づこうとすると、
「ちょっと君」
振り返ると警察官だ。ちょうどいい。一緒に来てもらおう。
「朝から金属バットを持った怪しい女がウロウロしてるって近所から通報があってね、ちょっと話を聞かせて貰えるかな?」
「いや、これはですね。友達と野球をしようと思ってたんですよ」
「そんな言い訳が通じると思ってるのか。交差点のど真ん中でキャッチボールなんか出来ないだろ」
「いや。待ってください。いま、それどころじゃなくて」
『やめてくださいっ!!』
近くから女性の声。
私は脱兎のごとく警官を置き去りにして駆け出した。
「君。待ちなさい!」
「それどころじゃないの!」
私は金属バットを両手持ちに切り替えて、女の子に掴みかかっている男に金属バットで殴りかかる。
「ぐぇっ」
カエルが潰れたような声を出して、男が彼女から手を離してうずくまった。
右手にはナイフを持っている。
「待ちなさいっ!」
警官が近づいてきている。
「こいつナイフ持ってるわよ!」
私が言うと、警官は男の方に目を向けた。
「行きましょ」
私は天満梨花の手を引いて、その場所を脱出した。
―
「あの、本当に……ありがとうございました」
天満梨花は、テレビで見るよりもずっと可愛い女の子だった。
明るい髪の色が、彼女にとてもよく似合っている。
「いいの。気にしないで」
近くのカフェに入り、二人でコーヒーを注文する。
「とりあえずここのお代は私に出させてください。なにか他にもお礼が出来るといいんですけど」
「いいっていいって。それよりも私の話を聞いてほしい」
「お話ですか?」
「うん。私ね。実は未来から来たの」
「え……」
彼女の表情がやや曇りがちになる。
当然だ。きっと私ならこう思うだろう。
これこの後、何かの宗教に勧誘されやつだなって。
「天満梨花さん。だよね?」
「え? もしかして、ファンの方ですか?」
彼女の表情が、少しだけ明るくなる。
「ごめんね。違うの。私がこれから未来の事を話すから、当たってたら私の事を信じてほしいの」
再び彼女の表情が曇る。
「今年の冬に公開される映画『冬と春の間の話』で、天満ちゃんは主演を演じるんだけど、それが大炎上するの」
「え? なんで私がその映画に出るって知ってるんですか?」
「観て来たからよ」
「未来で、ですか?」
「うん」
「先週、オファーが来たばかりで、台本読んでいいなって思ってたから受けようと思っていました」
「炎上の理由はこれよ」
私は、スマホを取り出してカフェのWiFiに接続し、親が会員になっている月額制の動画サイトを開いた。
「これは『冬と春の間の話』と同じ題材を扱った恋愛映画なんだけど、知ってる?」
「いえ、知らないです。初めて知りました」
「いま、イヤホン持ってる?」
「あ、はい」
私は彼女のイヤホンを、スマホにさして、映画を見てもらう。
じっと見つめている彼女をしばらく見ていたけど、飽きてきたので窓の外を眺める。
カフェの前の通路を行きかう人々は、似たような姿をしていても、皆、違っている。
それぞれの家があって、待っている人がいて、いろんな理由で偶然同じ場所を歩いている。
「これ……私がしようとしてた演技だ」
しばらくしてから、天満ちゃんがボソリと呟いた。
「『冬と春の間の話』で同じように演技しようと思ってた?」
「はい。私、こういう演技をしようと思ってました」
「映画が公開されるとね。天満ちゃんがその子の演技をパクっただけの劣化版だって炎上するの」
「そんな……」
「でも方法はある」
私は、優太君の写真を彼女の前にスッと出した。
「この人は?」
「映画の主人公の穂香ちゃんは、すごく恋の多い女の子なの。天満ちゃん。恋ってしたことある?」
「ない……ですけど」
「実際に恋をしようよ。そしたら演技も変わってくると思う」
―
「桜田優太さんに会いに行ってきました」
「どうだった? 偶然を装ってぶつかる作戦は?」
「失敗しました」
「え? なんで?」
「というか何かおかしくないですか? 実際に恋をするのに、どうしてこの桜田優太さんオンリーなんですか? 他の人ではダメなんですか?」
「おかしいな。優太君をみたら誰でも好きになるはずなんだけど……」
「そんなわけないじゃないですか。私にだって好みはあります」
「好みじゃなかった?」
「いえ。男の人全般がちょっと」
「じゃあ優太君でもいいよね? でも何で失敗したの?」
「私がぶつかろうとした時に、先にぶつかって来た子がいまして」
「……誰?」
「知らない子です。ただ、名前は『夕立あさひ』さんって言う人みたいでした。桜田優太さんを熱烈に口説いてましたよ」
「……」
私は無言で席を立った。
「ごめん天満ちゃん。ここの会計しておいて」
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