第22話 家に女子が来る日




「優太! ほら! 女の子きてるわよ!!」


 僕が部屋でスマホを操作していると、突然母親が部屋の中に入ってきた。


 あ、もう来たんだ。


 今日は、真央が僕の部屋に来ることになっていた。


 葵さんから、特別に外出許可が出たのだとかで。


「あがって貰って」


 スマホを操作して、僕は、急いで天満さんに返信を返す。


【桜田優太:とりあえず僕も応募してみるよ。当たる確率は低そうだけど】


【天満梨花:そんなことはわからないですよ。楽しみにしてます】


 結局、あれから普通にやりとりしてしまってるな。


 僕の決意は何だったんだろうか。




 トントントン、と軽快に階段を昇ってくる音がする。


 そういえば、真央は外では男物しか着ないのに、うちの母はよく女の子だとわかったな。


 もしかしたら、僕がそういう機微にとても疎いのかもしれなかった。



「こんにちは」


 彼女は、開きっぱなしの部屋のドアから僕を見つけると、手をひらひらと振って、それからこう言った。


「寝取られに来たよ」


「槍川さん……どうしてここに?」


「遊びに来たからだよ」


「……」


「今日はお願いがあってきたんだ」


 ブルブルとスマホが震える。


【一橋真央:もうすぐ着くよ。あと信号3つ分かな】


「お願いって?」


「3組の生徒から聞いたよ。桜田君は、浮気して皆からハブられてるんでしょ?」


「……まあね」


「そこで提案があるの」


「提案?」


「私と浮気しようよ。1人やったら2人も3人も一緒でしょ?」



【一橋真央:あと信号2つ分だよ♪】



「悪いけど、今忙しいんだ。帰って貰えるかな?」


「嘘ばっかり。私を自由にできるかもしれないって期待してるんでしょ?」


 彼女はそう言って、僕のすぐ隣に腰掛けた。


「いや。これから人が来るんだよ」


「誰が来るの? 男?」


「真央。君の友達だよね?」


「真央って一橋真央? 一組の?」


「そう」


「あははっ。真央がこんな所来るわけないでしょ」


「……」


「私さ。昔からいじめられるのに興奮する性質でさ。今の彼氏が私のことすっごく虐めてくるのね。下着を着けずに学校に来させたり、駅のベンチで5時間何もせずに座ってろって言ったり。そういう時、ああ、私、愛されてるなって思うんだ。桜田君もそういうのわかるでしょ?」


「わからないよ」


「嘘ばっかり」


「嘘じゃないよ。むしろなんでわかると思ったの?」


「浮気する奴なんて、どこか壊れてるんだよ」


「なんで僕と浮気したいの?」


「彼氏の命令だから」


「命令?」


「彼氏はちょっと変わった人でね。自分の彼女が、自分よりもずっと程度の低い人間に抱かれると興奮する人なんだ。ほら、桜田君って成績も顔も良くはないし、ハブられてるし、自分の意見とかなさそうだし、流されやすそうだし、なかなかのクズじゃん? 彼氏の性癖に適合する素晴らしい人材なんだよ」


「帰って貰えるかな」


「ねえ、これからホテルに行こう。彼氏に桜田君としてるところを、IMのビデオ通話機能を使ってで生中継して欲しいって言われてるの」


「帰れ」


「なんでそんな悲しい事いうの? 桜田君は大好きな浮気が出来て、私は彼氏の望みを叶えられる。Win-Winの関係だよね?」


「Win-Winの関係ってどういう事?」


 見上げると、真央が不思議そうな顔で立っていた。


 いつの間に。


 IMを見ると【一橋真央:着いたよ。優太君のお母さん、綺麗な人だね。今から部屋に行くね】と、メッセージが入っていた。


「え? 真央? ホントだったんだ」


 槍川さんが、驚愕の表情で僕を見ている。


「なんで芽衣子がいるの? 優太君、知り合いだったの?」


と、真央。


「私は、ちょっとお願いがあってきたの」


「お願い?」


「うん。私の彼氏の命令でね。ちょっと桜田君に私のことを寝取っ……」


 僕は近くにあった何かで彼女の口を塞いだ。


「優太君!? それ靴下!!」


「……!」


 僕は慌てて靴下を彼女の口から離す。


 どうしてこんな所に靴下が!?


「やだなあ。私の靴下をこんな事に使うなんて……」


 槍川さんは、僕の手から靴下を取り上げると、


「やっぱり桜田君も変態じゃん」


「ち、ちが……」


 すると槍川さんは真央を見上げ、


「ねえ真央。真央は桜田君と付き合ってるの?」


「え! ち、違うよ!? ねえ優太君! 違う……よ……ね?」


「付き合ってないよ」


僕が言うと、


「だよね。へへへ」




「へえ……ほお……ふーん。そういう感じなんだ」


 槍川さんは、僕に顔を近づけてきて、


「君を寝取るのも面白そうだねえ」


「やめろ」


「うわ。怖い。ふふふ。面白くなってきた。実はまだ、真央には私の彼氏の事とか話したことないんだ」


「……それが何?」


「どういう意味だろうねー? あ、ちなみに私は真央の連絡先知らないから、色々話すとしたら、学校の昼休みか放課後しかないよ。じゃあねー」


 そう言って、彼女は帰っていった。







「おい。あいつ3組のやつだよな?」


 1組の男子生徒の視線が突き刺さる。


「なんで真央さんと槍川さんと昼飯くってんだよ」


「ふざけてんな」


「真央さん。俺も一緒に飯いいっすか?」


「ごめんね。今、3人で食べてるから」


 1人、撃沈した。


「くそっ! あいつ急に現れてなんなんだよ!」


「きっと幼なじみだ。真央さん、幼なじみがいるって言ってたから。腐れ縁なんだよ」


 今、食べてるこの弁当が、真央の手作りだと知られたら僕は殺されるかも知れない。


「ねえ。優太君。なんでさっきからそんなに芽衣子を見つめてるの」


 見つめてるんじゃない。


 監視してるんだよ。


「ちょっとやめてよ桜田君。今は真央がいるんだよ」


 ふざけた表情で、槍川さんが言った。


「ど、どういう意味? 優太君?」


「違うよ。槍川さんがふざけてるだけなんだ。真央は僕を信じてくれるよね?」


「もちろんだよ」


 すると槍川さんが、


「つまりこういう事なのよ真央。実は私、彼氏の命令で、桜田君に寝取られな……」


 僕は何も言わずに、食べようとしていた巾着を、槍川さんの口に詰めた。


「あ、あちゅい……」


「あ、ごめ……」


 さっき電子レンジでしっかり温めてたんだった。


「私猫舌なのに……むりやりとか………………やっぱり変態じゃん」


「大丈夫? 芽衣子?」


 真央は心配そうにした後で、こちらに振り返り、


「酷いよ優太君。なんでこんな事するの?」


 怒った表情の真央。


「ごめん。わざとじゃないんだ」


「わざとじゃないんだ。じゃあ仕方ないね」


「え。なにこれ面白っ。真央ってそう言う感じなんだ。もう桜田君の言うことなんでも聞きそうだね」


「少し黙っててくれるかな」


「ねえ真央。私の彼氏の話聞いてくれるかな?」


 槍川さんが言うと、


「いいよ。聞く聞く」


「私の彼氏、昨日も縄で私の事を縛ってき……痛い痛い」


「優太君!?」


「わざとじゃないんだ」


「そうなんだ。じゃあ安心だね」


 槍川さんは、僕につねられた腕を押さえながら、


「真央、放課後は買い物付き合ってよ。話したい事があるんだ」


「それじゃあ、お姉ちゃんに外出許可とってみる。ちょっと待ってね」


「僕も行くよ」


「あれ桜田君。私が買うのは女物の下着だけど一緒に来てくれるの?」


 槍川さんがニヤニヤと笑みを浮かべながら言うのを、真央が不思議そうな顔で見ていた。


 放課後になり、僕は真央と槍川さんに合流する。


 電車に乗って、つり革につかまった二人が楽しそうに談笑するのを、僕は隣で聞いている。


「それでね。ボクが全然とれなかったUFOキャッチャーのぬいぐるみを、お兄ちゃんは一発でとったんだ。凄いよね」


「凄いわね」


「芽衣子もUFOキャッチャー得意なんでしょ? いいなー。ボク、へったくそで全然だめだよ」


「欲しいのがあったら取ってあげるわよ」


「ほんと? じゃあ今度ゲーセン行こうね」


「ええ。いいわ」


 そう言って、槍川さんはスマホをポチポチと操作する。


 誰とのやり取り何だろうか。


「IM?」


 真央が聞いてくれて、槍川さんはコクコクと頷いた。


「彼氏。今どこにいるのか、1時間おきに報告しないといけないの」


「えー。大変だね」


「でも、放置されるよりは良いと思うわよ」


「そっか。そういう事もあるのかも」


「次の駅ね。降りましょ」


 駅で降りて、僕たちはショッピングモールへ向かった。





『もう5時間やってるけど繋がらん #転生しなくても天満梨花と暮らせた件 #転まり』

『サーバー落ちたって。サイトでシシリリのチケットも買えなくなって公式謝罪してる #転まり』

『転まり申し込めた奴いるの?  #転生しなくても天満梨花と暮らせた件』

『転まりの当選確率が100倍になるアイテムがフリマアプリで販売してるぞ。実は公式と裏で繋がってるらしい #転まり』

『みんな、転まりって言葉を普通に使いだしてて草 #転まり』




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皆様、今年は大変お世話になりました。

よいお年をお迎えください。

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