第23話 幸せの後先


 僕と真央と槍川さんが、ショッピングモールに下着を買いに行く前の日曜日。


「今日は私も誘ってくれてありがとう。桜田君」


 近所で行われていたチョコレートフェスティバルで、葵さんはカカオが97%入ったホットチョコレートドリンクを飲んでいた。

 

 あそこまでカカオが入っていると、もはや僕の知っているチョコレートではない気がした。


「桜田君? 聞いてる?」


 葵さんの言葉にハッと我に返る。


「すみません。考え事をしてました。あれ? 真央は?」


「真央なら『キツネだもん』の列に並んでるわよ」


「またですか?」


 もう何回目だろうか。


「真央の今一番の推しキャラだからね」


「そういえば、IMのアイコンも『キツネだもん』を使ってましたね」


 『キツネだもん』は、耳の大きなキツネのキャラクターで、耳の下に入って一緒に写真を撮ってもらうと、幸せが訪れるのだとか。


「幸せか……幸せって何なんでしょうか、葵さん」


「哲学的な問いね」


「何の根拠もないんですけど、幸せって、生きていれば勝手にやってきてくれるものだと思っていました。時が来れば彼女と結婚して、子供が出来て……」


「その相手って真理ちゃん?」


「……そのつもりでした」


「今はどう思ってるの?」


「真理の事ですか?」


「そう」


「わかりません。気持ちに区切りはつけたつもりなんですけど、やっぱりそんな簡単じゃなくて」


「まだ好き?」


「えっと……好きとか嫌いとかじゃないんです。例えば、自分を育ててくれた母親が、実は自分を憎みながら育てていたと知った時、どう思うのかって言う感じで」


「それぐらい、桜田君の心に根付いてた人なのね」


「……まぁ……そうです」


「もし真央と真理ちゃんが同時に同じぐらいの危険にあったとしたら、桜田君はどっちを優先するの?」


「……え?」


「私はね。桜田君。家族が一番大事。一番大事なのが真央で、その次が兄さん。その次が弥生。こんな風に大切な人に順番を決めてるの、その方が何かあった時に素早く動けるから」


「順番……」


「意地悪な質問してごめんね。でも、真央が桜田君の中で何番目位なのかな、と思って」


「考えたこともなかったです」


「考えてみて。真央は何番目?」


「真央は……」


 父や母、葵さん達に、真理や天満さんの顔が思い浮かぶ。


「真央の順位はそんなに高くないでしょ?」


「え?」


「見てればわかる。桜田君は、真理ちゃんと真央が同時にピンチになったら、必ず真央を見捨てる」


「そんなこと……そんな事ないです」


「本当に?」


「本当です。でも、どちらかといえば、僕はどちらも助けたい」


「そうね。でもどちらかしか選べない状況だったら?」


「僕は……」


 どちらを選ぶだろうか。


 少し考えて、意外にあっさり答えが出る。


「たぶん、必要としてくれる方を選ぶと思います」


「必要としてくれる方?」


「はい。自力で助かるのなら、または助けてくれる人がいるのなら、僕は行きません。僕を必要とする方に行くと思います」


「同じぐらい必要だったら?」


「……その可能性は低いですよね? 誰を一番に助けに行くとか、この場では決められません」


「そうかしら?」


「そうです。葵さんだって、軽い怪我の真央と、大怪我している王馬君だったら、王馬君を助けに行きますよね? 必ずしもその順番が守られるわけじゃない」


「それはそうね」


「だから、僕の基準はより深刻な方、僕が行くことで事態が良くなる方に行こうと思います」


「なるほど。それでいいと思うわ。考えてくれてありがとう」


 葵さんが、ニコッと微笑んだ。


「いえ。僕も勉強になりました」


「桜田君」


「なんですか?」


「真央をよろしくね」


「はい」


 大切なのは優先順位だ。


 でもそれは、人の順番じゃない。


 どっちの事態が深刻で、僕を必要としているかだ。


 それがきっと、僕の目標である『強い鋼の精神と、慈愛に満ちた優しい人間』に近づく事に繋がっていくはずだ。


「槍川さん!」


 僕は、真央と一緒に下着を買い終えて、トイレに入ろうとしている槍川さんを捕まえて声をかけた。


「なに? 私、トイレに入りたいんだけどダメなの? 入っちゃダメなの?」


 なぜか期待した目で僕を見上げて来る槍川さんは、


「トイレ禁止なんて、彼氏にも言われた事ないのに……」


「槍川さん、話を聞いてくれ。必要な話なんだ」


 時間もあまりない。


 先にトイレに入った真央が出て来るまでの短い時間。


「なに?」


「槍川さんは、望んでない事をしてるよね?」


「何の話?」


「真央は槍川さんに懐いてる。それって槍川さんが真央を大事にしてるからだ。相手が自分を大事に思ってるかどうかがわからないほど真央は馬鹿じゃない」


「それで?」


「真央の前や学校で、寝取られがどうとか言って、一番損するのは槍川さんだよ。友達も真央も失うよ? そんな事、言われなくても槍川さんならわかってるよね?」


「……」


「僕とすることは、槍川さんにとってそこまで大事な事なの?」


「そうね。彼氏の望みが私の望みだから」


「本当に?」


「本当じゃなかったらどうなるの?」


「ね。本当の事を話してくれないかな?」


「話したらどうなるの?」


「力になるよ。そんなに強い力じゃないけど」


「……そうね。じゃあちょっと耳を貸してくれる?」


「うん」


 彼女の口に耳を近づけると、


「……私と寝てくれたら話すわ」



「お待たせ! あれ? 優太君。なんか暗い顔してる?」


 真央がトイレから戻って来た。


 僕はどうしたら、槍川さんときちんと話が出来るだろうか。




『当たらないと思うけど申し込んだ~ #転生しなくてもアイドルと暮らせた件について #転まり』

『結果が気になって夜しか眠れない #転まり』

『選ばれた奴は幸せしかないよな #転まり』

『対抗して天音美羽も始めたって #転まり』




















 




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