第16話 悩み事




「何か悩み事あるでしょ?」


 僕が、王馬君と如月さんのキスを目撃してしまった翌日。


 生徒会室でお弁当を眺めていると、葵さんから声をかけられた。


「……どうしてわかったんですか?」


 僕が答えると、葵さんは苦笑いして、


「そりゃあ、お弁当食べずに眺めてたらね」


 そうか。


 そんなわかりやすい行動をしてしまっていたとは。


「それで? 何があったの?」


 葵さんが優しく微笑みながら聞いてくる。


「実は、失恋しそうな人がいて、何とかできないかなって悩んでいました」


「何とかって?」


「その人、僕と同じような立場なんです」


「同じ立場? ああ、例の?」


「はい」


「じゃあ……ちょっと奥に行って話そうか」


 葵さん連れられて、奥の生徒会室に入り、ソファーに座った。


「コーヒーで良い?」


「ごめんなさい。コーヒーは飲めなくて」


「あーごめん。ここ、コーヒーしか無いわ。今度買っておくね」


「いえ。気にしないでください」


「じゃあ時間もないし。早速話そうか」


 そう言って、葵さんもソファーに座ると、コーヒーを一口飲んで、


「つまり、誰かが同じような立場で失恋しそう。気持ちがわかるから助けてあげたい。そういうことよね?」


「そうです」


「桜田君はどうしたいの?」


「それがよくわからなくて。僕に何か出来ることがないか悩んでいました」


「その人が、失恋しそうのは間違いないの?」


「はい。その人の好きな人が、別の人とキスをしてたからです」


「見たの?」


「見ました」


「……桜田君は、よくよくそういう場面に出くわすのね」


「あまり嬉しくないです」


「その人はまだそれを知らないんだ」


「そうですね」


「他には? 他には何を見たの?」


「他にはですか? いえ。とくには」


「じゃあまだ決めつけるのは早いんじゃない? キス自体が間違いだったり、勘違いだったりする可能性もある」


「ありますかね」


「もし桜田君が急に私にキスしたとして、それが私が桜田君を好きって事になるのかしら?」


 葵さんにキスをするだなんて、そんな恐れ多いこと。


 でも、言いたいことは分かった。


「聞いてみます。相手の人に」


「何か手伝えることある?」


「いえ。自分でやってみます」



 チャンスは、数日後にやって来た。


 アルバイトをしていると、店に如月弥生さんがやってきた。


 彼女は来ると、いつも同じ席で勉強を始める。


 さっそく真央君が話しかけている。


「あははっ。わかるわかる。それって~でしょ?」


 如月さんは空いているときは2時間ほど、混んでいるときは30分程度で軽い食事をして帰る。


 僕は、タイミングを見て如月さんに話しかけた。


「如月さん。ちょっといいですか?」


「あ、真央の友達の。どうしたんですか?」


「急にこんな事言ってごめんなさい。王馬君との事で」


「王馬君と? なんですか?」


「その……お二人は付き合ってるんですか? この前言った時、その、見てしまったんです。二人が廊下で……してるのを」


 そう言うと、如月さんは露骨に嫌そうに顔をゆがめると、


「なんでそんなこと聞くんですか? 答えないと駄目ですか?」


「あ、いえ。無理やりとかじゃなければいいんです」


「無理やり? 王馬君が無理やりなんてするわけないじゃないですか」


「あ。それならいいんです」


 僕は逃げるように如月さんから離れた。


 意外に気の強い性格なんだな。


 人は外側からではわからない。ここ数週間で学んだことだ。



 僕は再び生徒会長室を訪ねた。


「そう。無理やりじゃなかったのね。お茶をどうぞ」


 葵さんは、買って来たばかりの紅茶パックで僕にお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」


 豪華なソファーセットでお弁当を食べるのは落ち着かない。


 こぼさない様に気を付けて食べよう。


「じゃあ、失恋は確定的になったわけね」


「そういう事になると思います」


「どうするつもりなの?」


「僕にできるのは何があるかなって考えてたんですけど、一緒にいてあげる事なのかなって」


「一緒にいる?」


「はい。ボクが失恋した時も、すぐ近くで支えてくれた人がいたんです」


「それはとても幸運だったわね」


「はい。だから僕も、彼の近くで支えてあげようと思って」


「なるほど。彼ね」


「え?」


「いや。こっちの話」


 どういう意味だろうか。


「それよりその人って真央の事でしょ?」


「え!? どうしてわかったんですか!?」


「ただの勘よ。ここ数日、弥生と兄さんの雰囲気がおかしかったし、なんかあったなとは思ってたのよね。なるほど。そういう事ね」


「葵さん……」


 すごい。


 僕の情報だけで、ここまで読み取れるなんて。


「つまり、桜田君は真央が弥生の事を好きで、失恋すると思ってるのね?」


「違うんですか?」


「さあ。それは第三者の私が答える事じゃないわ。今日は弥生が遊びにくるはずだから、もし良かったら来る?」


「いえ。昨日、僕があんなことを聞いてしまったので、如月さんは僕を警戒していると思います」


「だから行くのよ。そしたら弥生は兄さんに相談するでしょ? 状況が動くとしたら今日よ」


 そして、葵さんの予想は的中する。


 僕が葵さんに家のインターフォンを押して待っていると、すでに状況は最悪を迎えていた。


「なんで!? なんで弥生とお兄ちゃんが付き合っているのっ!? ボク、聞いてないよっ!」


 半狂乱になった真央君が、玄関の僕の横をすり抜けて飛び出していった。

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