第17話 AからBに、BからCに



 僕は、真央君が走り去るのを呆然と見ていた。


 その後を、葵さんが追いかけて出て行く。


 追いついけただろうか。


 僕も心配になって追いかけていくと、葵さんが苦い顔をして立っていた。


「葵さん?」


「あ、ごめん。桜田君。聞こえてたよね?」


「僕、この辺探してきます」


「それは大丈夫。いつも真央は、この先の公園の滑り台の下にいるから。今はきっと興奮状態だから、少ししたら迎えに行きましょ」


「でも……」


 心配だった。


 状況も立場も違うけど、僕はあの時、野球部の床に座り込むことしかできなかった。


「……心配ならいってあげて。でも、真央が嫌がったらやめてあげてね」


「あ、はい。わかりました」


 教えてもらった公園に向かう。


 今日は特に寒い。


早朝のように空気がピリッとしている。


 秋が終わって、冬が近づいてきていた。


 僕は、街灯が一つあるだけで、ほとんど真っ暗な公園の中に入っていく。


 遊具が二つ。


 ブランコと大きな滑り台があって、滑り台はつり橋のような遊具と繋がっていて、あちこちに隠れる場所があった。


「真央君……?」


 僕は小さく声をかけながら近づいていく。


 スマホでライトをつけて、一つ一つ隠れられる場所を照らしていくと、小さな嗚咽が聞こえ始めた。


 そっと覗くと、真央君が顔を膝に埋めて泣いているのが見えた。


 子供のように泣きじゃくっている彼の姿を見て、僕は胸がギュッと苦しくなった。


「……風邪ひくよ」


 僕はジャケットを脱いで、家着のままの彼の肩にかける。


 カバンからポケットティッシュとカイロを2つ取り出す。


 真理が寒がりで、僕はいつもカイロを持ち歩いていた。


 もう必要なくなったものだけど、カバンに入りっぱなしになっていた。


「良かったら使って」


 彼の足元にティッシュとカイロの1つを置く。


 カイロはもう1つは僕が使う。


 さすがにジャケットなしで、この場所は冷える。



 天満さんは、僕が泣いていた時、何も言わずにずっと隣にいてくれた。


 あれがなければ僕は、今、ここにいないだろう。。


 彼の嗚咽が少しずつ弱まって来る。


 こんな時、彼女なら何て言うだろうか。


 大丈夫ですよ、私はここにいます。そう言うだろうか。


「何で……来たの?」


 鼻をすすりながら、真央君が僕に聞いてきた。


 友達だから。


 そう答えるのは違う気がした。


「ごめん。わからないよ。でも、こうするのが正しいと思ったんだ」


「……うん」


 納得したのか、彼はそう言って頷くと、静かになった。


 静寂の落ちた空間に、彼と僕の呼吸の音だけが聞こえている。


「一緒にいるよ。僕にはそれしかできないけど」


「……うん」


「真央君が、いたいだけここにいよう。明日に希望が持てるようになるまでは、僕は君のそばにいる」


 天満さんの言葉を少し変えて、真央君に伝えた。


「……もう帰る」


「いいの?」


「いい」


「わかった。足元に気を付けて」


 僕はスマホのライトをつけて、滑り台の小部屋を出る。


 真央君はフラフラになりながら、僕の後ろをついてきた。


 辛いだろうな。


 きっと、部屋に帰ったら思い出す。


 幼なじみとの楽しかった思い出を。


 僕には天満さんがいた。


 そして彼には葵さんがいる。だからきっとそこまで酷い事にはならない。


 でも、今、彼の隣にいるのは僕だ。


「……何度も告白して、二年前の春に幼なじみと付き合い始めたんだ」


「え?」


 真央君はポカンとして、僕を見上げた。


「大好きだった。ずっと一緒にいれると思ってた。でもそれは叶わなかった。彼女の心はもう、別の人の所にあったんだ」


「……」


「真央君の辛さがわかる。なんて言うつもりはないよ。でも、好きな人を失った辛さはわかるよ」


「……知ってたんだ」


「ごめん。黙ってた」


「いいよ。わかりやすかったよね」


「ごめんね」


「ね。もう少し一緒にいてもらってもいい?」


「いいよ」


「へへ。ボクの部屋に行こうよ。ゲームやろう」


 鼻をすすりながら、真央君は笑った。


「うん」


 家の前では、葵さんが外に立って待っていた。


「おかえり」


「ただいま帰りました」


 僕が言うと、なぜか真央君は僕の後ろに隠れた。


「お姉ちゃん。怒ってる?」


 僕の背中越しに、真央君が葵さんに声をかける。


「怒ってないわよ」


「ほんと?」


「本当よ。早く家に入りなさい」


「……うん。桜田君。いこ」


 僕の手を引いて、真央君は家に入った。


 二階の自分の部屋に戻る。


 暖房のスイッチを入れて、


「これ、ありがと」


 ジャケットを僕に返してくれた。


「うん」


 ゲームのスイッチを入れると、真央君は僕の横にぴったりと座った。


「……真央君?」


「こうしてると暖かいよね」


「かなり冷えたからね。体調は大丈夫?」


「手が凄く冷えたよ。ほら」


 両手を出してきたので、僕の両手で挟むと驚くほど冷たかった。


「かなり冷たいね。大丈夫?」


「……」


「大丈夫? 耳まで赤いけど」


「あ、あのね、桜田君。聞いてほしい事があるんだ」


 真っ赤な顔で、僕の顔を下から睨みつけるように、真央君が言った。


「なに?」


「もう知ってると思うけど。ボクってお兄ちゃん子で、小さい頃からずっとお兄ちゃんが好きで、お兄ちゃんとばっかり遊んでた。だから男の子の遊びしかしらなくて、女の子と話が合わなくて、でも、お兄ちゃんと一緒にいれるならそれでよかった。でも、妹はお兄ちゃんと結婚できないって大きくなってから知ったの」


「…………」


「ショックだったよ。でもね。諦められなくて、何度か告白したりもしたけど相手にされなかった。お兄ちゃんの気を引きたくて、漫画とかフィギュアとか勝手に持ってきたりもしてた。でも、だからね、弥生とお兄ちゃんが付き合いだしたって聞いて、凄く悔しかったの。お兄ちゃんを取られた気がして。ボクの方がお兄ちゃんに先に出会っていたのに」


 ……。


 ……。


「だから桜田君に辛さがわかるって言って貰えて嬉しかった」


「……そっか」


「うん」


 ……。


 ……。


「でも、桜田君も辛かったよね? 幼なじみさんのこと」


「……う、うん」


「ボクに何かできる事ないかな? 何でもするよ」


「……ありがとう」


「あと……そろそろ手を離して貰ってもいいかな。もう十分温まったから」


「あ、ゴメン」


 パッと手を離すと、真央は大事そうに、自分の両手をギュッと胸の前で握りしめた。

 

 もう、女の子にしか見えない。


「桜田君。もう一つ聞いてもいいかな?」


 真央が顔を赤くして、決意した目で僕を見た。


「……なに?」


「桜田君って、今、好きな人とかいるの?」


 


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