第15話 事実は消えない




 正治さんの件でお礼がしたいと、学校帰りに葵さんに誘われた。


 ちなみに正治さんはちゃんと警察に出頭したそうだ。


 正直、きちんと罪を償えるのは羨ましい。


「あの人、親戚なのよ。昔から勉強を教えてくれていたの」


 家に向かう途中、葵さんが教えてくれた。


「ずっと変な目で見てたのはわかったんだけど、勉強教えるの上手だからついね。もう二度と家の敷居をまたがせない」


「でも、罪を償ったら葵さんに告白できるんですよね?」


「桜田君。人間はね。一度してしまったことは無くならないの。彼がどんなに反省して、贖罪したとしても、私の記憶からあの事実が消える事は無いのよ」


「やっぱり可能性はゼロって事ですか?」


「私が彼なら、そんな恥知らずな事はしないって言ってるの」


 葵さんの話は少し難しい。


「正治さんは、どうすれば良かったんでしょうか」


「普通に玉砕されればよかったのよ。思いつめて、あんなになる前にね。そうすれば、距離を置かれるだけで済んだでしょうね」


 どちらにしても距離を置かれてしまうのか。


 好きになった人に、皆が受け入れられる世の中になったらいいのにな。



「桜田君は優しすぎるわ。ちょっと心配ね」


「……そうですか?」


「桜田君。何かあったら私に言いなさい。何があっても私は君の味方よ」


「葵さん……」


 葵さんは僕に欲しい言葉をくれる。


 本当にありがたい。


 してしまった事実は消えない。


 一番会いたい人は、もう僕の手の届かない場所に行ってしまった。




 お礼というのは、葵さんの手作りの料理の事だった。


 テーブルの上には、お寿司とかケーキとか、わかりやすくご馳走が並んでいた。


「好きなだけ食べていってね」


 葵さんはエプロン姿が言う。


「わあ! 美味しそう!」


 真央君だ。


 スコットランドの民族衣装のような恰好で、目をキラキラさせている。


 こうしてみると女の子にしか見えない。


「これ、ちゃんと食えるんだよな?」


 疑わしい目でテーブルのご馳走を見ているのは、僕の隣に座った真央君のお兄さんの王馬さんだ。


 短髪でイケメンで体もしまっている。


 モテる要素しか見当たらない。


「本当に私までいいんですか?」


 三つ編みの如月弥生さんが、困った顔をしてキョロキョロとしていた。


「いいの。いいの。ほらみんな食べて。桜田君は主役なんだから一番食べてね」


「は、はい」


 一番手近にあった、サラダを皿に取る。


「無理してない? 大丈夫?」


 王馬君が話しかけて来た。


「あ、はい。大丈夫です」


「ごめんな。うちの妹、強引だっただろ?」


「いえ。そんな事ないですよ」


 学校の帰りに拉致されたのは黙っておこう。


「桜田君は、真央と同じ学校なんだよね?」


「はい。そうです。ええと……」


 話を広げようと何か言おうと思ったが、イケメンオーラの圧が凄くて何も思いつかない。


「学校での真央はどんな感じ?」


「実は、まだ学校では会ったことがなくて」


「え? じゃあどこで知り合ったの?」


「バイトの同僚なんです」


「ああ。フレトマのね」


 バイト先のファミレスの名前だ。


 フレッシュトマトパスターズ。略してフレトマ。


「そうです。僕は先日入ったばかりなので、色々教えてもらってます」


「そっか。真央の奴が先輩ねー。ちょっと想像つかないけどな」


「ちょっとお兄ちゃん。ボクだってやるときはやるんだからね」


 真央君が拗ねたような口調で言って来た。


 仲がいい。


 僕は一人っ子なので、仲のいい兄弟に憧れがある。



「あの、王馬さんは違う高校なんですか?」


 そう言うと、王馬君は顔を近づけて来て、


「俺も王馬クンでいいよ」


「あ、はい」


 何で顔を近づけて来たんだ?


「俺は大学生」


「そうでしたか。大学はどうですか?」


「正直、高校の時の方が楽しかったかな」


 何かを思い出しているのか、遠くを見るように目を細めた。


「王馬君はモテそうですよね」


「そう思う?」


 クスリと笑う表情が絵になる。


 いちいち格好いいな。


「はい。思います」


「ね。桜田君はチョコ好き?」


 内緒話をするように、静かな声で王馬君が言った。


「はい。好きです」


「じゃあこれ」


 テーブルの下から小皿が出て来た。


「え?」


 細かい細工がしてある小さなチョコレートがいくつかのっている。


「妹のとっておき。これ一粒で680円するんだぜ。信じられる?」


「え。高っ」


「一つ選んでいいよ」


「え。でも……」


「いいからいいから。どうせ毎日体重計に乗って『また太っちゃった~』ってやってるんだから。ダイエットに協力してやろうぜ」


「なるほど」


「何がなるほどなの? ねえ。桜田君?」


 気付くとすぐ後ろに葵さんが立っていた。


「あ、俺。見たい番組あったんだ。そろそろ部屋に戻るわ」


 小皿をテーブルに置いて立ち上がる王馬君だったが、葵さんは肩に手を置いて逃がさなかった。


「兄さん。ちょっと話があるわ。それと桜田君…………それ、美味しいからお一つどうぞ」


 僕は持っていたチョコレートを小皿の上に置いた。


 それからゴクリ。と、喉を鳴らした。




 転機は、真央君の部屋でゲームをしている時に訪れた。


 真央君の部屋でゲームをしていると、動物のぬいぐるみが転がり落ちて来た。


 僕はぬいぐるみをキャッチして、


「真央君って、可愛いぬいぐるみを集めてるよね」


「え? うーん。やっぱり集めちゃうよね。お兄ちゃんとゲーセン行くと、可愛いのがあるからついね」


「そうなんだ」


「あ。ちなみにフィギュアはお兄ちゃんのだよ。フィギュアを部屋には置きたくないんだって。勝手だよね」


「真央君は可愛いものが好きなの?」


「うん。この年で恥ずかしいけどね。ゆるキャラとかいると絶対写真撮る」


「いや。全然恥ずかしいことじゃないよ」


「本当? 本当はひいてるでしょ?」


「いや。全然」


「それにしても、弥生遅いな。今日来るって言ってたのに」


「そうなんだ。IMしてみた?」


「うーん。既読にならないんだよね」


 スマホ画面を見て、小首をかしげる真央君。


「ちょっと心配だね」


「いいよ。それよりゲームの新作を買ったんだ。やろう」


「うん。あ、その前にトイレ借りるね」


「どーぞー」


 部屋のドアを開けると、僕は王馬君と目が合った。


 如月さんは後ろ姿だ。


 背の低い如月さんに合わせて身を屈めてキスをしているのだと気が付くのに、3秒ほどかかった。


 上目遣いの王馬君は、僕を見て困った顔をしていた。


 イケメンは困った顔でも格好いいな。


 そんな事を考えながらドアを閉めた。


「あれ? トイレは?」


 真央君がゲームキャラクターを選びながら、不思議そうにしている。


「気のせいだったみたい」


 僕の胸は、早鐘のようになっていた。



















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