第12話 悪夢再び



 給食の時間が苦手だった。

 

 食べられないものが多くて、いつも一人で最後まで食べさせられていた。


 誰にも見つからない場所に隠れられたらいいのに。


 そう思っていた。


 ある日、自分の糸でトンネルを作る蜘蛛がいることを知って、蜘蛛に興味を持った。


 とある蜘蛛は、外敵がくると、自分で作った糸のトンネルに逃げむのだ。


 欲しい! 蜘蛛になりたい!


 小学生の僕は、純粋に蜘蛛に憧れた。


 けれどそれが、嫌いな食べ物が多い人よりも、人に嫌われると知ったのは、だいぶ後になってからだ。


「真央君は、蜘蛛の展示とか興味ない? 2月までやってるんだけど」


 バイト先の同僚に声をかけた。


「ないよ!」


 彼は叫び声に近い声を出すと、ザリガニのような動きで、後ろに跳んで逃げた。


 そこまで嫌がらなくてもいいのに。


 2月までやってる蜘蛛の特別展示には、二人で参加するイベントがあるので、せっかく行くなら2人で行きたかった。


 たぶん一人で行くことになるだろうけれど、ぎりぎりまで諦めないで蜘蛛仲間を探していきたい。


「桜田君って、いつ頃からシシリリカのファンなの?」


 休憩時間に、まかないで作って貰ったらしいピスタチオパフェを食べながら、真央君が僕に質問をしてきた。


「最近だよ」


「じゃあちょっと自慢しちゃおうかな。ボクね。実はファーストライブに行ったんだよ。シシリリカはプロデュースがスノプリと同じ人で注目浴びてたから、チケットとるのすっごく、すっごく大変だったんだけど、運よく取れたんだ」


「凄いね」


「そこでライブ会場限定販売してたファースト写真集を買ったんだ」


「え。見たい」


「でしょ? 今度持ってきてあげるね」


「いや。むしろ今日行っていいかな?」


「え。いや。それはちょっと、急すぎない?」


 シシリリカが結成されたのは確か3年前。


 中学生の天満さんの写真。


 見たい。


 絶対みたい。


「持ってくるときに濡らしたらどうするの? 大変なことになるよ」


「大げさだよ。一応なにかに包んで持ってくるつもりだけど」


「いや。二度と手に入らないお宝だよ。家から持ち出すのはやめた方がいい。持っているのを知られて襲われたらヤバいよ」


「そんな事は無いと思うけど……」


「とにかく僕が行くよ。今日行っていい?」


「待って。一日だけ待って。部屋を片付けるから」


 よし!


「約束だよ」


「ちょ。近いよ。桜田君。変な事言わなきゃよかった」


 翌日。


 真央君の家にお邪魔した。


 バイト先からほど近い場所にある、住宅街に建つ一軒家だった。


「あ。いらっしゃい」


 真央君は、可愛いパジャマの恰好だった。


 実は友達の家なんて初めてだ。


 はっきり言うと、真理以外の家にお邪魔したことがなかった。


「何か飲む?」


「ありがとう。コーヒー以外ならなんでもいいよ」


「じゃあ。お茶を入れてくるね。適当にくつろいでて」


 真央君が部屋を出ていった。


 僕はぐるりと部屋を見回した。


 こういっては悪いけど、けっこう物でガチャガチャしていた。


 本棚は少年漫画と少女漫画が半々で、可愛いキャラクターのぬいぐるみと大きめのゲームキャラのフィギュアが並んでいた。


 人の部屋見るの。楽しいな。


 生まれて初めての友達の部屋に、僕がウキウキしていると、


「わ。人がいる」


 え?


 振り向くと、部屋の出入り口とは逆のベランダが開いていて、髪を下ろした女の子が立っていた。



 見覚えがあった。


 何度かバイト先にお客として来ていた三つ編みの子だ。


「こんにちは。お邪魔してました」


 僕が言うと、彼女はペコリとお辞儀して、


「あ。どうも……ごめんなさい。人が来てるって知らなくて。ビックリしたよね。ベランダから急に入ってきて」


「いえ」


「あれ? 弥生。来てたんだ」


 お盆にお茶とお菓子を乗せた真央君が帰ってきていた。


「あ。真央。ちょっと借りてた漫画返しに来たの。ごめん。お友達来てたんだね」


「いや全然。良かったら一緒に見ない? これからシシリリカのファースト写真集見るんだ」


「懐かしい。真央が泣き叫んで買ってもらったやつだ」


「ちょ、桜田君の前で言わないでよ」


「ごめんごめん」


 少しだけ疎外感を感じつつも、それでも仲の良さそうな二人に温かい気持ちになる。


「桜田君。これがその写真集だよ」


 テーブルに置かれた写真集。


 6人の集合写真の中央の左側に天満さんがいる。


「うわ。天満さん若い」


 小さい。可愛い。


「あははっ。そりゃそうだよ」


 最初の1ページ目から順にめくって、インタビューのページなどもじっくり見ると、あっという間にお昼になってしまっていた。


「せっかくならお昼も食べていく? 弥生は?」


「私も頂こうかな」


「じゃあみんなで食べようよ。新作のゲームもあるから、やりながら食べよう。持ってくるね」


 午後は3人でゲームをやって過ごした。


 サイコロを振って日本のあちこちに電車で移動するゲームだ。


 僕はコツがわからなくて、毎回最下位だった。


「桜田君ってゲーム苦手な人?」


「今、あんまり得意じゃない事がわかったよ」


「弥生もあんまり得意じゃないよね」


「クイズゲームは得意よ」


「あれはゲームって言うか、弥生の頭がいいからだよ」


「なにそれ。馬鹿にしてる?」


「真央。入るぞ」


 ガチャリと部屋のドアが開いた。


 髪を短く刈り揃えた、いかにもスポーツが出来そうな男の人が入ってくる。


「あ。お兄ちゃん。何?」


「っと、人が来てたのか。悪いな。ちょっと漫画借りに来た」


「いいよ。勝手に持って行って」


 お兄さんもいるのか。


 お兄さんは、漫画を数冊まとめて持って行った。


「そうだ真央。王馬君って彼女と別れたっての?」


「なんかそうらしいよ。お兄ちゃんって、すぐ別れるよね」


「ふーん。私、そろそろ帰ろっかな」


「そっか。どっかいくの?」


「野暮用。じゃね」


「うん。気を付けて。明日も来る?」


「明日はわかんないかな」


「じゃあまたね。ベランダから落ちないように気を付けてよ」


「わかってるわよ。落ちたことないでしょ?」



 真央君は、彼女がベランダから出ていくのを優しい目で見つめていた。


 僕はその二人を優しい目で見つめる。


 二人は、彼氏と彼女という雰囲気ではない。


 仲のいい幼馴染なんだろう。


 幼馴染というのは、いつか必ず壊れる関係性だ。


 夫婦でも恋人でもない、けれど友達ともちょっと違う。


 引っ越したらそれまでの場合もあるし、相手が結婚しても連絡を取り合っている場合もある。


 けれどその関係性はどこか歪だ。


 だから僕は真理を失いたくなくて、彼氏と彼女の関係になった。


 その結果、むしろ失ってしまったけれど、真央君達はどうかうまくいって欲しい。



「よし。桜田君。ゲームの特訓だ。ボクが鍛えてあげるからね」


「うん。よろしくお願いします」


 特訓は、夕暮れまで続いた。


 サイコロの目を出すだけのゲームだと思っていたけれど、色々と戦略があるようだった。


 しかし、まさか1日いることになってしまうとは。


「ちょっとトイレ借りてもいい?」


「うん。一階に降りたら階段わきにあるからわかると思う」


 部屋を出て、一階に降りてトイレを借りる。


 人の家というのはやはり落ち着かない。


 少し前まで、一橋達也を親友だと思っていたけれど、よく考えたら家にもいった事がないし、遊びに行くときは必ずグループのみんなと一緒だった。


 一橋が「俺と優太は親友だからな」と良く言っていたので、それで親友だと思っていたんだろうな。


 真央君とは、親友とまではいかなくていいから、友達になって欲しい。


 そうだ。


 IMのアドレス交換をお願いしてみよう。


 僕のIMは、いまだに父と母と天満さんの3人だけだ。


 一橋達也はブロックして削除した。



 そして2階にあがって真央君の手前の部屋の前を通った時だった。


「……ちょっとまってよ」


 女の人の声が聞こえた。


 部屋の中からだ。


 見ると、ドアが少しだけ開いていた。


「好きだって言ってただろ?」


 揉めてるのだろうか?


「駄目だって。やめてよ」


「なんで拒絶すんだよ」


「とにかくダメ。隣には真央もいるんだから。ちょ……やめ……」


 何かが倒れる音。


 ガチャガチャと何かをしている音がして、


「やだ! やめてよ!」


「暴れんなって、優しくしてやるから」



 幼馴染とお兄さん……?


 嫌な想像に、心臓を鷲掴みにされたような気分になる。


 動けない。


 僕はまた、動けなくなる。


「やだ! こんなの違う!」


「いいから。静かにしろって。真央に聞かれてもいいのか?」



 真央君……?


 いや、真央君は関係ないだろ。


 なぜか真央君の名前が出て頭がカッとした。


 一対一の関係ならいい。


 本人たちの問題だからだ。


 けれど第三者の名前を出すのは違う。


 しかも人を思い通りに操る為に。


 真央君の名前を使って。


 それは違うだろ。


 違うだろ卑怯者め。


 やるなら正々堂々とやれよ!


 ふざけるなよ!!


 僕は何度も深呼吸して、覚悟を決める。


 周りを見回したけれど、武器になるようなものは見つからなかった。


 借りていたスリッパを脱いだ。


 ドアに近づいて、思い切り部屋のドアをひっぱたく。


 バンッ!


 底の分厚いスリッパは、思ったよりもいい音が出た。


 パタリと人の声が止まって、部屋のドアが叩いた衝撃でゆっくりと開いていった。


 ドアの向こうに、こちらを凝視する男女の姿が見えた。





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