第二章 BSS事件
第11話 アルバイト初日
テレビをつけると、朝のニュース番組をやっていた。
テレビを時計代わりにしながら、バイトに行く準備をした。
今日は初日だ。
遅れるわけにはいかない
スマホが震えてメッセージが入ってきた。
【きのりん(未承認ユーザー):推しが生きてるだけで毎日がキラキラするね。生まれて来てくれて、ありがとう☆】
また間違いメッセージか。
時々届く。
「おっと。こんなことしてる場合じゃなかった」
バイトの場所は、家から徒歩10分の場所にあるファミリーレストラン。
週に3日ほどシフトを入れて貰っているが、慣れたらもっと増やしてもらうつもりだ。
お金をためて、高校を卒業したら家を出ようと思っている。
店について自動ドアから入ると、ショートカットの女の子の店員が近づいてきた。
「い、いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「今日からここで働くことになってるんですけど……」
僕が言うと、彼女はニコリと微笑んで、
「店長から聞いてたよ。よろしくね。でも、裏からはいらないと。怒られちゃうかも」
「そうでしたか。すみませんでした」
一度店を出て、教えて貰った裏口から入ると、僕を面接してくれた店長が僕を出迎えてくれた。
「桜田君。今日からよろしくね。今、一橋君を呼んでくるから色々と彼に教わって欲しいんだ」
「いち……はし?」
全身の血が引くような感覚。
落ち着け。深呼吸しろ。
「どうしたんだい? 緊張してる?」
「いえ、その。ちょっと立ち眩みです」
「え、本当に大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと緊張してるんだと思います」
「顔が真っ青だ。 少し休むかい?」
「いえ。元々こういう顔ですから」
「元々って……君がそう言うならいいけど。じゃあちょっと呼んでくるから、ここで待っててくれる?」
「はい」
しばらくして店長と戻って来たのは、さっき僕に店の裏口を教えてくれたショートカットの女の子だった。
男の子だったのか。
よく見たらズボンをはいている。
見た目に騙されて、男女を間違えてしまった。
「えへへ。一橋真央です。ボクが教育係をすることになりました。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「ボクの事は一橋って呼んでね」
「真央さん。よろしくお願いします」
「え……あの、聞いてる?」
「お願いです。真央さんって呼ばせてください」
「……え、困ったな。どうしよう」
「真央さん。僕は何をすればいいですか?」
「あ。じゃあまずは店内を一通り案内するよ。後ろについて来て」
よし、何とか名前呼びをうやむやに出来たぞ。
真央さんの教え方は丁寧でわかりやすかった。
柔らかい雰囲気の人なので、あまり緊張しないですんだ。
時間はあっという間に過ぎて言った。
「って事は桜田君は同い年なんだね」
休憩室で、真央さんと昼ご飯を食べていた。
「まさか同じ高校だとは思いませんでした」
「そうだ。せっかくタメなんだから敬語はやめようよ」
「いや。でも……」
「ボク、同年代の友達少ないからタメ語で話してくれると嬉しいんだけどな」
「友達……じゃあ、こんな話し方でいい? 真央君」
「うん!」
嬉しそうにニッコリと笑う。
「あれ? ちょっと待って。このチャームって入会特典のやつじゃない?」
真央君が、僕のバッグについている天満梨花のチャームに気が付いた。
「これ、ボクも持ってるよ」
「え、本当に?」
「うん。この特典って誰のチャームが貰えるかわからないじゃない? 天まりちゃんって数が少なくてあんまり出ないらしいよ。ボクも君も運が良かったね」
「本当だね」
本当はファンクラブに5つほど入っている。
今日は、土曜日にしてはお客様が落ち着いているらしい。
ゆっくりと休憩をとってから、僕は再びホールに戻った。
「あ、弥生。来てくれたんだ」
真央君が、お客様のテーブルに駆け寄っていった。
相手は、三つ編みでメガネをかけた図書委員が似合いそうな女の子だった。
少し立ち話をした後、真央君は僕の所に戻ってきて、
「ごめんね。弥生は幼なじみなんだ。時々こうしてアルバイト先にも来てくれるんだよ。えへへ」
彼女の事が好きなんだろうな。
雰囲気でわかる。
うまくいっているようで、なんだか僕も嬉しくなった。
「弥生はすごく真面目で、頭もよくて、凄いんだ。僕の憧れの人だよ」
真央君は、午後はずっと弥生さんの話をしていた。
そのせいか、お客様の水をこぼして怒られたり、オレンジジュースとマンゴージュースを間違って運んだりして怒られていた。
「じゃあまたね」
バイトを終えて、真央君と手を振って別れる。
帰り道で、スマホが震えてIMの着信を知らせてくれた。
【天満梨花:雑誌の表紙の撮影がありましたよ。まあ独り言なんですけど☆】
写真が添付されてきて、相変わらず花のように笑う彼女が写っていた。
【桜田優太:ファミレスでアルバイトを始めたんだ。これもただの独り言】
やりとりはそれで終了だ。
これはお互いの独り言なのだから。
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