第8話 ざまあの死んだ日 前編
土曜日の午後。
待ち合わせに現れた天満さんは、タイトな黒のワンピースに、ジャケットを羽織ってサングラスをかけ、髪をすべて帽子の中に入れていた。
まるで休日のキャリアウーマンだった。
よく見ると凶悪な胸と可愛さが悪目立ちしていたけれど、いつもと雰囲気が違うのですぐには気が付かなかった。
僕が気付いたのは、彼女が3回目のナンパを追い払った時だった。
向こうは当然気付いていて、
「いつになったら気付くのかなと思ってました」
早く言ってくれれば良いのに。
そう伝えると、
「桜田さんの人となりもわかったので、それなりに収穫はありました」
「人となり?」
「人助けをしてましたよね」
「ああ、おばあさんの事?」
道に迷っていたようだったので、道を教えたけどわかってもらえずに、結局その場所まで連れて行った。
「要領悪くてね。言葉でわかって貰えたら良かったんだけど」
「言葉では通じないものもありますよ」
「……確かに」
「そろそろいきましょうか」
「……うん」
真理を呼び出したのは『CowBELL』という喫茶店だった。
天満さんがその場所を指定した。
理由はわからない。
「場所は、彼女に伝えてくれましたか?」
「うん。15時に来るって」
「場所がわかりにくいかもですね」
「マップアプリのリンクを送ったから大丈夫だと思うよ」
「そんな機能があるんですね。私、機械もの苦手だから使いこなせる人を尊敬します」
「いや。僕は人を使いこなせる天満さんの方がずっとずっとすごいと思うよ」
友達を使って証拠を集め、僕に真理を呼び出させた。
「ふふっ。じゃあ今日はしっかり使われてくださいね」
そう言って、サングラスを外して僕の方を見た。
活発的な印象の、大きな瞳が僕を見つめる。
「桜田さんは、アイドルにはどれぐらい詳しいですか?」
「アイドル? いや。ぜんぜん詳しくないよ」
「テレビとか見ないんですか?」
「あんまり……」
というか全然見ない。
休みの日は本を読んでるか、家族に黙ってこっそり飼育している蜘蛛を眺めてる。
「でも流石に『スノウプリンセスシスターズ』は知ってますよね? 数年前に社会現象を起こした」
「ごめん。知らない」
「そうでしたか。じゃあ『シシリリカ』はもっと知らないでしょうね」
「あ。それは知ってるよ。天才を6人集めたトップアイドル集団でしょ? まとめサイトで読んだよ。凄い人気だけど、その中でも歌姫がダントツで人気で『天まり』とかいう名前だったよね」
「そうですか……天まりって見たことあります?」
「いや。文字でしかない」
「画像検索してみましょうよ」
「え。うん」
言われるままに、僕は『天まり』と入力する。
サジェストに『天まり 天満梨花』と表示される。
「……え?」
明るい色の髪の毛に、活発的な印象の大きな瞳の賢そうな少女が画面いっぱいに表示された。
「この子。見たことないですか?」
「……あるね」
「そう言うわけなんですよ」
「え。待って。天満さんアイドルなの?」
「世間的にはそうですね。私自身は女優だと思ってますが」
「そうなんだ」
「そうです。だから桜田さんにはアイドルが付いてるんですよ。だから安心してください」
「そっか。ありがと」
「ふふっ。気楽にいきましょ」
「うん」
「さ、着きましたよ」
楽しそうに笑みを浮かべて店のドアを開ける天満さん。
中をぐるりと見回すと、
「まだ来ていないようですね」
「まだ30分はあるからね」
「では、奥に行きましょう」
「うん」
奥の半個室になっている四人掛けのソファーを見つけて座る。
緊張してきたな。
思い切り深呼吸しよう。
「私もしますね」
同じように、天満さんも深呼吸をした。
「何を飲みますか?」
天満さんがメニューを広げながら、
「この店はコーヒーが美味しいんですよね」
「そうなんだ」
コーヒーは苦くて苦手だ。
「僕は紅茶で」
いよいよ今日で決着がつく。
「そう言えば桜田さんは何かSNSってやってますか?」
「いくつかやってるけど。どうして?」
「アカウントって作るの難しいですか?」
「いや。そんなに難しくないよ。IMより簡単」
「じゃあ今度やってほしいです。私、IMの設定も人にやってもらったので」
「もちろんいいよ」
そうしている間に、注文した紅茶とコーヒーが届いた。
紅茶にはお代わり用のポットが付いていた。
「いいな。私もそっちにしておけばよかったです」
「良かったら飲む?」
「あ。飲みたいです」
僕が口を付けた場所とか、そう言うのは一切配慮せずに彼女は飲んだ。
「匂いがいいですね。ごちそうさまでした」
「……うん」
カップを持ち上げると、彼女の口紅の後かついていて、僕はそこを避けて飲んだ。
カランカラン。
扉の開く音がして、新しい客が喫茶店に入って来た。
真理だ。
一緒に一橋も来ている。
呼んでいないのに。
胸がキュッと苦しくなった。
「大丈夫ですよ。桜田さんは一人じゃありません」
僕の様子を心配したのか、天満さんが僕の肩に手を置いた。
ビクッと肩が震える。
息を止めていたことに気付いて、ゆっくりと息を吸ってから吐いた。
ゆっくりと立ち上がると、僕はここだとアピールした。
「おう。優太。待たせたか?」
ニヤニヤした一橋が僕の前に座る。
緊張MAXだ。
真理は、一橋の横に座った。
僕とは目も合わせない。
「僕たちも今来たところだよ」
「ふーん。っていうか。こっちのサングラスの女の子。誰だよ?」
そう言って天満さんの方を向いて、
「結構おっぱい大きいじゃん。真理と同じぐらいか?」
「やめてよ」
と、真理が答える。
「ね。顔見せてよ。可愛い顔してるっぽい」
「何か飲まれますか?」
天満さんは、一橋の言葉を無視してメニューを広げる。
僕は、二人が並んで座っている所を、とても直視できなくて、テーブルを見つめていた。
「ん? じゃあコーヒーかな。真理は?」
「私も達也と同じでいい」
名前で呼ぶことを、もう隠しもしないんだな。
僕は静かにゆっくりと息を吐いた。
店員さんが注文を取りに来た後、
「それで? 話って?」
一橋がソファに深く腰掛けて、足を組みなおした。
一体、いつからなんだろうか。
思い出しても心当たりがない。
同時に心当たりもある。
真理と僕の好みは水と油。
「……桜田さん?」
天満さんの声でハッと我に返る。
ボーっとしてた。
しっかりしないといけないのに。
僕は深く呼吸した。
「真理。話があるんだ」
「いや、俺が話す。その方が早いだろ。なぁ真理」
真理は興味なさげに頷く。
「いや、でも僕は真理と話があるんだ」
「あのさあ。もう彼氏面するのやめてくれる? お前の小っさいのじゃ真理は満足できねえんだよ」
「ちょっと」
真理がムッとした顔で一橋をにらむ。
「ああ。悪い悪い。キスもしてないんだっけ? 童貞ちゃんには刺激が強すぎたかなー? お前の幼馴染の処女は俺が頂きましたよ」
「なに……言ってるの?」
「え? わかんない? 童貞は流石だな。じゃあさ。今、これ一緒に見ようぜ。真理のやつ、すげえ声出すんだぜ。知らねえだろ。特別に聞かせてやるよ」
そう言って有線のイヤホンの片側を僕の前において、一橋は自分の左耳にはめた。
「……」
僕はイヤホンを見つめ続ける。
「なんだよ。大音量で流されたいのか? 元カノの喘ぎ声」
僕の前にスマホがスッと差し出されると、裸の女性のサムネイルがずらりと並んでいるのが見えた。
スッスッと、一橋の指は画面をスクロールさせていき、途中で止まった。
トン、と動画の上で指をタップすると、再生前のアニメーションがくるくるとまわり、画面が真っ暗にになって切り替わった。
そして、
ノミとハンマーがスッと出てきて、一橋のスマホを粉々に粉砕した。
「失礼。ハエが止まってましたので」
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