第20話 SNS



 久しぶりに会ったので、天満さんと色々な話をした。


 最近は、仕事が忙しいらしい。

 

 アルバイトを始めて、葵さんの兄弟姉妹と仲良くなったことや、生徒会に入れてもらった事を話した。

 

 天満さんは良く笑い、僕も嬉しくなった。


 突然、スケッチブックが目の前に置かれた。


『月雅堂のプリンです』


 スケッチブックにはそう書かれていた。


 置いたのはメイド服を着た真下さんだ。


「月雅堂……」


 有名な洋菓子店の名前だ。


 たしか一日限定50個のプリンを販売していたはずだ。


「これ、並んで買ったんですか?」


 僕が聞くと、真下さんはサッと僕から離れた。


 すごい離れた。


 なんか、気に障ることをしただろうか?


「すみません優太さん。木乃理ちゃんはちょっと人が苦手なので、気を悪くしないであげてくださいね」


「わ、わかりました」


 でも嬉しいな。


 月雅堂は、甘い物好きの間では有名だ。


 とくに時間限定のスイーツビュッフェは凄いらしい。

 

 ああいう店って、男子一人で行きづらい雰囲気があるので、昔、真理を誘ったけれど、彼女は甘いものが苦手なので断られた。


 それどころか、僕は辛い物が苦手なのに、四川料理の店のはしごに付き合わされて激辛料理三昧だった。


「……あれは地獄だったな」


 スプーンを使って食べると、なめらかな舌触りと、濃厚な甘みが広がる。


「美味しい。さすが月雅堂……ありがとうございます。真下さん」


 僕は、プリンを夢中で食べている真下さんに向かって、聞こえないぐらいの小声でお礼を言った。


 甘い物、好きなんだな。


「では、そろそろ本題に移りたいと思うのですが……」


 天満さんが言って来たので姿勢を正す。


 彼女が送って来た用件はこうだ【少しの間、彼氏のフリをしてほしい】


 一体どういう意味なのか?


 天満さんは1枚のプリントをスッと僕の前に置いた。


 『転生しなくても、天満梨花と暮らせた件について』


 なんだこれ。


 僕が顔を上げると、天満さんは困った顔で、


「実はこれ『シシリリカ』の企画なんですが、メンバーの誰かが、やらなくてはならなくて、私が選ばれてしまったんです」


「どういう内容なんですか?」


「ファンの人と一週間、同じ家で暮らすというものです」


 知らない人と一週間か。


 僕の部屋に、知らないおっさんが出入りする風景を想像する。


 ちょっと嫌だな。


「大変だね」


 僕が言うと、天満さんは少ししょんぼりした顔になって、


「実はその、正直、あまり乗り気じゃないんです。仕事もけっこう忙しいですし、定点カメラでずっとネット中継されるので……」


 僕は、母親が「ご飯よーっ」と、僕を呼びに来る姿が全世界に配信される姿を想像する。


 地獄だな。


「なので。あの、私のことを悪い子だと思ってくれて構いませんので、はっきり言いますね」


「うん」


「マネージャーが言ってたんです『どうせ彼氏もいないんだからやればいいじゃない』って」


 随分と、乱暴な言葉遣いのマネージャーさんなんだな。


「それって、彼氏がいたらやらなくてもいいって事ですよね?」


「そうだね」


「だからその……」


 僕に、彼氏役をして欲しいってことか。


「そういう事なら全然やらせてほしい」


「本当ですか?」


 パッと表情が明るくなる。


「もちろん」


 この程度で天満さんの役に立てるなら、こんなに嬉しい事は無い。


「よかった。ただ、心配事もありまして」


「心配事?」


「はい。私に彼氏がいる事がメディアに報道されるのは問題ないんですが、万が一、変な所から情報が漏れた場合、優太さんの名前が特定されたり、個人情報が流出したりして、ご家族にも迷惑がかかる可能性があります」


「なるほど」


「なので、出来る限りの防衛策は取るつもりです。例えば優太さんに一緒に住んでもらうとか。二人でたくさんおでかけするとか」


 ん?

 

 むしろ逆効果のような気がするけど。


「僕が、ここに住むの?」


「気に入らなければ引っ越しも考えます」


「いや。待って。もし住むとしてら両親の許可もとらないと」


「そうですよね。ごめんなさい。とりあえず、彼氏はOKって事でいいですか?」


「もちろん」


「やった! じゃあ後でマネージャーに連絡しておきます。結果がでたら必ずお知らせしますね」


「うん」


「そうだ。前に行ってたSNSアカウント、今、作ってもらってもいいですか?」


「いいよ。そう言えば、そんな約束してたね」


「はい! じゃあこれお願いします!」


 スマホを僕の前に置いた。


「触っていいの?」


「優太さんだけ特別ですよ」


「ありがとう。嬉しいよ」


 僕はSNSアプリの『ボヤッター』をダウンロードして、アカウントの開設をした。


 一緒に画面を見ながら登録を進める。


「プロフィールはどうする? ちゃんと設定する?」


「はい。公式のデータを使って登録します」


 12月25日生まれのやぎ座。A型。16歳。


「自己紹介文は?」


「地上に舞い降りた天使で」


「うーん。天満さんは天使って言うより、みんなを照らす太陽とかのイメージが強いかな。月のように優しくて照らしてくれる事もあるけど」


「……いえ。冗談ですよ。天使とか」


「あ、ごめん」


「優太さん。少し……変わりましたか」


「そうかな?」


「はい。口数がとても多くなりました」


「うるさいかな?」


「いえ。言葉にしないと伝わらない事もあるので」


「うん」


「自己紹介はなしで」


「わかった」



天満梨花

@tenmarika1224 

16歳/A型/シシリリカ/BadApplePromotion/

誕生日:12月24日



 投稿の仕方。注意点。動画の時間制限。ハッシュタグの使い方などをレクチャーする。


「ありがとうございます。それじゃあやってみますね」


 しばらく考えていたようだったが、天満さんはスッスッと指を滑らせて、文章を完成させた。


【はじめまして。天満梨花です。お家の窓からの景色がすごくいいんだよ。  #これ見た人は自分の家から見える風景を全員晒す #拡散希望 #80階からの絶景 #シシリリカ #天満梨花】


「……これも冗談だよね?」





『歌姫が5時間前からボヤッター始めたって今知った #天満梨花 #シシリリカ』

『フォローしてるYUTAって誰? #天まり』

『歌姫のつぶやき気になる #天満梨花』

『天音美羽だけフォローされてないの草 #天満梨花 #シシリリカ』

『フォローされてるYUTAってアカウント何者? 蜘蛛のつぶやきばっかりしてる。一般人っぽいな #天満梨花』




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